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初公判(2010.10.19)

 

弁護側冒頭要旨1 「地道で真面目な社会人」…胸のうちで葛藤

林被告

 被告は事件の直後から、このような事件を起こしたことを後悔し、今日まで深い反省をしています。

 事件から1年2カ月が過ぎましたが、事件後毎日、被害者の江尻美保さんや鈴木芳江さんのことを思いだして、ご遺族にあてた手紙を書いています。このような深い反省は被告が、これまで社会人として非常に真面目に生活してきたことから、素直に理解できる姿です。

 では、どうしてそのような被告が、本件のような、重大な罪を犯してしまったのか。それは美保さんとの間にさまざまな経緯があり、結果として被告が冷静でない、本来の人格とは違った精神状態に陥ったためだと、弁護人は考えています。

 そのために弁護側が証明しようとすることは大きく5点あります。

 まず第1に被告は、子供のころから大声を出したり、怒りを行動に出したりすることは一切なく、社会人になった後も20年間1つの職場で地道に真面目に仕事を続けてきた社会人であるという点です。

 被告は人間関係のトラブルはなく、知る人に性格や行動を批判する人はいません。28歳のときから独り暮らしをしていますが、生活態度は真面目そのものでした。耳かき店に通うようになった後も、仕事に支障がないように平日の月曜日から木曜日に店に行くようなことは、有休を取っていった以外はほとんどありませんでした。

 第2は、被告が耳かき店に通って、美保さんとの人間関係を作り上げていった経緯からみて、被告人にも考慮すべき事情があるという点です。

 被告は平成20年2月ごろから、耳かき店に通い始めました。最初は週末に1日1時間程度でしたが、徐々に利用時間が増えていき、毎週土日に通うようになりました。

 そんな中、美保さんの誕生日である7月15日に被告が秋葉原駅で通勤中の美保さんと出会ったことがありました。美保さんは「待ち伏せられた」と思いました。被告は、美保さんに待ち伏せされたと疑われたことを知り、いったん耳かき店に通うことを止めました。

 しかし、美保さんがブログに被告にあてて「元気かな」というメッセージを載せたため、被告は再び店に行くことになります。被告は美保さんに対して、待ち伏せではなかったことを説明して誤解を解きました。このやり取りをきっかけに、美保さんとの心理的距離は縮まり、その後被告はさらに長い時間、美保さんを指名するようになりました。

 被告は美保さんに誘われて、毎週土日に加え、金曜日も閉店時間の午後10時まで利用するようになりました。また被告は店を通じて行っていた予約を、美保さんを通じて行うようになりました。

 美保さんは、11月終わりごろから月に2回程度、秋葉原店の閉店である午後10時の後、午前5時まで系列店の新宿東口店でもアルバイトを始めました。それは被告が秋葉原店から引き続いて指名客として新宿東口店に行くことを承知したからです。

 20年の年末から21年の年始にかけ、被告人は美保さんの誘いに応じて、12月27日〜1月4日まで9日間連続で通いました。1月6日にも行きました。さらに美保さんは21年3月からは、あらかじめ土日の午後5時以降を被告のために空けておくようにしました。

 このように被告の利用時間が増えて、店側も被告を特別扱いするようになっていました。被告は店の中での美保さんとの時間を、安らげる場所と考えるようになりました。

 被告が「安らげる」と感じるようになった事情は、店から特別扱いをしてもらったり、美保さんと過ごした長い時間でのやり取りがあったりしたことが影響しています。このことは被告人質問で明らかになります。

 美保さんや店から大切な客として信頼関係ができていると思っていました。ところが4月5日の後、突然美保さんから指名を拒否されたのです。

 第3は、美保さんから指名を拒否されてから、被告が美保さんへの殺意を抱く過程の中で、被告の心の中では堂々巡りの苦しい葛藤(かっとう)があり、その葛藤が極限に達した結果、事件を起こしてしまったのです。

 美保さんが午後5時以降は被告の指名だけを受けるようにしてから1カ月後の4月4日、被告は美保さんと翌5日の営業終了後にファミリーレストランに行く約束をしました。この日の終わりには美保さんはいつも通り、「明日何時に来る?」と話していました。

 しかしその翌日である5日。被告が店に行くと美保さんは体調が悪く話もできない状況でした。もちろん食事をする話も無くなりました。被告は話もできない美保さんに対して、早く切り上げて帰るように言いましたが、美保さんの答えは早く帰ると「店の売り上げが落ちてしまうから帰らない」というものでした。結局、そのような状態のまま、被告は午後3時ごろから午後10時までを過ごし、最後には被告はいらだって「もういい」と言って帰りました。

 2、3日後、美保さんに指名予約のメールをすると、美保さんから「もう無理です」とのメールがありました。被告は具合が悪い美保さんに対して、いらだったことを謝罪するメールを送りましたが、美保さんの答えは「無理です」というものでした。

 被告が理由を尋ねても美保さんのメールには理由が書かれていませんでした。

⇒弁護側冒頭要旨2 毎日遺族に手紙、「悔やみ反省している」