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(2)「殴られない方法…考えても分からなかった」

父親による鈴香被告への暴力について、さらに詳しく聞く弁護人。話は、成人後の暴力に移っていった。

弁護人「暴力はいつごろまで続いたのですか?」

鈴香被告「20歳のころまでです」

弁護人「そのころは、何が原因で暴力を?」

鈴香被告「昼間、ある喫茶店でアルバイトをやって、夜はあるスナックでアルバイトをやっていたときです。『スナックでホステスとして働くとは何事だ』と。家に帰ったら、家中の電気が消えていて、みんな寝ているのかと思ってたら、居間に父がいて、『待て。どこかの飲み屋で働いているのは分かっているんだぞ』と言われ、殴られたり、けられたり、髪の毛を引きずり回されたりしました」

弁護人「それが最後ですか?」

鈴香被告「はい」

弁護人「それまでは暴力は何度もあったのですか?」

鈴香被告「はい」

弁護人「いつごろから?」

鈴香被告「高校のころからそれぐらいのことはありました」

弁護人「あなたは父から殴られないよう、何かしたことはありましたか?」

鈴香被告「どうすれば殴られないようになるか、考えても分からなかった。よく考えても、私には分かりませんでした」

弁護人「部屋の整頓がなっていないと怒られたと1審で言っていますが、それはどういうことですか?」

鈴香被告「小3か小4のとき、初めて自分の部屋をもらったとき、片づけることを約束したが、きちんと片づけができてないと、本棚の本を全部部屋のなかに出され、『こういうところにほこりが溜まっているんだ。こういうところを掃除しなければならないんだ』と言われました」

弁護人「そのときにも暴力はあったのですか?」

鈴香被告「はい」

弁護人「あなたはそのころ、掃除することができなかったのですか?」

鈴香被告「小さいときから今まで、(掃除は)ほとんできないです」

1審で、鈴香被告の弟は父親がそれほど厳しかったとは思わなかったと述べている。鈴香被告は、なぜ自分が殴られるのか、理解ができなかったようだ。

弁護側はさらに、公判を傍聴している母親についても話を聞き始めた。

弁護人「お母さんが止めてくれたことは?」

鈴香被告「止めてくれたこともあります」

弁護人「いつごろまでですか?」

鈴香被告「小学校にあがったころまでです」

弁護人「そのあとはどうですか?」

鈴香被告「父の暴力が終わってから、ご飯食べなさいと言ったり、ご飯抜きにされたとき、おにぎりを作ってくれたりしました」

弁護人「暴力を振るわれたとき止めてくれたことは?」

鈴香被告「なかったと思います」

鈴香被告の右後方では、母親が、口を真一文字に結んで娘の発言を聞き入っている。

弁護人「お父さんは、お母さんに暴力を振るうことはありましたか?」

鈴香被告「はい」

弁護人「それはいつごろからですか?」

鈴香被告「小さいころです」

弁護人「あなたが成人するまで続いたのですか?」

鈴香被告「記憶にあるのは、高校を卒業して家を出るまでです。それ以降は特にないです」

弁護人「どんな感じだったのですか?」

鈴香被告「『夫婦のことで口出しするな』と言われていたので、よく分からないです」

弁護人「お母さんがケガをしたり、顔を腫らしていたりするのを見たことはありますか?」

鈴香被告「ありました」

1審でも同様のやりとりがあったが、引き続き傍聴する母親は、どのような気持ちで鈴香被告の言葉を聞いていたのだろうか。

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