第4回公判(2010.10.22)
(6)被害者を「許せない、と思った…」“殺す”という行動に出た理由を冷静に語る被告
東京都港区で昨年8月、耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=と祖母の鈴木芳江さん=同(78)=を殺害したとして、殺人などの罪に問われている元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判は、弁護側の被告人質問が続いている。
弁護人「(犯行の当日)家を出発するとき、どういう心理状態でしたか」
被告「いろんな思いが頭を次々とめぐり、めぐるサイクルがどんどん早くなっていきました」
弁護人「そんな中で、なぜ殺すという行動に出たんですか」
被告「(美保さんを)許せない、と思ったんだと思います」
弁護人「怒りが極限にきて、いたたまれなくなって決意を固めたと?」
被告「決意、とまでいえるか…。そういう思いはありました」
弁護側は殺意が衝動的であることを立証しようとする趣旨の質問を続ける。
弁護人「2つの刃物と1つのハンマーを選んだのはどういうことですか?なぜ1つではなかったのでしょう」
被告「分かりません」
弁護人「美保さんの家まで、(千葉県の)稲毛の家からの行き方は」
被告「総武線です」
弁護人「電車は通勤ラッシュの時間でしたが、込んでいましたか」
被告「込んでいました。満員でした」
弁護人「むき出しの刃物が周りの人に分かってしまうとか、刺さってしまうという危惧(きぐ)は持たなかったですか」
被告「そこまで頭が回りませんでした」
公判では美保さんの自宅前で録画された防犯カメラの映像が示され、玄関の戸を開けてから家を立ち去り、その後再訪する林被告の様子が流されていた。弁護側は「犯行をためらっていた」とする主張を念押ししようと質問する。
弁護人「検察官から『(通行)人のいない時を狙ったのでは』と質問されましたが、通行人は目に入りましたか」
被告「目には当然映っていましたが、気にする余裕はありませんでした」
弁護人「戸を開けてから立ち去ったのは、躊躇(ちゅうちょ)したからなんですか」
被告「戸を開けたときに、怖くなりました」
弁護人「なぜ再び家に入ったのですか」
被告「分かりません」
弁護人「怖くて帰ろうとは思わなかった?」
被告「覚えていません」
弁護人「帰る選択肢はなかったですか」
被告「できなかったと思います。そういう理性が働きませんでした」
弁護側はさらに、美保さんへの犯行を中断したのは「死亡を確信していた」のか「強固な殺意がなかった」のか、について尋ねていく。
弁護人「検察側から『美保さんを刺した後、傷を受けた状態をみて、やがて死ぬと思ったのでは』という質問に、林さんは『そういわれれば、そうです』と答えましたね」
被告「そうです」
弁護人「最後まで見届けずにやめたのは、なぜですか」
被告「亡くなったかどうかは、分かりませんから…。確認しようとも思いませんでした」
弁護人「犯行の後、室内をうろうろしたり、手についた血を洗ったりしています。逃げようとは思いませんでしたか」
被告「逃げたい気持ちもありました」
弁護人「なぜ逃げなかったんですか」
被告「ちょっと分かりませんが…」
弁護人「昨日の尋問(被告人質問)で、我に返り大変なことをした、と気付いたのは逮捕後、病院で(自分の手の刺し傷の)治療を受けた後だと言っていましたが、それまではどういう気持ちでしたか」
被告「頭は混乱状態で、極度の混乱と動揺で正気に戻っていませんでした」
林被告は供述調書のような言葉づかいで、冷静に当時のパニック状態を説明する。ここで弁護人が交代し、検察側の主張と真っ向対立している美保さんに対する恋愛感情の有無について再度質問していく。
弁護人「好き、嫌いでいえば、美保さんが好きでしたか」
被告「そうです」
弁護人「店の外で会いたい、という気持ちは?」
被告「そう考えていたわけではありません」
弁護人「(美保さんが通常勤務していた)秋葉原店から(深夜勤務していた)新宿東口店に移動するとき、林さんは先に(秋葉原)店を出て、移動しましたね」
被告「はい」
弁護人「美保さんを待っていれば、一緒に移動できましたか」
被告「待っていればできました」
弁護人「それでも待っていなかったんですね」
前日から同様の質問が繰り返され、しびれを切らした若園敦雄裁判長が「その話は何度もしているから」と割って入ったため、弁護側は質問を変える。
弁護人「損害賠償請求の申し立てが出ているのは知っていますね」
被告「はい」
弁護人「預金は1千万円あるということでしたが、賠償したい、という気持ちでいるんですね」
被告「はい」
被告人質問が予定時間より大幅に長引き、法廷にはやや弛緩(しかん)した空気が流れるが、4日目を迎えた裁判員らは疲労の色も見せず、真剣な表情で林被告を見つめ続ける。