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判決要旨(1)鑑定は「信頼できる」検察官調書は「不自然」

 ●主文

 被告人を懲役7年に処する。未決勾留日数中250日をその刑に算入する。

 公訴事実のうち、死体損壊の点については無罪。

 ●理由

 《犯罪事実》

 勇貴被告は、平成18年12月30日、東京都渋谷区幡ケ谷の自宅で、武藤亜澄さん(当時20歳)に対し、殺意をもって、その首にタオルのようなものを巻いて絞めつけた。さらに浴槽内の水中にその顔を沈める状態にし、その時、その場で、亜澄さんを窒息により死亡させて殺害した。

 《責任能力に関する判断》

 〈結論〉

 殺害時には勇貴被告に完全責任能力があったものの、死体損壊時には心神喪失の状態にあった可能性が否定できないと判断した。

 〈牛島鑑定の信用性〉

 牛島医師は精神科医としての経歴、専門分野、臨床経験などに照らし、鑑定事項に関する勇貴被告の精神鑑定に適任の専門家であったと認められる。その鑑定の手法や判断方法にも不合理なところは認められないから、牛島鑑定は十分に信頼できる。

 検察官は、牛島鑑定が「信用性の高い捜査段階の勇貴被告の供述を判断資料から除外し、その内容とかけ離れた独自の問診結果を資料としており、前提条件が誤っていて、このことが責任能力の判断にも重大な影響を及ぼす」などと主張する。

 検察官が指摘する「捜査段階の供述内容とかけ離れた問診結果」というのは、その主な内容は勇貴被告の公判供述と一致するものと思われる。しかし、犯行に関する勇貴被告の公判供述は、1枚の写真のようなかなり断片的な記憶しかないにもかかわらず、物語性のある連続した記憶があるかのような供述を捜査段階でした経緯を具体的に供述している点も含め、全体として整合性のある一貫した内容であり、作り話とは到底思われない。

 しかも、勇貴被告のアスペルガー障害については、各犯行に関する勇貴被告の供述内容とは関係なく、多数回にわたる勇貴被告との面接場面で得られた所見、勇貴被告の両親との面談で得られた情報および心理テストの結果を総合して診断したものである。

 この診断については、検察官の言う「捜査段階の供述内容とかけ離れた問診結果」を前提とした判断ではない。このような診断をした上での牛島医師の指摘を踏まえて、勇貴被告の公判供述を見てみると、その信用性は高いと評価できる。

 他方で、勇貴被告がアスペルガー障害に罹患(りかん)していることを前提に、勇貴被告の検察官調書を検討すると、殺害の動機に関する供述内容が不自然であるばかりか、犯行における主要な行為に関する内心の動きについては、供述されていなかったり、平板な内容であったりして、犯行の動機に関する供述と比べて不自然な濃淡がある。また、その一貫性にも不自然さがあることから、犯行状況に関する供述部分は信用できない。

 そうすると、牛島医師が勇貴被告の捜査段階の供述内容を前提とせず、問診結果を踏まえて鑑定を行ったことには何ら問題がない。

 〈犯行時の勇貴被告の精神疾患とその病態〉

 この点について、牛島鑑定によれば、次の事実が認められる。

 ・勇貴被告は、生まれながらにアスペルガー障害にかかった。中学生のころからは強迫性障害が加わった。さらに事件の1カ月以上前からアスペルガー障害を基盤とする解離性障害になっていた。

 ・勇貴被告は自身のアスペルガー障害によって、他人との情緒的なかかわりあいの面で支障をきたすなどはあったが、高校を卒業するまでは一般的な社会生活で著しく問題になることはなかった。社会性の面では軽度の発達障害というべき病態である。

 勇貴被告は、自身が犯したような行為をしてはならないという認識を十分に持っていた。アスペルガー障害の程度は責任能力に影響を及ぼすものではない。

 ・アスペルガー障害を基盤にした勇貴被告の人格構造は、激しい攻撃性を秘めながらそれを徹底して意識しないという特有のものだった。怒りの感情を徹底的に意識から排除しようとし、激しい怒りが突出しても、それを感じたと認識する過程を持っていない。

 勇貴被告はアスペルガー障害によって、このような攻撃性などの衝動を制御する機能が弱い状態にあったが、アスペルガー障害を基盤とする解離性障害が加わり、外界の刺激が薄れることによって、この機能がさらに弱体化していた。

 〈勇貴被告の精神状態が犯行に与えた影響〉

 この点について、牛島医師は鑑定の最終的な結論として、次のような判断を示している。

 ・勇貴被告は、殺害時もことの善しあしを見分ける能力は十分にあったが、亜澄さんから挑発的な言動を受けたことにより、怒りの感情を抱いた。しかし、怒りの感情を抑制する機能が弱体化していたため、内奥にある激しい攻撃性が突出し、亜澄さんを殺害した。

 ・このようにして殺害に及んだことが衝撃となって解離性同一性障害による解離状態が生じ、死体損壊時には、本来の人格とは異なる獰猛(どうもう)な人格状態になっていた可能性が非常に高い。

 このような判断をした理由について、牛島医師は、当時、勇貴被告が解離性障害にかかっていたと判断したことのほか、以下のような点を挙げている。

 (1)死体損壊行為は、亜澄さんの遺体を左右対称に15にも解体するなどしたという手の込んだものだった。その意図と作業過程は、隠しやすくしたり、運びやすくしたりするためということでは説明ができず、別の人格を仮定しないと説明がつかない。

 (2)怒り狂った行為態様である殺害行為と、非常に冷静で整然とした行為態様である死体損壊行為とは、意識状態が変わったとみるべきであること。

 (3)勇貴被告には、犯行時の記憶がほとんどなく、犯行前後の記憶もない。解離性健忘が生じた場合、その前後の記憶がなくなるという逆行性健忘や前向きの健忘を伴うことがよくある。

 このうち(1)(2)の指摘については、証拠から認められる事実に照らしてもうなずけるものである。

 現在、アスペルガー障害を基盤にして解離性障害を発症した症例に関する研究は十分になされていない。この段階での判断では、死体損壊時において、勇貴被告は解離性同一性障害により本来の人格とは別の猪猛な人格状態にあった可能性が非常に高いという判断にも合理性があると言える。この可能性を前提に、勇貴被告の責任能力を判断すべきである。

⇒判決要旨(2)量刑判断「亜澄さんの挑発的行動がきっかけ」とも