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(4)窒息めぐり専門用語連発 通訳「待ってください」と悲鳴

英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第2回公判は約1時間半の休廷の後、午後の審理が始まった。市橋被告は、リンゼイさんの両親をじっと見つめながら入廷。証言台の前で一礼した後、中央後方にある長いすに腰を下ろした。

堀田真哉裁判長が開廷を告げると、午前中の検察官による証人尋問に続き、リンゼイさんの遺体の司法解剖を行った女性医師が証言台に立った。男性弁護人が尋問をはじめる。

弁護人「今までの経験についてお聞きします。今まであわせて、700〜800の遺体を解剖してきたということでよいですか」

証人「介助を含めればもっとやっていますが、若いころは少なかったので、主執刀は400くらいかと。正確には覚えていませんが」

弁護人「窒息(ちっそく)死の解剖は?」

弁護人の質問に、女性医師は腕を組んで考えながら答える。

証人「詳しい数は(研究室に)戻らないと分からないですが、窒息関連は全体の1、2割だと思います」

弁護人「大体の数で結構ですが、その全体の1、2割の窒息で、今回のように首が絞まっているものはどれくらいですか」

証人「窒息例のなかで、首が絞まっているのは4割くらいを占めます」

弁護人「さらにその中で手で首を絞めた事例はどれくらいですか」

女性医師は腕を組んだまま、首をかしげる。

証人「最近ですと、年間5、6例だと思います」

弁護人「手で行う首の絞まり方の典型例はありますか」

証人「典型例というのはないが、首の軟骨が折れているというのはありますね」

弁護人「例えば手で首を絞めるときに、強い力が加われば、首に指の跡がついたりしませんか」

証人「はっきり指の跡がついているというのはほとんどありません」

次に弁護人は、首を手で締めた場合と、ひも状のもので絞めた場合の違いについて質問する。

弁護人「ひも状のものの場合、血管全体に同じ配分で力がかかると考えていいですか」

証人「そういうことですね」

弁護人「扼頸(やっけい)、手で絞めるやり方だと首に対して、一部分にしか力が入らないですね?」

証人「一部分? 圧迫したところに限られるというのはそうですね」

弁護人は一般論から、リンゼイさんの遺体についての質問に移る。

弁護人「被害者の顔に鬱血(うっけつ)ははっきり出ていたのですか」

証人「顔面には著明でなかったです」

裁判長「著明でないとはどういう意味ですか。かみ砕いて説明してください」

専門的なやりとりが続く中、堀田裁判長が口を挟んだ。裁判員が話題についていけていないことを危惧(きぐ)したようだ。

証人「はっきりということではないということです」

専門用語が多いせいか、女性通訳の通訳スピードも落ちている。

弁護人「まぶたの裏に溢血点(いっけつてん)は出ていましたか」

証人「認められませんでした」

弁護人は、午前中の検察官の証人尋問で示された、『窒息の3兆候』である(1)血液の暗赤色(あんせきしょく)と流動性(2)臓器の鬱血(うっけつ)(3)臓器や粘膜の溢血点についての質問を続ける。

弁護人「窒息死の典型例は、顔面が腫(は)れたり、溢血点がみられたり、ということでしたよね」

証人「そういうこともあります。それは気道だけでなく、血管も絞めた場合に一緒に起きます」

専門的な知識が必要な話のせいか、通訳を聞いていた、リンゼイさんの母、ジュリアさんが首をかしげたままだ。医師が話を続けようとすると、通訳が悲鳴のような声でさえぎった。

通訳「ちょっと待ってください」

通訳が終わるのを待って、女性医師が話しはじめた。リンゼイさんの父、ウィリアムさんが、通訳に「大丈夫だ」というように頷(うなず)いた。

弁護人「脳に酸素がなくなるというのは血管の圧迫が相当強くないといけないのではないのですか」

証人「そうではありません。空気を求める大元がしまれば、脳に空気はいきません」

弁護人「つまり今回の場合は、血液の流れはそれほど止まらなかったが、気道がしまって十分に空気が取り込めなかったということですね」

証人「そう考えます」

質問は、市橋被告がリンゼイさんの首をどう絞めたかという話題に移った。

弁護人「腕で絞めたのならどういう絞め方になりますか」

証人「腕なら首にある輪状軟骨を平らな面で押すような形になります」

医師は自分の腕を示して説明する。ウィリアムさんは、通訳が首の絞め方を手振りを交えて、一生懸命伝えるのを見ている。

弁護人「今されたように、平らな面というのは、ひじから手首にかけての部分ということでいいのですか」

証人「はい」

大型モニターに図が示される。リンゼイさんの背中の上に、市橋被告が乗って腕を後ろから首に回しているというのを表した図だ。

弁護人「こういう状態でも(窒息死は)あり得ますか」

証人「この(ひじから下を示す)部分があたっていればなります」

弁護人「窒息によって人が死ぬのには少なくとも3分かかると(検察官の証人尋問で)言っていましたね?」

証人「はい」

モニターの画面が切り替わった。検察側の証人尋問で示したのと同じ、「窒息の経過と症状」と題した表を映し出す。

弁護人「法医学の教科書に載っていた図ですが、この本は見たことがありますか」

証人「同じ図なら他の本に載っていたのを見ました」

弁護人「窒息になってから、ほとんど無症状だという第1期ですが、20〜30秒と幅がありますね」

証人「かなり個人差がありますから。プールで長く息を止められる人とそうじゃない人がいるでしょう。それと同じです」

弁護人は、図表で示される窒息死に至る時間に、数分の開きがあることを指摘する。

証人「個人差があるということです。健康な人、呼吸疾患を患っている人、高齢の人、そういうのも加えて考えますから。おおよその目安です」

弁護人「首を強く圧迫した時と、弱く圧迫した時で、窒息死の経過時間が変わるのですか」

証人「強い弱いではありません。気道がふさがっているかです。ふさがっていなければ、経過が長くなることもあります」

弁護人が堀田裁判長の方を向いた。

弁護人「中途半端になってしまうのでここで一度切ろうと思います」

堀田裁判長が午後2時5分に休廷を宣言。審理は午後2時25分から再開する。

⇒(5)死亡時刻はいつなのか 女医に質問続ける弁護側