(5)裁判長「世間で通用するか」と父に苦言 祐輔さんの父は「かたきを討つ」
歌織被告の父親への証人尋問が続く。平成18年12月、被告から「祐輔さんが生活費を持って失踪(しっそう)した」と連絡を受けた父親は、祐輔さんの両親に電話をかけ、祐輔さんの行動を激しく非難していた。その後、被告は父親にうそをついていたことが判明するが、いまだに父親は遺族へ十分な謝罪を行っていないという。検察官は厳しい口調でその理由をただした。
検察官「(祐輔さんが生活費を持って失踪したという)事実と違うことを元に、(祐輔さんの)両親に文句を言った。(歌織被告のうそが判明した後)なぜ、謝罪をするなり、電話をするなり、手紙を書くなりしなかったのか?」
証人「事件当時…。逮捕されてから現在まで、身を隠すような生活を続けていて、本当に余裕がありませんでした…」
父親はうなだれたまま答えた。
検察官「あなたも大変だっただろうが、被害者の遺族の大変さは考えなかったのか?」
証人「そんな余裕なかったです!」
ここで『まあ、証人の真剣さはわかりますから』と、河本雅也裁判長が割って入った。
裁判長「あなたは本当に遺族の気持ちを考え、自分で何か行動を起こす気はあるのか?」
証人「落ち着いたら…」
裁判長「落ち着いたら、とは?」
証人「(経営していた)会社の整理、倒産を含め…」
裁判長「それはいつ終わるのか? それで手紙一つ書けないと。そんなこと、世の中で通用しますかね? あなたが逆の立場だったらどう思うのか?」
証人「…はい」
裁判長「会社の整理手続きが忙しくて、考えられなかったと?」
証人「…すみません」
検察官以上に強い口調で、裁判長が続ける。一方、うなだれる父親の後ろ姿はますます小さく見える。
裁判長「(歌織被告の)うそに基づいて両親を非難してしまったことについては、どう思うのか?」
証人「…本当に申し訳ない」
裁判長「申し訳ないじゃなく、(歌織被告が)殺したことが分かり、せめて非難したことを謝ろうという気持ちはなかったのか? 今、そういうことを聞かれてるんですよ?」
証人「……」
裁判長「結構です。黙して語らず」
被告の父親は黙りこくり、証人尋問はここで終了。続いて意見陳述のため、祐輔さんの父親が入廷した。体調不良を理由に裁判長の許可を得て、片手にはミネラルウオーターの小さなペットボトルが握られている。裁判長から「事件について落ち着いて話してください」と促されると、大判の茶封筒から意見陳述書を取り出し、ゆっくりと読み上げ始めた。
祐輔さんの父親「事件より1年以上が過ぎた。しかし、私たち夫婦の気持ちは、(祐輔さんが殺害され、バラバラ遺体が発見された)平成18年12月から平成19年1月で止まったままだ。あまりにも衝撃が大きすぎて、気持ちが季節に追いつかなかった」
かすれた声だが、一言一言をかみしめるように読み進めていく。
祐輔さんの父親「息子には初七日も四十九日もなく、火葬してやったのが上京した翌日、51日目だった。火葬には立ち会ってやれなかった。それが今も無念だ。どうして、なぜ、自分の息子がこのような目にあったのか。分からないまま涙にくれた日々だった」
息子の死は、両親の生活にも大きな影響を与えた。
祐輔さんの父親「私たち夫婦の置かれた環境は大きく変わった。体調不良が続き、『歌織、なぜ祐輔を殺した』と思い出すといきなり泣き出す始末だった。秋の夕暮れは散歩をしていて、何度息子の影を追ったことか」
祐輔さんの父親は最近、妻のある変化に気づいたという。
祐輔さんの父親「家内は(被告が逮捕された翌日の)平成19年1月11日から、(それまで)毎日付けていたエプロンをはずした。私は最近になってそのことに気づき、家内に聞くと『私はもうお母さんではないから』との返事。何と言っていいやら、私は泣き崩れた。子供を先に行かせるということがこれほど辛いとは。まさに生き地獄の毎日だ。『このかたきはきっと討つ』と、私たちの戦いが始まった」
静まり帰った法廷に、父親のかすれ声だけが響く。そして、歌織被告への憎しみも隠すことなく語った。
祐輔さんの父親「息子は遠く離れていても、元気に生活してくれているだけでよかった、その願いも無残に砕かれた。真実を知りたい。息子に何があったのか。死人に口なしは絶対に許さないと誓った」
被告は目の前で明かされる激烈な感情にも表情を変えることはなく、その内面はうかがい知れない。