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(5)「申し訳ない」遺族に初めて謝罪 祐輔さんには…

弁護側が証拠のコピーを示しながら、歌織被告への質問を続ける。祐輔さんに暴力をふるわれた日などを細かく手帳に記していたという歌織被告。祐輔さんの継続的な暴力により、歌織被告が精神的に追いつめられていった様子を明らかにするのが、弁護側のねらいのようだ。

弁護人「この手帳には赤い星のシールがついている日があるが?」

歌織被告「これは、彼に暴力を受けた日につけたシール」

弁護人「『家具を壊した』といったことが書かれている日もあるが、これはどういう意味?」

歌織被告「この日は帰宅した彼にリビングで押し倒され、殴られたり蹴られたりしたが、その時にテレビ台に彼が足を引っかけて家具を壊した」

壮絶な暴力の様子が語られたが、歌織被告自身は淡々とした口調で、時折、長い髪を書き上げるなどリラックスした雰囲気だ。

弁護側は、別のページのコピーを取り出した。

弁護人「この資料の、5月8日のところに○があり、『1・5渡す』と書いてあるが?」

歌織被告「これは、5月8日に彼に1万5000円を渡したという意味」

弁護人「暴力があった日はいつも印を付けていたのか?」

歌織被告「必ずしも一回一回付けていたわけではないが…」

弁護人「平成18年11月のカレンダーには、11月23日のところに赤い蛍光ペンで印がついているが?」

歌織被告「その前の晩の22日のこと(上京した母親に離婚する意思を伝えた)があり、とにかく彼とは何としても年内中に別れる、という気持ちで書いた」

弁護人「平成18年12月に祐輔さんから受けた暴力で、覚えていることは?」

歌織被告「…一番覚えているのは、12月7日か8日。私は彼との離婚を考えてアルバイトを始めていたが、彼から何度も(監視のための)電話があり、帰ってから暴力をふるわれた」

祐輔さんにふるわれたという暴力を思い出したのか、歌織被告は不満そうな低い声で説明した。

弁護側は、別の手帳のコピーも取り出し、歌織被告に説明を求めた。

弁護人「これは誰が書いたもの?」

歌織被告「私自身が書いた。シェルターに入る少し前ぐらいから、彼に少し名前を呼ばれるだけでも恐くて恐くてしょうがなくなって…。彼に名前を呼ばれなくてもいいように、『歌織』というのとは違う名前を自分に与え、(手帳に)書いた」

歌織被告は小さいがよく通る声で、裁判長の方を見つめながらはきはきと答える。弁護側の示したコピーに書かれた内容を傍聴席から見ることはできなかったが、歌織被告が自分で付けたという別の名前が書かれていたようだ。弁護側は続いて、別のコピーも示す。

弁護人「この資料の上段部分は、誰が書いた?」

歌織被告「私」

弁護人「その下の部分には、細い字で『行ってきます』『ごめんなさい』と書いてあるが、これは誰が書いた?」

歌織被告「彼」

弁護人「これはどういう意味なのか?」

歌織被告「彼からの暴力があった次の日の朝、彼に会うのが嫌なので、彼が起きる前に起きて(メッセージを)書いた」

裁判長「いつ頃のこと?」

歌織被告「そういうことをしだしたのは、平成18年の秋ぐらいからだと思う」

裁判長「弁護人。弁護人の主張からいっても時期は非常に重要だから、時期をはっきりさせるように。でないと何のためにやっているのか分からない」

裁判長が語気を強めて、弁護側を注意した。弁護側は「あ、はい…」と答え、その後の資料については歌織被告に細かく時期を確認するものの、内容についてはほとんど触れず、傍聴席からは何の話をしているのか全く分からない状態が続く。

そして、最後に弁護側は、歌織被告に被害者や遺族への感情を尋ねた。

弁護人「祐輔さんの遺族に対してはどう思っているか?」

先ほどまでは滑らかだった歌織被告の言葉が止まり、法廷は約5秒間の沈黙に包まれた。

歌織被告「…ご遺族に対しては申し訳なく思っている」

次に祐輔さんへの感情を尋ねられると、歌織被告はさらに約10秒間沈黙した後、口を開いた。

「…私自身、自分の犯したことを考えると、あまりにひどいことをしてしまったので…。整理がついていないというのが正直な気持ち」

祐輔さんに対しては、はっきりとした謝罪は口にしなかった歌織被告。ここで弁護側の質問が終了し、代わって検察側が質問に立った。

⇒(6)殴られた祐輔さん「なんで…」