Free Space

判決要旨(2)量刑判断「亜澄さんの挑発的行動がきっかけ」とも

 〈死体損壊時の責任能力〉

 亜澄さんの遺体を損壊したとき、勇貴被告は解離性同一性障害によって本来の人格とは別の人格状態にあった可能性があり、本来の人格はこの別の人格状態とは関係ない。このことからも、勇貴被告は遺体損壊時、本来の人格とは別の人格状態に支配されて自分の行為を制御する能力を欠いており、心神喪失の状態にあった可能性も否定できない。よって、遺体損壊時は心神喪失の状態にあったものと認定した。

 〈殺害時の責任能力〉

 牛島医師は、亜澄さんの殺害時、勇貴被告に是非弁識能力は十分あったが、衝動を抑制する力が弱体化していたことから、自分を制御する力は「著しく減退していた」との見解を述べている。

 しかし、勇貴被告は生まれながらにアスペルガー障害に罹患(りかん)してはいたが、高校卒業までは一般的な社会生活が著しく障害されることはなく、社会性の面では軽度の発達障害というべき病態であった。亜澄さん殺害時も是非弁織能力は十分あり、解離性障害を発症する以前は自分を制御する力も十分あった。それは、次の事実から認められる。

 ・この事件が起きる3日前、亜澄さんから聞いた話を誤解した母親が亜澄さんを夕食に呼ばず、腹を立てた亜澄さんが母親に文句を言って自分の部屋に戻ってしまったことがあった。その様子を目の当たりにした勇貴被告は、亜澄さんの言動に腹を立てて亜澄さんを批判する話を兄としたが、それ以上の行動には出なかった。

 このように、解離性障害が発症した後も、勇貴被告はこの事件が起きるまでの1カ月以上にわたり、大学受験を控えた浪人生として家族などと日常生活を送っていたが、トラブルを起こしたことはなかった。

 ・この事件が起きた翌日、勇貴被告は自分が亜澄さんを殺害したことを明確に認識していながら、父親から亜澄さん在宅の有無を聞かれた際には知らない振りをした。また、亜澄さんの遺体が置いてある自分の部屋に入らないように父親に言うなど、犯行が発覚することを恐れ、発覚を防ぐための適切な言動を取っていた。

 勇貴被告は犯行後も、家族に対して普段と変わらない対応をとっていた。さらに、犯行後に3日間にわたって予備校の冬期合宿に参加しているが、予備校関係者との日常生活も問題なく送っていた。

 これらのことは、事件が起きた当日前後でも、勇貴被告がその時々の状況に応じて、自分の行為を適切に制御する能力を全体としてかなりよく維持していたことを示している。

 亜澄さん殺害時、勇貴被告は衝動を抑制する力が弱っており、自分を制御する能力がかなり減退していたことは否定できない。しかし、その程度は、責任能力が限定されるほど著しいものとまでは言えない。

 《量刑の理由》

 人一人の命を奪った結果はあまりに重い。亜澄さんは20歳という若さで突然その前途を閉ざされたものであり、まだまだこの世で生きていたかったであろうと思われる。

 亜澄さんは、長年にわたって兄妹として勇貴被告と一緒に育てられた。人生に悩んだときなどは、ありのままの自分を受け入れてほしいと勇貴被告を頼りにこそすれ、まさか兄である勇貴被告に殺されるとは思ってもみなかったであろう。また、息子に殺害された上に解体までされた娘の姿を目の当たりにした両親の衝撃、戸惑い、悲痛は想像を絶する。

 しかも、その犯行の様子から考えると、亜澄さん殺害は強固な殺意に基づいて行われたものであり、勇貴被告の責任は極めて重大である。

 一方で、勇貴被告は、生まれながらにアスペルガー障害を患っていた。勇貴被告は両親からもその障害に気づかれずに成長し、この障害を基盤とする解離性障害に罹患するまでに至った。そのため、責任能力にこそ影響はしないものの、是非善悪を判断して行動する能力がかなり減弱した状態だった。

 亜澄さん殺害は、そのような精神状態にあった勇貴被告による衝動的な犯行である。

 亜澄さんは、周囲の者の対応が難しい反抗挑戦性障害であった。家出をしたり、家族に対して攻撃的な態度を取ったりして、家庭に不和をもたらすこともあった。

 亜澄さんは、勇貴被告が亜澄さんを殺害するという衝動に駆り立てられるほど挑発的な言動に及んでいた。そのことが、この事件のきっかけになったという側面は否定できない。

 一方で、勇貴被告は自ら亜澄さんを殺害したことを認めている。公判でも「妹に本当にかわいそうなことをしてしまった。もっと理解してあげなかったことについても謝罪したい。両親にもおわびをしなければいけない」などと述べ、罪を償っていく決意を示している。

 また、証人として法廷に立った両親と兄が寛大な処分を求めており、家族で勇貴被告の更生に助力する決意も述べている。この事件が起きた当時21歳と若年であったことなど、勇貴被告にとって酌むべき事情も認められる。

 以上の事情を考慮した結果、勇貴被告を主文の刑に処するのが相当であると判断した。

⇒その後