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(5)「殺害目的に向けて合理的な行動」

判決は、米山豪憲君を殺害したとき、畠山鈴香被告が少なくとも心神耗弱状態で、完全に刑事責任を問える「責任能力」はなかった、と弁護人が主張していることを検討したくだりにさしかかった。

裁判長「鈴香被告は、彩香ちゃん殺害後に『うつ状態が悪化した』として4日間入院しているものの、診断では不眠症、神経症などとされただけだった。(捜査段階以降に行われた)3回の精神鑑定の結果は、いずれも『行動上の偏りは人格障害で、責任能力に影響しない』というものだった」

「さらに、豪憲君事件の犯行前後を通しての行動をみても、殺害目的に向けて合理的な行動を取り、犯行が発覚しないよう周囲に気を配りながら死体遺棄に及び、自分の行為が社会的に容認されないと認識していることが十分にうかがわれる。完全責任能力があることは優に認められる」

裁判長は「最後に、量刑不当について」と述べた。1審後は、検察側が「量刑が軽すぎる」、弁護側が「重すぎる」として双方が控訴していた。前述のように、豪憲君殺害の動機について検察側の主張を認めながらも、死刑判決を回避した理由を明らかにしていった。

まずは、鈴香被告が彩香ちゃんを殺害した当時の状況を振り返っていった。平成18年4月9日、魚を見たいと言い出した彩香ちゃんを車で藤琴川に連れていったが、彩香ちゃんが帰ろうとしなかったため、いらだちを抑えられなくなり、「何でこのわらし、こんなに駄々こねるんだべ。ここさ乗せて、背中押しつけてやればどうなるべ」と殺意を抱き、欄干の上に乗るように言った。

そして、彩香ちゃんが両足を川のほうに出して座ったとたん、「怖い」と言って抱きつこうとした。鈴香被告は左手で振り払うようにして橋の上から彩香ちゃんを川に落下させ、行きと違う道を通って逃げ帰ると、遊びに行ったまま彩香ちゃんが帰ってこないかのように近所中に告げて回り、警察にも通報するなどした、というものだ。この内容を「事実」として認定した上で、裁判長が犯行動機を分析した。

裁判長「犯行が、彩香ちゃんに対する邪魔者としての気持ちの表れであることは否定できないが、殺害行為には前々日の父親の病院でのトラブルも含めたストレスの蓄積、橋での彩香ちゃんに対するいらだちの強まり、鈴香被告の場当たり的な人格傾向も影響している」

裁判長は続いて、豪憲君事件についても「5月17日、自宅玄関に誘い入れた豪憲君の首を、自宅にあった腰ひもで絞めて殺害し、遺体をランドセルや帽子とともに車の後部荷台に積み込み、河川敷に遺棄した」と、認定した事実を説明した。

裁判長「鈴香被告は豪憲君殺害・死体遺棄について真実を述べていない。また、殺害・死体遺棄はあらかじめ十分計画した上での犯行とまではいえない」

豪憲君殺害の動機について鈴香被告は、1審では彩香ちゃんの死亡後も元気にしている豪憲君に「憎たらしい、うらやましい」気持ちがあったなどと自らの口で説明したが、控訴審では「思いだせない」などとしたため、裁判長が再三動機を尋ねてきた経緯があった。

裁判長はここで、「被害者、遺族の状況を述べる」として、豪憲君、彩香ちゃんがどういう子供だったかを順番に説明していった。豪憲君については「かけっこはいつも1番」「母親っ子で甘えん坊」などとされた。傍聴していた豪憲君の母、真智子さんは、遺影の枠の上側を両手でつかむようにして、時折目をつぶりながら聞いていた。傍聴席に背中を向け、裁判長に正対する鈴香被告はじっと座ったまま動かなかった。

⇒(6)「無期判決、結論として誤っていない」