(10)「全て美保さんの責任と被告に全く反省ない」…“死刑”求刑した遺族代理人
東京都港区で昨年8月、耳かき店店員の江尻美保さん=当時(21)=と祖母の鈴木芳江さん=同(78)=を殺害したとして、殺人などの罪に問われている元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判は、死刑を求刑した検察側の論告に続き、遺族の代理人の女性弁護士が被害者参加制度に基づき、求刑についての遺族の意見陳述を始める。
代理人「江尻さん側の弁護士として、3点申し上げます。第1に、本件犯行は被告の身勝手な犯行であり、江尻美保さん、鈴木芳江さんには一つも落ち度がないということです」
代理人は公判での林被告の発言に対する反論を交えながら、陳述を進めていく。
代理人「本件事実は次の通りです。美保さんは気配りのできる優しい女性で、家族のために一生懸命働いていました。林被告は1人の客に過ぎなかったのです」
「林被告は公判で、誘われたから来店を増やした、誘われたから(美保さんが掛け持ちで深夜勤務をしていた)新宿東口店にも行った、と次々に話していましたが、これはうそです。林被告は捜査段階の供述調書にも、行きたいから行ったとしていました。美保さんは店で人気があり、被告がいなくても、十分に仕事をやっていけました」
女性代理人は、林被告のストーカー行為が加速し、美保さんが警戒を強めていった様子を改めて強調する。
代理人「美保さんから見て、林被告は都合の悪いことを耳に入れない、困った客でした。しかしサービス業であることもあり、予約申請を嫌とは言えませんでした」
「美保さんは以前にストーカー被害を経験したことがあり、店内で節度を保った接客を続けていれば、問題は起きないと考えたのです。しかし、結局被告のストーカー行為はエスカレートしていきました」
店間の移動で美保さんと同伴できないことや、ほかの客と予約が重なったことで文句を言う、手を握らせるよう求める、禁止されている店外での食事に誘う…。代理人は林被告の取った自分勝手な行動を列挙し、続ける。
代理人「複数の防犯ブザーや催涙スプレーを携帯し、7月19日につきまとわれた際にはコンビニに逃げ込み、警察官に付き添われ、帰宅しました。このとき、母親にもストーカー被害について相談をしています。また、店の従業員寮に入ることも検討していました。美保さんが警戒に警戒を重ねていたにもかかわらず、事件は引き起こされたのです」
「店がもっと早く、林被告を出入り禁止処分にしていれば、美保さんが寮に入っていれば、と考えられるかもしれません。しかし、それは本件犯行後だから言えることです。このような事件が起きることを、誰が想像できたでしょうか。美保さんに会えなくなって執着心を募らせ、思いが通じなければ殺害してしまう。美保さん、芳江さんはどれだけ無念だったでしょうか」
代理人は求刑の第二の要素を述べ始めた。
代理人「被告が全く反省していないことを挙げます」
代理人が語気を強めていく。林被告は下を向き表情を変えないが、足のつま先を踏みならすように動かし、落ち着かない様子をみせる。
代理人「公判では、犯行の動機がきちんと語られませんでした。美保さんに対する恋愛感情やそれに近いものがあったことは、誰の目にも明らかです」
「しかし、林被告は理由もなく、(店を)出入り禁止にされ、納得ができず、怒りがわいた、と公判で繰り返していました。頻繁に予約を入れるのも、すべて誘ってきた美保さんに責任がある、との供述を繰り返しました。“死人に口なし”の態度で、美保さんのお父さんは二次被害を受けたのです」
代理人はさらに、犯行当時の心理状況についての林被告の公判での主張を辛辣(しんらつ)に批判する。
代理人「被告は、重体になっていた美保さんの『回復を信じていた』などと言い、あたかも犯行を途中で自主的に止めたように話していました。しかし、のどに深さ7センチの刺し傷を作り、死亡しないとは誰も考えません。事件と正直に向き合っていないことは、何より証拠が物語っています」
代理人は、被告が社会復帰の希望を述べたことについて「罪の重さを考えていない」と強調した後、第三の要素として「事件結果があまりに重大」と指摘。裁判員らは時折ペンを走らせながら、真剣な表情で意見陳述に耳を傾けている。
代理人「美保さん、芳江さんが受けた痛みは想像しても、想像できません。また、美保さんの母、(美保さんの兄の)長男は犯行当時家におり、命からがら外に逃げました」
「また、今回の事件による被害者遺族の経済的ダメージも大きいです。犯行現場が(被害者の)自宅であるため、遺族は住居を転々とする事態になりました。公判(証人尋問)でも明らかになったように、芳江さんの遺族も経済的、精神的に大きなダメージを受けています」
いよいよ結論を述べようとする代理人。廷内が緊張感に包まれる。
代理人「林被告がどんなに反省をしても、被害者や遺族の受けた傷はずっと消えません。私は被害者の弁護士として、相当法条を適用の上、死刑を求刑します」
予定時間をややオーバーし、検察側の論告求刑に続いて、被害者遺族の求刑についての意見陳述が終了した。若園敦雄裁判長が「30分程度休廷します」と宣言すると、林被告は力なく立ち上がり、法廷をいったん退出した。