第4回公判(2010.10.22)

 

(1)殺害を考え始めた時期は… かみ合わぬ被告人質問にいらだつ検察官

犯行現場

 東京都港区で昨年8月、耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=と祖母の無職、鈴木芳江さん=同(78)=が殺害された事件で、殺人罪などに問われた元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判第4回公判が22日、東京地裁(若園敦雄裁判長)で始まった。今公判では、検察側の被告人質問の続きに加え、林被告の精神鑑定を実施した医師と林被告の母親に対する証人尋問のほか、遺族の意見陳述などが行われる予定だ。

 林被告は第3回公判の被告人質問で、「被害者の方にとてもひどいことをしてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです」と初公判に続き改めて謝罪。「美保さんにもう会えないと思い、追いつめられた」と動機を述べた。起訴内容も認めており、裁判の争点は量刑だけに絞られているが、林被告は被告人質問で、江尻さんへの感情や、やり取りなどについて、検察側の主張と真っ向対立する証言を繰り返した。

 象徴的な食い違いは、江尻さんへの感情だ。検察側は冒頭陳述で、林被告が一方的に江尻さんに恋愛感情を抱き、それが受け入れられなかったことから殺害を決意したと指摘した。ところが、林被告は「年が離れているので、交際や結婚をしたいとは思っていなかった」と証言した。

 また、林被告が耳かき店に出入り禁止となるきっかけとなった“店外デート”についても、検察側は「林被告がしつこく誘ったが、断られた」と主張。しかし、林被告は「江尻さんから『お店の外の姿も見てみたい』と言われた」と語り、食事する場所についても「江尻さんが、ほかの客に見られないために秋葉原店から少し離れた神田のファミリーレストランを選んだ」と反論した。

 江尻さんら2人を殺害したことに争いはないものの、犯行に至る経過などにおいて真っ向対立する検察側と弁護側。真実は一体どちらなのか。

 林被告は2人を殺害していることから裁判員裁判で初めて検察側が死刑を求刑する可能性がある。仮に死刑が求刑された場合、裁判員は被告の生死を左右する重大な判断を下さなければならないが、法廷で浮かび上がった“争点”について、裁判員はどう評価し、結論を出すのだろうか。

 法廷は東京地裁最大の104号。廷内撮影などが終了し、午前10時、若園敦雄裁判長の指示で林被告が、向かって左側の扉から姿を現した。これまで同様の黒いスーツに白いワイシャツ、紺色のネクタイ姿。緊張した表情で、傍聴席に目を向けることなく、若園裁判長に軽く一礼し、向かって左側の弁護人席の横に座った。女性4人、男性2人の裁判員も入廷してきたところで、裁判所の女性職員が「ご起立願います」と声をかけ、法廷内の全員が一礼。10時2分、若園裁判長が声を上げた。

裁判長「それでは開廷いたします」

 若園裁判長は、検察側の被告人質問の続きを行うと告げ、林被告に証言台のいすに座るよう促した。

裁判長「では、またマイクを近づけてもらって…」

被告「はい」

裁判長「なるべく大きな声で…」

被告「はい」

 前日の被告人質問でも林被告の声が小さすぎるため、同様の注意を繰り返していた若園裁判長は冒頭に改めて注意した。林被告はマイクを近づけた。

 男性検察官が立ち上がった。

検察官「それでは、よく聞いて、落ち着いて答えてください」

被告「はい」

 起訴状によると、林被告は昨年8月3日午前8時50分ごろ、東京都港区の江尻さん方に侵入し、1階にいた鈴木さんをハンマーで殴り、首を果物ナイフで刺すなどして殺害。また、2階にいた江尻さんの首をナイフで刺し、約1カ月後に死亡させたとされる。

検察官「あなたは昨日、(事件のあった)8月3日の朝に初めて美保さんの殺害を考えたと話していましたが間違いないですか」

被告「はい」

検察官「8月3日にそのような気持ちになったきっかけはありましたか」

 林被告はしばらく沈黙した後に消え入りそうな声で答える。

被告「何か一つの出来事があったということではありません」

検察官「殺害の決意ではなくて、美保さん殺害を考え始めた時期について聞いていることは理解していますか」

被告「はい」

検察官「その時期は8月3日ではなく、あなたが7月19日に美保さんに声をかけて逃げられた後ではないですか」

被告「…後です」

検察官「逃げられた後というのは、7月19日から美保さんの自宅に行って会えなかった8月1日までの間ではないですか」

被告「何を考えていたか、ですか」

 林被告は質問の趣旨が理解できていないようだ。検察官が改めて尋ねる。

検察官「美保さん殺害を考え始めたのは、美保さんに声をかけて逃げられた7月19日から、自宅まで行って会うことができなかった8月1日までの間ではないですか」

被告「その間ではないと思います」

検察官「あなたは8月3日に逮捕されて、警察官の取り調べを受けていますね」

被告「はい」

検察官「その際、殺害を考え始めた時期について、7月19日から8月1日の間だと話していませんか」

被告「覚えていません」

検察官「覚えていないということは、否定できないということですか」

被告「否定はしませんが、8月1日に(美保さんの自宅に)行っていますから…。その日は何も(凶器を)持っていかずに行ってますから…」

 検察官は、質疑がかみ合わず、ややいらだった様子を見せ始める。

検察官「私の質問が、8月1日に殺害しに行ったのかを聞いているのではないことは分かりますよね」

被告「そういうことになると思いましたけど…」

検察官「もう一回聞いてください。私が聞いているのは、殺害を決意した時期ではなくて、殺害を考え始めた時期です」

被告「それは怒りが高まったというのも含めますか」

検察官「殺害を考えたかどうかです」

被告「それは、ちょっと違うと思います」

検察官「犯行当日の警察官調書に、7月19日から8月1日までの間に殺害を考えるようになったと書かれていますが、そうではなかったのですか」

被告「昨日も話しましたが、事件直後の混乱している状況で、訂正をお願いできないことがたくさんありましたから」

検察官「あなたが話さないと、(そういう話は)出てこないのではないですか」

被告「出てきます。取り調べですから…」

検察官「(事件の)翌日に検察官送致されたときの調書も同様のことが書かれていますが、記憶にないのですか」

被告「ありません」

 若園裁判長ら3人の裁判官はいずれも手を口に当てながら、一向に前に進まないやり取りを厳しい表情で見つめている。裁判員も同様に表情は険しい。

 検察官は質問を変える。

検察官「あなたは人を簡単に殺害できると思っていましたか」

被告「いいえ」

検察官「人を殺害するには、いろいろ障害があると思っていましたか」

被告「特にそういうことを考えたことはありません」

検察官「あなたは、美保さんの部屋が2階にあることは知っていましたね」

被告「知っていました」

検察官「家族と一緒に住んでいることも知っていましたね」

被告「知っていました」

検察官「簡単に2階に行って美保さんを殺害できると考えていましたか」

被告「そういうことは考えていませんでした」

検察官「包丁1本で美保さんを殺害できると考えていましたか」

被告「いいえ」

 検察官は、なぜ林被告がペティナイフと果物ナイフ、ハンマーという3つの凶器を持参したのかを何度も尋ねていくが、このやり取りもかみ合わない。

 林被告は「家の中を探してたまたま目に入ったから」、「計画して3つ、4つと決めたわけではない」などと語るが、検察官は納得できない様子だ。

⇒(2)「性風俗店に毎週のように通った?」 検察官の質問に「関係あるのか」と反論する被告