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第6回公判(2010.11.1)

 

1 「強い愛情が怒りや憎しみに変化」

江尻美保さん

主文

 林貢二被告を無期懲役に処する。押収してあるハンマー1本、果物ナイフ1本、ペティナイフ1本を没収する。

理由

 林被告は、客として通っていた耳かき店の従業員、江尻美保さんを殺害する目的で、平成21年8月3日午前8時52分ごろ、東京都港区西新橋の江尻美保さん方に無施錠の玄関から侵入した。1階8畳和室にいた江尻さんの祖母、鈴木芳江さんに見つかり、江尻さん殺害の目的を遂げるため、とっさに鈴木さんも殺害しようと決意し、その頭部などを用意していたハンマーで数回殴打。頸部(けいぶ)などを果物ナイフで多数回突き刺すなどし、鈴木さんを失血によって死亡させた。

 引き続き、2階6畳和室で、江尻さんに対し殺意をもって、その頸部などを用意していたペティナイフで数回突き刺すなどして同年9月7日、出血性ショックに基づく低酸素脳症により死亡させた。

 何の落ち度もない被害者2人を身勝手な動機から連続して惨殺した林被告の刑事責任は極めて重大であり、有期懲役刑を選択する余地はなく、「死刑」か「無期懲役刑」かの選択が問われている。

 (裁判官と裁判員で構成される)当合議体は、いわゆる永山事件に関する最高裁判決に基づき、本件を具体的かつ総合的に検討した上で、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合に当たるかどうかを議論した。

 犯行態様の残虐性、結果の重大性はいうまでもなく、林被告が鈴木さんを殺害した後、思いとどまることもせずに、2階に上がり、各部屋を確認し、最終的に江尻さん殺害行為に及んでいることについては、林被告の冷酷な人格が現れていて許しがたいものがある。

 被害者2人が受けた苦しみや恐怖はどれほどだっただろうか。いまだ21歳と若く、充実した人生を送る権利を突如として奪われた江尻さんの悔しさはどれほどだっただろうか。全く無関係の林被告に訳も分からないままむごたらしい殺され方をした鈴木さんの驚愕(きょうがく)や無念さはどれほどだっただろうか−。こうした被害者の気持ちについて、思いをめぐらせた。

 鈴木さんの娘であり、江尻さんの母親が、母と娘を同時に亡くし、現場に居合わせたことなどによる精神的ショックで、事件から1年以上が経過した現在でも、家の外に出ることすら困難な状態であることや、林被告が犯行場所として江尻さん宅を選んだことから、遺族が思い出の詰まった自宅に住むことができなくなってしまったことなどについても検討した。

 意見陳述をした遺族らが林被告に対する極刑を望んでいるのは、このような極めて重大な結果に照らせば全く当然であり、当合議体もその思いには深く動かされた。その上で、本件で死刑を選択する余地がないのか徹底的に議論したが、結局、本件が、極刑がやむを得ないと認められる場合に当たるとの結論には至らなかった。

 まず犯行に至る経過及び動機についてである。

 関係証拠によれば、林被告は、平成20年春ごろ、江尻さんの勤務する耳かき店に初めて赴き、サービスを受けて気に入り、指名して通うようになった。6月ごろには、毎週土曜日と日曜日に、数時間ほども通い詰めるようになった。

 7月、江尻さんを駅で待ち伏せしていたと疑われたことから、1週間ほど店に通うのをやめたことがあったが、江尻さんがブログに「元気かなぁピヨ吉(江尻さんと林被告しか知らない人形の名前)」と書き込んだのを見て、再び店に通うようになった。その後金曜日の夜にも定期的に通うなど日数や時間がさらに増え、長いときには1日に7、8時間店で過ごすようになった。

 11月には江尻さんから系列店でもヘルプとして働くことを伝えられ、その時間のすべてを林被告が独占するような関係になった。

 このようなことから、林被告は江尻さんから上客として扱われ、さらにメールアドレスも教えてもらったり、プライベートな話をされたりしたことなどから、自らが特別な客と思われているように感じた。理性では客と従業員との関係と分かりつつも、好意を募らせ、恋愛に近い感情を抱くようになっていった。

 その一方で、江尻さんは、林被告を上客として扱っていたものの、それ以上の特別な感情はなかった。平成21年4月初旬、林被告から店外での食事に誘われたことなどを契機として、対応を考えるようになり、4月5日には、店長と相談して、林被告を出入り禁止にすることにした。

 この日、林被告は、店で江尻さんから具合が悪いので食事には行けないと伝えられ、楽しみにしていた食事に行けなくなったことと、具合が悪いなら早退して帰るべきだと話したのに、これに応じない態度にもいらだち、自分の足や壁を拳でたたき、最終的には「もういいよ。来ないよ」と捨てぜりふを残して店を出た。

 林被告は、それまでは喧嘩(けんか)をしてもすぐに仲直りをしていたため、このときも、謝罪をすれば、再度店に通えるものと思い、数日してメールを送ったところ、江尻さんから「もう無理です。もう店に来ないと言ったじゃないですか」との返信を受け、来店を拒否された理由を理解できずに困惑した。

 林被告は、その理由を尋ねるために店の外で江尻さんに声をかけた際にも「もう無理です」と言われて逃げられるなどしたため、「何でだろう」と思い悩むようになり、6月ごろ、抑うつ状態に陥っていった。そのような状況で、林被告は7月19日にも、江尻さんの自宅周辺で待ち伏せし、声をかけたが、林被告のことをストーカーであると感じ、恐れるようになっていた江尻さんに逃げられ、翌日、メールを送っても届かなかったことから、初めて拒絶されていることを理解した。

 林被告は、もう店に行って、江尻さんとの楽しい時間を過ごすことはできないと絶望し、自分を拒絶する理由が分からず、ただ、自分を拒絶する江尻さんに対して、殺してやりたいと思うほど怒りや憎しみを感じるようになり、ついに犯行におよんだ。

 本件は誠に身勝手で短絡的な動機に基づく犯行といわなければならないが、他方、当時の林被告は、江尻さんに対して恋愛に近い強い好意の感情を抱いていたからこそ、来店を拒絶されたことに困惑し、抑うつ状態に陥るほど真剣に思い悩み、もう江尻さんに会えないとの思いから絶望感を抱いた。抑うつ状態をさらに悪化させ、結局、強い愛情が怒りや憎しみに変化してしまったことから殺害を決意するに至ったと認められる。

 このような林被告の心理状態の形成には、約1年間にわたって店に通い詰めていた当時の林被告と江尻さんとの表面上良好な関係が、少なからず影響していることも否定できない。これらのことからすると、林被告が犯行に至った経緯や江尻さん殺害に関する動機は、極刑に値するほど悪質なものとまではいえない。

⇒判決要旨2 相手の立場に立って物事を見ようとしない被告「最後の瞬間まで内省を」