第3回公判(2010.10.21)

 

(13)「言ったとおりに調書に書くとかぎらない」 検察と真っ向からぶつかる被告

江尻美保さん

 東京都港区で昨年8月、耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=と祖母の鈴木芳江さん=同(78)=を殺害したとして、殺人などの罪に問われている元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判は、検察側による被告人質問が続く。

 男性検察官は林被告が平成21年4月4日、江尻さんが勤務していた東京・秋葉原の××耳かき店(法廷では実名)で、江尻さんと店外での食事について話し合っていたときの状況について尋ねる。検察側は林被告から食事に誘ったと主張しているが、弁護側は江尻さんから誘ったと反論している。

検察官「調書には『外で会いたいと引き下がらなかった』と書いていますが?」

被告「それは違います」

検察官「そのように説明したんじゃないですか」

被告「違います」

 弁護側による証人尋問のときの小さな返答とは違い、はっきりとした口調で答える。

検察官「4月4日、美保さんは体調が悪かったですか」

被告「カゼをひいていたと聞いています」

検察官「美保さんから店のルールで外で客と会うことはできないと聞いたことはありますか」

被告「よく聞いていました」

検察官「この日は?」

被告「その日は聞いていないか…、聞いたか…。お互いに(禁止されていることは)認識しています」

検察官「4月4日、美保さんは何と言っていましたか」

被告「(美保さんに)『禁止されている。(会うのが)秋葉原だと見られる可能性があるから、秋葉原は止めたほうがいいね』と言われました」

検察官「『禁止されている』とだけ言われたのではないですか」

 江尻さんが店外での食事に積極的だったとする林被告に男性検察官は納得できない様子だ。林被告も譲らず、声はいらだちを帯びていた。

被告「違います。見られるのはまずいから、(会うのは)神田にしようということになりました」

検察官「誰が言ったのですか」

被告「美保さんです」

検察官「美保さんが携帯電話で(食事を一緒にする)ファミリーレストランを探したのですか」

被告「そうです」

検察官「美保さんは『こんな時間にやっている店はない』と言ったのではないですか」

被告「それを言ったのは私です」

 林被告は検察官の方に顔を向けて証言した。林被告と江尻さんの間で4月5日に店の外で会う約束が交わされたとされる。

検察官「4月5日、美保さんは朝から体調が悪かったのですか」

被告「悪かったです」

検察官「あなたは食事を楽しみにしていましたか」

被告「そうです」

検察官「美保さんは(当日になり食事を)断りましたね?」

被告「私が聞いたので、美保さんは『熱があるから今日は止めよう』と言っていました」

検察官「あなたは『何だ、行けないのか。約束していたのに。食事に行けないくらい体調が悪ければ、帰れば』と美保さんに言いましたね?」

被告「『体調が悪いなら、早く帰ったほうがいい』と言いました。食事以前に、食事とは関係なく、体調が悪いなら帰った方がいいと思いました」

検察官「4月5日に店を出て美保さんにメールをしたとき、『最後にします』と伝えられて、すごく悩みましたか」

被告「悩みましたが、夜も眠れないぐらい悩んだのはもう少し後です」

 林被告は弁護側による被告人質問で、6月中旬ごろから眠れなくなり、食欲が落ち始めたと証言していた。

検察官「(前年の)平成20年7月15日に関するやり取りで、美保さんから過去にストーカーの(被害に遭っていた)ことを聞いていますね」

被告「はい」

 検察側によると、林被告は江尻さんの誕生日だった20年7月15日、秋葉原駅で出勤する江尻さんを待ち伏せしたとされる。林被告はその後、美保さんに「偶然会った」と説明したといい、その際に江尻さんは林被告に過去のストーカー被害について告げたという。

 林被告は21年4月5日以降、江尻さんの自宅近くで、江尻さんに2回声をかけている。目的は店への出入り禁止解除を頼むためだった。

検察官「会いにいくことで怖がられるとは思わなかったのですか」

被告「そのときは思いませんでした」

検察官「どうして思わなかったのですか」

 林被告は検察官の方を向きながら、「どうして…」を繰り返す。検察官は同じ質問を重ねた。

被告「ただ話をしたいだけ。危害を加えようとは思いませんでした」

検察官「2回、声をかけていますね」

被告「はい」

検察官「2回目に美保さんが(走って)逃げたときはどう思いましたか」

被告「びっくりしました」

検察官「美保さんに恋愛感情を持っていないと言っていましたが、どうしてこだわったのですか」

被告「それはよく分からないです」

検察官「どうしてあきらめることができなかったのですか」

被告「それは分かりません。それが分かっていたら、こういうこと(事件)にはなりませんでした」

 7月19日に江尻さんに声をかけ、逃げられた林被告は8月1日にも江尻さんとの接触を江尻さんの自宅近くで試みる。だが会えず、そのときの心境について公判では『絶望感と怒り、悲しみなどを感じた』と証言している。

検察官「どうして怒りを感じたのですか」

被告「わき上がってきた気持ちですから…。わき上がった気持ちに理由をつけるのは後付けになるので…」

検察官「事件から1年以上がたちますが、理由について考えなかったのですか」

被告「考えました」

検察官「今どう思いますか」

被告「今思うと、とても自分勝手な感情だと思います」

検察官「そうではなく、どうして怒りがわいたのか聞いているのです。美保さんの何に怒ったのですか」

被告「それは…。(出入り禁止の解除を許してくれない)理由を言ってくれず、話の途中で行ってしまったので…」

検察官「美保さんを殺すことが頭によぎりましたか」

被告「そのころはありません」

検察官「捜査段階で『この時期に美保さんへの憎しみを抑えきれず、殺してやりたいと思った』と言っていませんでしたか」

被告「怒りの度合いが大きくなったことは言いました。『殺す』という言葉を使ったかは覚えていません」

検察官「(事件前日の)8月2日に美保さんを殺害しようと決意しましたか」

被告「考えていません」

検察官「事件当日は凶器を3つ持って行きましたね。このうち果物ナイフ、ペティナイフを持つことはいつ決意しましたか」

被告「当日の朝です」

検察官「8月2日ではないのですか」

被告「違います」

 検察側は林被告が捜査段階で8月2日にナイフ2本を、3日当日にハンマーを持って行くことを決意したと供述したため、そのような内容の供述調書を作成したことを説明した。

被告「間違っています」

検察官「調書が?」

被告「はい」

検察官「あなたが言わないと、調書は作れないでしょう?」

被告「そうとは限りません」

検察官「あなた以外にしゃべる人はいないでしょう?」

 いらだちを隠さない検察官。林被告はきっぱりとした口調で反論する。

被告「言った通りに書くとはかぎらないです」

検察官「美保さんの部屋が(自宅)2階にあることは知っていましたか」

被告「知っていました」

 林被告は江尻さんとの会話の中で、江尻さんの家族構成だけでなく、江尻さんの家族が仲良く、きずなが強いことを知っていたと証言した。

 検察側はここで質問の中断を告げ、若園敦雄裁判長に22日にあと1時間ほど被告人質問をすることを伝えた。

 若園裁判長が閉廷を宣言すると、警備員たちが傍聴人に退廷を求めた。傍聴人が続々と法廷から出る中、林被告は無表情のまま弁護人席の横に座っていた。次回公判は22日午前10時から開かれる。

⇒第4回公判