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(1)「愛情の背景にある憎しみが先鋭化した」…精神科医が殺意のわけを説明

東京都港区で昨年8月、耳かき店店員の江尻美保さん=当時(21)=と祖母の鈴木芳江さん=同(78)=が殺害された事件で、殺人罪などに問われた元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判第5回公判が25日午前、東京地裁で始まった。

精神科医の証人尋問の後、午後に論告求刑が行われ、結審する見通し。裁判員裁判で初めて検察側が死刑を求刑する可能性があり、裁判官と、一般人から選ばれた6人の裁判員がどう判断するか注目される。

林被告は被告人質問で、「美保さんにもう会えないと思い、追いつめられた」と動機を語った。

前回の公判では、裁判所の依頼で精神鑑定を行った別の精神科医が証人として出廷。犯行時の精神状態について「抑鬱(よくうつ)反応があったが、判断能力は低下していない」との意見を述べた。

続いて江尻さんと鈴木さんの2人の親族も法廷に立ち、「親戚(しんせき)を代表して、極刑を求めます」と死刑を求めた。この日は、検察側の求刑に加え、遺族の代理人も被害者参加制度に基づく求刑を行う予定だ。

4日間の非公開の評議を経て、判決は11月1日に言い渡される。

法廷はこれまで同様、東京地裁最大の104号法廷だ。午前9時57分、林被告が傍聴席から向かって左の扉からうつむきがちに法廷に入った。前回までと同様、黒いスーツに白いシャツ、紺のネクタイ姿。弁護人の右隣の席に座った。

午前9時58分、若園敦雄裁判長が開廷を告げた。

裁判長「開廷します。証人尋問に先立ち何かございますか」

ここで弁護人が証拠資料の追加を申し出て採用された。女性4人、男性2人の裁判員は一様にまっすぐに前を見据えている。

起訴状によると、林被告は昨年8月3日午前8時50分ごろ、東京都港区の江尻さん方に侵入し、1階にいた鈴木さんをハンマーで殴り、首を果物ナイフで刺すなどして殺害。また、2階にいた江尻さんの首をナイフで刺し、約1カ月後に死亡させたとされる。

裁判長「それでは証人尋問に入ります」

向かって右の扉から黒いスーツに眼鏡姿の男性が入廷した。弁護側証人の精神科医だ。これから犯行時の林被告の精神状態などについて証言するとみられる。

裁判長に促されて、うその証言をしないことを宣誓し、証言台の前の席に着いた。男性弁護人が質問に立った。

弁護人「平成3年から精神科医をやってこられたのでいいですね」

証人「はい」

弁護人の説明では、証人の精神科医は、これまで本人が精神鑑定する本鑑定を12件、助手としての鑑定を3件こなし、裁判所の要請による2件の鑑定も行った経験があるという。

弁護人「被告についてどのような資料をごらんになられましたか」

証人「被告の供述調書や(裁判所側鑑定医の)鑑定書を拝見しました」

弁護人「被告との面談は?」

証人「4回だと思います」

弁護人「それでは殺害に至った経緯についてお願いします」

証人「その前に被告の平素の人格や能力について説明したいと思います」

林被告の会社の上司は被告について「まじめでクールに仕事をこなす」と証言していた。この証言に触れ、証人はこう続けた。

証人「感情を表出せず、あまり社交的ではなく、我慢強いと聞いています」

「(裁判所側鑑定医の)鑑定データを独自に分析しましたが、簡単に申し上げると、複雑な情報処理が苦手で、『保続』という持続して考えが続いてしまう状態になります。違う考えをしないといけないのに同じ考えを引きずってしまう。つまり切り替えが悪いということです」

証人は、裁判員を意識してか、専門用語に分かりやすく説明を加えた。

弁護人「それでは事件の経過についてお願いします」

証人「被告は美保さんと長い期間、狭い空間で過ごしました。商売上のこともありますが、良好な関係がなければ、長期間このようなことは保てなかったと思います」

裁判員らは下を向いてしきりにメモを取っている。

証人「(平成21年)4月に2人が会うことになったが、美保さんの体調が悪く、やめになった」

検察側冒頭陳述などによると、林被告が「外で食事をしたい」と言い出したが、予定の日は美保さんの体調が悪く、結局、食事することはなかった。

証人「被告にしてみると、良好な関係だったものが拒絶されたと感じることになりました。何でそうなったのかと、原因を考えてもよく分からない。不安・困惑状態になったと考えられます」

「このような状態がだんだん強くなって、自分に原因があるんじゃないかなどと、さまざまな理由を追究していきます。新しい考えをするためには一度、置いておく必要がありますが、前の考えにとらわれて、いっそう分からなくなってしまいます」

左から2番目の女性裁判員は時折、証人に目をやりながらメモを取り続けている。

証人「被告は理屈で考えようとするが、追究しても追究しても分からない『意識野の狭窄(きょうさく)』に陥り、不安・困惑が強まり、いっそう意識野が狭まっていきます」

医学的専門用語の登場に裁判員の一人は首をかしげるしぐさをした。

弁護人「『意識野の狭窄』について説明していただけますか」

証人「舞台にたとえると、意識不明は真っ暗な状態。意識混濁は薄明かりに照らされたような状態です。『意識野の狭窄』とは、そこにだけスポットライトが当たっているような状態で、筒から物事を見ているような状態をいいます」

「だんだんこの状態になってよく分からなくなる。被告にとって美保さんは重要な愛情の対象だったが、追究しても分からない。愛情の背景に憎悪が混じることはあり、ひっくり返ることがあります。裏の感情がだんだん出てきて被害感が生じます」

「被害感で愛情が見えなくなり、憎しみが先鋭化していきます。この極端なものが殺意だと思います」

弁護人「抑鬱の作用についてはどうですか」

証人「6月後半から抑鬱状態だったと認められます。頭が働かない、思考静止状態にあったと考えられます」

林被告は顔をやや紅潮させ、うつむきながらじっっと証言に聞き入っている。

⇒(2)「バケツに水が一滴落ちるとはじけるようなイメージ」犯行の瞬間の心理を分析