初公判(2010.10.19)

 

(7)「やっぱり、付けられていたんだ」「ストーカー男よ」 母の予感は最悪の結果に

犯行現場

 耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=ら2人を殺害したとして、殺人などの罪に問われた元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判の初公判が行われている。検察側の証拠調べで、江尻さんの姉が、事件当時の様子を詳述した供述調書の読み上げが始まった。

 江尻さんの祖母で無職、鈴木芳江さん=当時(78)=が1階で林被告に襲われていた当時、姉は江尻さんと同じ2階で寝ていたという。男性検察官が、異変には気付いたものの、状況をはっきりと飲み込めない動揺した様子を説明した姉の供述調書を読み上げていく。

検察官「私はどこからか声が聞こえたような気がしましたが、寝入っていたので、少しだけ考えていました。すると、突然、短い大声ではないけど、悲鳴のような声を聞きました。その声は、男女のどちらとも分からない声でした」

 当時、江尻さんらの母親も同じ2階の隣の部屋で就寝中だった。2つの部屋はふすまが開けられ、互いの顔が見える状態だったようだ。

検察官「私は隣の部屋で寝ていた母親と目があって、『何の音かな』と少し話をしました」

 母親と状況が飲み込めずにしばらくいると、悲鳴から1分足らずで、誰かが1階から2階に上がってくるのに気付いたという。

検察官「私は私より下の方から声が聞こえていたので、外の道路で誰かが声を出していると思っていると、階段を上がる『トン。トン』という音がしました。祖母が朝早くに洗濯物を干して上がってくることがあるので、私は祖母かなとも思っていました」

 悲鳴、足音に続き、今度は姉の部屋のふすまを開ける音も…。

検察官「階段を上ったかと思ったら、私の部屋のふすまを15センチくらいスーッと開けて、閉める音がしました。私は誰か見ていませんでしたが、祖母が同じように何度か確認することがあったので、祖母が来たと思いもう一度、目をつぶりました」

 異変を感じる一方で、祖母の行動と信じていた姉だったが、目をつぶった数十秒後、不安が現実のものとなる。

検察官「数十秒後、廊下を隔てた部屋から声がしました。その声は『キャッ』とかいう男女のいずれかも分からないような声が姉の部屋から聞こえてきました。さらに、人か何かがふすまにぶつかる『ドン』という音もしました」

 下を向いたまま、ギュッと拳を握りしめる林被告。犯行状況が脳裏によぎっているのだろうか。

 異常事態に気付いた姉が起きあがろうとしたところ、さらに大きな叫び声が家中に響き渡った。

検察官「母が『やっぱり、こういうことだったのね。付けられていたんだ。ストーカー男よ』と家中に響き渡る大声で叫びました」

 逃げようとして部屋を出た姉の前に立っていたのは…。

検察官「部屋のふすまを開けると、見知らぬ男が立っていました。男はがっちりした体格で色黒、短髪でした。その後、男は忍者のような横走りで廊下の奥の方に行きました」

 姉は林被告に襲われることはなかったが、その後、妹の江尻さんの痛ましい姿と対面することになる。

検察官「扉越しに妹の姿が見えました。妹は自分の部屋の中で、右手で顔当たりを左手で腹を抱えて苦しそうな様子で立っていました。部屋の入り口付近には真っ赤な血だまりができていました」

 大型モニターにも映った部屋の見取り図を使いながら江尻さんが苦しそうに立っていた位置や血だまりの位置、男の行動経路を示していく検察官。裁判員の中には体をやや前向きに倒し、モニターをじっと見つめる人や検察官の顔に目を向ける人がいた。

 林被告は凶器と思われるものを2階に投げ捨て、1階へ移動するのを姉は目撃。難を逃れた母親と妹は外へ出て助けを呼んだという。

 続いて、江尻さんの父、千勝さんの供述調書が読み上げられる。内容の中心は、千勝さんの妻で江尻さんの母親、美芳さんの事件後から最近までの様子の説明だった。

検察官「美芳は今でも外出できず、事件後、私や長男が一緒にいないといけない状態です」

 事件後、約1カ月間、母の美芳さんは、入院していた江尻さんに会いに行くこともできなかったという。

検察官「部屋を一度も出たことがなく、主治医が滞在先のホテルまで来て、娘に会いに行くように勧めてくれましたが、一度も会わせることができませんでした」

 最近も鈴木さんの一周忌には出られなかったという。

 続いて、法廷内では、犯行当日の事件直後の映像をとらえた防犯カメラ映像の再生が始まる。裁判官や裁判員は、深刻な表情で手元のモニターに見入っている。法廷内の大型モニターには映し出されず、傍聴席からは、音声しか聞くことができない。

 林被告は、時折、大きく肩で息をし、暗い表情でうつむいている。

 「110番してー。早く」。女性の叫び声ともうめき声ともつかない大声が廷内に響き、やがてサイレンの音が聞こえてきた。右から3人目の女性裁判員は口元に手をやり、メモを取りながらモニターを見つめている。10分ほどすると音声がとぎれた。

裁判長「これで終わりですか」

 若園敦雄裁判長が検察側に尋ねた。映像はまだあるようだが、次の場面がなかなか出てこないようだ。そのため若園裁判長はこう告げた。

裁判長「途中で終わってしまったので、休廷します。1点確認したいのですが、証拠の朗読では美保さんが耳かき店に勤め始めたのが平成19年と聞こえましたが、冒頭陳述では20年となっているのですが」

検察官「正しいのは20年です」

裁判長「30分休廷させてください。15時50分から再開します」

⇒(8)「刺されて痛かったろう、苦しかったろう」 父の悲痛な訴えに目元をぬぐう裁判員