(5)「立証趣旨は?」検察の説明に懐疑的な裁判長
検察側が証拠として提出した書類の1つひとつについて、秋葉康弘裁判長はその立証趣旨を確認している。
検察側が「勇貴被告は犯行時、責任能力があった」と主張しているのに対し、精神鑑定を実施した鑑定人は前回の公判で「殺害時の勇貴被告の精神状態は責任能力が限定される心神耗弱、その後の損壊時は責任能力を問えない心神喪失だった」とした。最大の争点となるだけに、裁判長は強い関心は示している。これに対し、検察官は機械的に早口でまくし立てる。秋葉裁判長はいぶかしげな表情を終始浮かべたまま、それを聞いている。
検察官「以上のことから、(警察に逮捕された)1月4日当日は十分な記憶を持っていたことが明らかです」
裁判長「乙10号証については?」
検察官「全部が全部ではありませんが、内容に沿った供述があります」
裁判長「今、乙6号証〜10号証までの内容は、この家に住む勇貴被告であれば分かる内容ではないですか? 当然、記憶としてなくても述べられることでは? 事件以前から記憶していることと、事件後に認識したことで供述できる内容しかないということですね?」
検察官「必ずしもそうではないのですけど…」
裁判長「具体的な指摘がないのですが?」
検察官「では、具体的に述べます」
検察側は勇貴被告が亜澄さん殺害の際に使ったタオルやのこぎり、包丁などをどう使ったかなどについて記載があることなどを詳細に述べてゆく。
裁判長「そこの部分だけですか?」
検察官「そこまでかは検察側も分からないところがあります」
裁判長「甲19号証はどういう点を立証しようとしているのですか?」
「取り調べについて…」などと回答する検察側に、「それによって何を(立証するのか)?」と厳しく問う秋葉裁判長。検察官はしばらく隣の検察官と相談し立ち上がって答えていたが、秋葉裁判長はなおも首をかしげ、検察側への質問を打ち切り、弁護人に質問を投げかけた。
裁判長「これらの証拠のことや、今日の被告人質問についてどういうご意見ですか」
弁護人「勇貴被告はずっと『(取り調べ時は)眠かった』と言っていました。1月3日に(通っていた予備校の)合宿があって、寝たのは4日の午前2時ごろ。それで、寝てからすぐに(警察に)起こされて連れて行かれ、逮捕前に長時間取り調べられました。弁護士が午後3時に面会を求めたが、5時まで面会できなかったのです。弁護士との接見を妨げたうえ、長時間の取り調べがあって…」
裁判長「内容の指摘は検察側の言うとおりでよろしいですか?」
弁護人「おおむね検察官が言ったことが書かれています。ただ、正確かというと疑問です。午前3〜4時の取り調べで、『警察からこうではないかと示されてできたもの』と『勇貴被告の体験に基づかないもの』と、『警察が証拠に基づいて聞いてきたもの』がごっちゃになっている』」
午後2時40分、秋葉裁判長は左右の裁判官と相談し、「証拠採用するかどうかを決めるため、30分休廷します」と宣告。供述調書の信憑(しんぴょう)性に極めて懐疑的な裁判長に対し、検察官が早口でぶつぶつとまくし立て、少し感情的になった法廷の空気を沈静化させる必要があるとも判断したようだ。
この後、公判は午後3時17分から再開された。