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(2)「係長が刺された!」 血だまりの横で女性警察官は叫んだ

事件当日の状況について、証人の○○警部補が語り始めた。警視庁万世橋署の交通課に所属する○○警部補はこの日、女性巡査とペアを組んで東京・秋葉原の歩行者天国の交通取り締まりに出かけた。慣れた日常業務のはずだったが、惨劇の現場となった外神田3丁目交差点付近で「ドン」という大きな音を聞き、○○警部補は異変に気づいたという。

検察官「外神田3丁目の交差点でどんな状況を見たのですか」

証人「車を見たと思うのですが、記憶にありません。路上に倒れている人を見ました」

倒れていたのは、加藤智大(ともひろ)被告(27)が運転するトラックにはねられた人々だ。

検察官「倒れていた人は複数ですか。男性だったか、女性だったか覚えている点はありますか」

証人「全く覚えていません」

証人尋問に先立って読み上げられた○○警部補の供述調書によると、警部補は加藤被告に刺されて心肺停止状態に陥った影響からか、事件当時の記憶をところどころ失っているのだという。

検察官「あなたはどのような行動を取りましたか」

証人「倒れていた方の脈をみたと思います。それしか記憶にありません」

検察官「脈をみたのは交差点内のどのあたりですか。だいたいの位置を現場見取り図に記入してください」

法廷内の大型モニターに、現場周辺の地図が映し出されている。○○警部補は赤ペンで、当時いた位置に丸をつけた。

検察官「その際、何が起きましたか」

証人「秋葉原交番の方から走ってくる人が見えました」

検察官「地図でいうと(○○警部補がいた位置の)右手からということですね」

証人「はい」

検察官「その時、あなたは男に対してどの方向を向いていましたか」

証人「首を左側に向けて男の方を見ていました」

検察官「男に対して背中を見せていたということですか」

証人「その通りです」

○○警部補はうなずきながら答えた。

検察官「男の服装など覚えている点はありますか」

証人「全部は記憶にありませんが、白いジャケットを着て眼鏡をかけ、両手に黒いものを持っていました」

検察官「その状況を見て、男が持っているものは何だと思いましたか」

証人「拳銃(けんじゅう)だと思いました」

検察官「手に持っているものが黒かったからですか」

証人「はい」

検察官「その後、どうなりましたか」

証人「私の背中にドンとぶち当たってきました」

この時、加藤被告は手に持ったダガーナイフで○○警部補の背中を刺していた。警部補は“その瞬間”について淡々と語った。

検察官「当たられて、どうなりましたか」

証人「前屈みになりました」

検察官「痛みは感じましたか」

証人「全く感じませんでした」

検察官「その状況について、どう思いましたか」

証人「拳銃を発射したにしては、音がしないので変だと思いました」

検察官「その後の男の行動で覚えていることはありますか」

証人「よく覚えていませんが、中央通りを南の方に走っていきました。多数の人の間をすり抜けるようにして、ぶつかりながら走っていきました」

検察官「その後はどのような行動に出ましたか」

証人「私も被疑者の後を追いかけようとしましたが、息が絶えてその場に倒れ込みました」

○○警部補の負った傷は、肺にまで達する深いものだった。警部補は倒れながら、近くにいた同僚の女性巡査の声を聞いたという。

証人「巡査が無線機で『係長(証人)が刺された。係長が刺された』と大きな声を出しているのを聞きました」

検察官「それを聞いて、どう思いましたか」

証人「『ああ、拳銃じゃなかった。刃物で刺されたんだな』と思いました」

検察官「その後はどうなりましたか」

証人「救急車のストレッチャーに載せられ、路面を見たらサッカーボールくらいの血だまりがありました。こんなに多く出血しているんだったら、もう自分はだめだと思いました」

検察官「だめというのは、死ぬということですか」

証人「そうです」

この後、○○警部補の記憶は病院で目覚めるまで途切れているという。

検察官「事件について記憶がない部分があるのはなぜですか」

証人「搬送先の病院で心臓が2、3回止まったと聞きました。心肺停止になったのが、記憶に影響しているのではないかと思います」

ここで検察官が事件直後の現場写真を見せ、○○警部補に確認を求めた。

検察官「今回被害に遭ってから、証人はいつ退院しましたか」

証人「搬送先の病院に約2カ月入院した後、地元の病院に転院し、最終的に退院したのは平成20年8月です」

検察官「職場へ復帰したのはいつですか」

証人「完全に復帰したのは平成21年2月です。それまでは自宅療養などをしていました」

検察官「今、けがや手術跡の痛みはありますか」

証人「痛みはありませんが、傷がひきつるような感じはあります」

検察官「傷は今も消えていませんか」

証人「残っています」

検察官「今も不自由していることはありますか」

証人「退院した当時は、後ろから走ってくる人がいると振り返って身構え、階段も手すりがなければ上れませんでした」

検察官「どちらかの足が不自由なのですか」

証人「右足です。ズボンをはくときなどは、何かにつかまらないとはけません」

検察官「足がうまく上がらないということですか」

証人「そうです。平坦(へいたん)なところを歩いていても、すごくつまずきます」

○○警部補は手術で肺の一部を切除したため、ジョギングなどの激しい運動もできなくなってしまったという。また、記憶力についても「日がたつにつれて、次第に記憶が薄れるような感じがする」と事件の影響を訴えた。

検察官「事件についての報道は見ましたか」

証人「なるべく見ないようにしていました。事件のことは忘れたいと…」

検察官「今回、証人として出廷するのも避けたいと思っていたのでしょうか」

証人「正直言って、そうです」

検察官「ご家族に対してはどのように感じていますか」

証人「本当に迷惑をかけ、大変申し訳ないと思っています」

また、○○警部補は事件後に加藤被告から手紙を受け取ったことを明かし、強い口調で加藤被告への思いを語った。

検察官「手紙は読みましたか」

証人「1回しか読んでいません。正直言って、身勝手な男だと思いました。自分の責任を転嫁している」

検察官「責任を転嫁しているというのは、具体的にどのようなことですか」

証人「自分の母親に虐待されたことなどが(手紙に)書いてありました」

検察官「被告に対して、言いたいことはありますか」

証人「私個人としては、あまり言いたくないです。しかし、7人もの命を奪った…。その人たちのことを考えると、極刑しかありません。被害者も浮かばれません」

加藤被告は机の上に広げたノートに視線を落としたまま、メモを取ることもなくじっとしている。

この後、弁護人が事件当時の位置関係などについて数点質問した後、検察官の○○警部補への証人尋問は終了した。

⇒(3)惨状思いだし涙…女性目撃者の傷、いまも癒えず