(8)ショックで葬式にも法廷にも出られない母親…「憤りも語れなくしたのは被告」と遺族感情訴える検察官
東京都港区で昨年8月、耳かき店店員の江尻美保さん=当時(21)=と祖母の鈴木芳江さん=同(78)=を殺害したとして、殺人などの罪に問われている元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判。検察官の論告求刑が引き続き行われている。
2人を殺害していることから、昨年5月に導入された裁判員裁判で初めて、検察側が死刑を求刑する可能性があり、大きな注目を集めている。死刑が求刑された場合は、女性4人男性2人の裁判員は、被告の生死を左右する重大な判断を下さなければならない。
求刑のときが近づいているせいか、6人の裁判員は一様に固い表情だ。
検察官「芳江さんは、平成17年に本を出版し、家族にお祝いしてもらうなど元気に暮らしていました」
検察官は、芳江さんが出版したエッセーの内容を紹介した。法廷内の大型モニターには、芳江さんとみられる女性が写った集合写真が映し出されている。
検察官「平成21年7月4日に夫を見送ったばかりでした。まだまだ家族と幸せな生活を送っていくはずでした」
芳江さんの夫は事件1カ月前に他界したばかりだった。検察官は続けて、芳江さんが被告に襲われた状況を説明していく。
林被告は、うつむき、ずっと下をみつめている。
検察官「芳江さんは、悲惨としかいいようがなく、いかに無念であったか、言葉で言い尽くせるものではありません」
続いて、検察官は、芳江さんの娘で、美保さんの母親の状況について読み上げ始めた。
検察官「母親は、2階で被告と遭遇して自分も殺されるのではないかと思いました」
「事件の日から、自宅から出ることができず、産んで育ててくれた母親の通夜や告別式に出席して、お別れを告げることもできず、産んで育てた娘の通夜や告別式にも出られませんでした」
一人で過ごすことのできなくなった母親のために、26歳の長男は家にいなければならず、アルバイトの仕事も辞めたという。
検察官「(長男の)その生涯に及ぼす影響はとてつもなく大きい」
「(事件が)亡くなった芳江さんと美保さんだけでなく、家族にも大きな爪痕を残し、事件から1年たっても、今後の展望は開けていません」
「続きまして、論告求刑の2枚目をご覧ください」
左端の女性裁判員が、うつむきがちに裁判員席のモニターを注視している。
検察官「ご遺族の被害感情は峻烈(しゅんれつ)です」
検察官は、美保さんの父親の被害感情について、静かな声で読み上げていく。
事件後、入院した美保さんは管につながれ、父親が訪れても何の反応も示さなかったという。
検察官「父親は、『犯人は絶対に許せない』と、『目の前にいたら同じことをして殺してやりたいです』『私の気持ちとしては極刑を望みます』との心情を吐露していました」
「父親は、現在も美保さんと同世代を見ると涙が出てしまうのです。遺族にとっては事件は過去のことではないのです」
検察官の淡々とした声が法廷内に響く。続いて、母親の被害感情について触れた。
検察官「母親は、(被害感情を)書面の形で明らかにすることも、傍聴にくることもできませんでした」
母親は父親に処罰感情を聞かれると、「ばあちゃんと美保を返してほしい。できないことだと分かっているから、だったら犯人を極刑にしてほしい」と話していたという。
法廷内の大型モニターに映し出されていた写真が、美保さんと芳江さんと母親の3人とみられる写真に切り替わった。
右から2人目の女性裁判員が視線を大型モニターの3人の写真に移した。
検察官「母親は被告に対して、憤りの言葉を述べることすらかないません。母親がモノを言うことをできなくしたのは被告です。その極刑を望む思いを刑に反映する必要があります」
続いて、検察官は芳江さんの息子や妹の処罰感情を読み上げていく。
検察官「(芳江さんの息子は)『どうして何の落ち度もない母親を殺されなければいけなかったのか、私たち家族はこの事件で幸せな生活がめちゃくちゃになりました』とその心情を吐露しています」
「芳江さんの妹は、『まさか自分の身内が殺されてしまうとは思いませんでした。みんなの幸せを奪った犯人が憎い。夢の中で出てくる姉も悔しい、悔しいと訴えています。私たち姉妹を代表して、被告に対する極刑を望みます』」
検察官は、事件当日、自宅2階で被告と遭遇した美保さんの兄の処罰感情を読み上げていく。兄は美保さんを小さいころからかわいがっていたという。
検察官「『犯人のことは考えたくありません。許すなんて論外です。(自分で)自分を惨殺してください。それができないなら死刑にしてください』」
「このようなご遺族の感情は、被告の刑を決めるのに、最大限考慮しなければいけません」
右から2番目の女性裁判員が検察官を見つめた。法廷内の大型モニターからは3人の写真が消えた。
検察官は、被害者に落ち度はなく、被告の身勝手な行動が事件を起こしたと主張し、具体例をあげていった。
被告は、美保さんとの間に信頼関係があった理由として、個人的な話をしたことやメールアドレスを教えてもらったこと、家の住所や予約について特別扱いしてもらっていたことを根拠としていた。
検察官「この程度の事情で、信頼されていると思ったのは、被告の身勝手さです。同僚によると、美保さんはお客にこびるような人ではありませんでした」
右端の男性裁判員はモニターをじっと見つめている。
検察官は、被告が美保さんを店外での食事に誘うなどした結果、耳かき店を出入り禁止になったときの状況について読み上げていく。
検察官「被告は都合の悪いことを聞こうとせず、出入り禁止にせざるを得なかったのです。美保さんの対応は適切なものでした。21歳の女性が、お客からつきまとわれ、自宅の近くで待ちぶせされ、声をかけられたら逃げ出すのは当然です」
「被告は美保さんとの関係を修復できないのはすべて美保さん側にあると考えました。被告は耳かき店で美保さんに会うことに異様なまでに執着していました。美保さんに落ち度は全くなく、被告の動機は身勝手で自己中心的です」
「弁護側は、被告にも考慮すべき事情はあると、客としてではあるが、美保さんと信頼関係があったと、あたかも美保さん側に落ち度があったように主張していました。『また来てください』程度は言ったでしょうが、今回の事件では、美保さんが仕事として接していただけで、被告もそのことを分かっているはずです」
林被告はうつむいたまま、顔をあげようとしない。