(7)加藤被告の目に涙? 証人の訴えに顔を紅潮させ…
引き続き、加藤智大(ともひろ)被告(27)に背中を刺された男性の妻の証人尋問が続く。検察官の質問は、凶行の現場の目撃証言から証人のその後の心理状況に移っていった。
証人は「テレビに刃物が映るだけで怖い。事件の前には戻れない」と精神的な後遺症に触れた。
検察官「被告の処罰はどう思いますか」
最後に検察官は、加藤被告への思いを尋ねた。
証人「自分の命をもって償ってほしいと思います」
検察官「ほかに何かおっしゃりたいことあれば」
証人「あの…。やはり、亡くなられた方や傷を負った私たちの主人のことを考えると極刑しかないのかと…」
それまで淡々と証言していた証人は、気持ちが高ぶったのか、次第に声が大きくなっていった。
証人「私たちは2年間世間にさらされて大変ひどい目に遭ってきました。その間、加藤さんは刑務所で生活していました」
時折、目の前のテーブルに置かれたノートに何かを書いていた加藤被告だが、女性の証言に手を止め、顔を真っ赤にした。泣いているように見えるが、眼鏡越しにははっきり確認できない。
証人「私たちは、世間にさらされ、中傷の中で必死で働いて生きてきました。働くしかなかった。あなたは頭の中で考えるだけでなく、体を使って、精いっぱい働いて、ひとつだけでも良いからみなさんに良いことをしてほしい」
抑えていた気持ちをはき出すような証人の女性の声が響く。その声は傍聴席の方向に向けられた。傍聴人に呼びかけているようだ。
証人「人の不幸を倍にするようなことではなく、知り合いだろうとなかろうと隣り合っている人を思いやって生きていくしかない。二度とこの事件が起きないためにどうするべきか。それだけを私たちは願っているんです」
加藤被告は、身動きせず、うつむいている。また元通りの無表情に戻っている。
引き続き、弁護側からの質問が行われた。現場の見取り図を示しながら、証人の夫が刺された具体的な状況を聞いていく。
弁護人「(イ)の位置まで来たときに、ナイフを持った手がご主人の背中をかすめたのを見たのですか」
証人「はい」
夫を刺した加藤被告と瞬間的に目があった証人。凶行の瞬間の証言を続けた。
弁護人「立ち止まったその人と対面する形になりましたか」
証人「はい」
弁護人「なぜ犯人だと分かったのですか」
証人「私たちのそばにいたからです」
弁護人「手の特徴とかが合ったのですか」
証人「(夫を)刺して、すぐクルッと回転して、私と目と目が合ったんです」
弁護人「犯人はどうしましたか」
証人「犯人は交差点を見ていました。目が合わないうちにかがんで逃げました」
弁護人「対面したときに覚えている表情は?」
証人「そんなにエネルギッシュな感じではなかったです。大きな事件を起こす感じではないです。こんな男に主人がやられたんだと思いました」
弁護人「対面した時間はどのくらいですか」
証人「数秒です」
夫とともに、路地を曲がって逃げた証人。周囲に気を配る余裕はなかったという。
弁護人が尋問を終えると、検察官が改めて、現場見取り図を使いながら、被告が証人の夫を刺したときの位置を確認した。
検察官「刺した右手の持ち主は、犯人といえますか」
証人「いえます。手の持ち主は、目の前にいたこの人しかいない。たしかメガネにも血がついていて…。手の先を見たら犯人だったという状況です」
引き続き、裁判官が、対面したときの状況について聞いていく。
裁判官「ナイフの手ですが、刃先は親指側か小指側か分かりますか」
証人「刺されたということは定かですが…。細かいことは定かではありません」
裁判官「手の形は? ナイフはどう握っていましたか」
証人は衝立の向こうにいるため分からないが、どう握っていたかを実際に手を使って表現しているようだ。
裁判官「こういう風に、刃先が親指の方に出ている感じですか」
証人「そうです」
証人が自分や犯人の位置を書き記した現場見取り図を見ながら、質問が続く。
裁判長「刺さっているのを見た直後に犯人は(1)の位置にいたんですか」
証人「そうです」
裁判長「ご主人は背中を刺されている。刺されたときの犯人との前後関係は?」
証人「刺して、追い越された感じでした」
裁判長「あなたの横を通り抜けた感じですか」
証人「はい」
裁判長「それでは終わりました。長時間お疲れさまでした」
証人尋問が終わり、20分間の休憩に入った。証言に動揺したのか、加藤被告は、これまで入退廷の際に欠かさなかった傍聴席への一礼をせず、刑務官に促されるまま法廷を後にした。