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(6)検察の再鑑定請求を却下 「異議!」連発の法廷

約30分の休憩をはさみ、午後3時17分に法廷が再開した。勇貴被告は相変わらず無表情のまま、被告人席に腰を下ろした。

裁判長「それでは再開します」

裁判長が静かに宣言した。検察官が必要性を主張していた証拠の採否について、裁判長はどのような判断を下すのか。傍聴席の注目が集まる。

裁判長「検察官が請求していた証拠について、いずれも必要性がないので却下します」

検察官は『却下』という単語に顔をしかめ、すかさず立ち上がった。

検察官「異議! 各証拠は必要性を有しており、それを採用しない裁判所の判断は違法です!」

対して弁護人も、検察側の請求理由が不当であることを主張した。

弁護人「公判前整理手続をやったのに、検察官は今ごろになって鑑定内容がおかしいと言っている。明らかに、公判前整理手続が済んでから調べることがやむを得ない事情はありません。仮にやむを得ない事情があったとしても、刑事訴訟法は速やかに調べねばならないとしています。また、証拠の中身の任意性についても、重大な疑いがあると言えます」

採否が問題になっていた証拠は、どうやら精神鑑定の結果が明らかになった後、検察側が追加で申請したもののようだ。刑事訴訟法では、公判前整理手続きに付された事件は、やむを得ない事情があった場合を除いて、公判前整理手続きが終わった後に証拠調べを請求することはできないと定めている。裁判長が『却下』の判断を示したということは、この『やむを得ない事情』には当たらないと判断したもようだ。

また、弁護人は、逮捕直前に勇貴被告への面会が認められなかったこと、取り調べ時間が長時間に及んだこと−などから、供述調書の内容についても疑問を呈した。

裁判長「では、異議を棄却します。これで証拠調べはすべて終えることにします。次回は…」

検察官「検察官としては、期日外に再鑑定を請求します!」

裁判長の言葉をさえぎり、検察官が再び立ち上がって発言した。

裁判長「本日は(請求)できませんか?」

検察官「理由を説明する必要があり、本日はできません」

裁判長「公判前整理手続は行っており、すでに(請求の)時期が遅れているのでは? それに本日、説明ができないというのは…」

次回に論告求刑を予定していた裁判長は、検察官の申し出に表情を曇らせた。検察官が一瞬言葉につまると、裁判長が続けた。

裁判長「裁判所としては、次回は論告弁論をします。期日は…」

検察官「それでは、ただいま鑑定の請求をします。(再鑑定の)必要性については、これまでの鑑定書の内容および、鑑定人の証人尋問から、鑑定結果は信用性が欠如していると言わざるを得ません。被告の責任能力を明らかにするためには、(再度)鑑定を行う必要があります」

再び言葉をさえぎられた裁判長は、ため息まじりに弁護人に意見を求めた。

裁判長「弁護人は?」

弁護人「公判前整理手続はすでにしています。仮に百歩譲っても、鑑定人の証人申請からかなり時期が経っている。牛島(定信・東京女子大教授が行った)鑑定への批判は論告の段階ですればいいのであって、改めて鑑定をする必要はありません」

両側の裁判官と小声で相談した後、裁判長は正面に向き直り検察官に告げた。

裁判長「えー。鑑定請求は速やかでないということで、却下します」

検察官「その点にも異議を申し立てます! 裁判所は判断を誤っており、違法です」

弁護人「論点は前から同じです。牛島鑑定人の証人尋問は3月に行われました。鑑定人の証人尋問で、いろいろ聞くことができたはずです。牛島鑑定のどこが間違っているのかは、きちんと論告で言うべきです。それ(再鑑定を今、請求すること)は迅速な裁判に反するし、刑事手続の上でも許されません」

裁判長「それでは、棄却します」

裁判長は弁護人の主張に時折うなずきながら、請求の棄却を言い渡した。最後まで粘り続けた検察官は、不満の色を残しながらも次回期日設定のため、予定を尋ねる裁判長の声に答える。弁護人、検察官の予定が合わず、数度の日程調整を経た後、次回期日は5月12日午後1時半に決まった。

裁判長が勇貴被告に、次回期日の最後に意見陳述の機会があることを告げると、勇貴被告は青白い表情のまま『よろしくお願いいたします』と一言答えて退廷。午後3時35分に閉廷した。

⇒第6回公判