第4回公判(2010.10.22)
(5)悲しむ人がいるとは「そのときは考えられないわけで…」のらりくらりと質問から逃れる被告
東京・秋葉原の耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=ら2人を殺害したとして、殺人などの罪に問われた元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判は、検察側の被告人質問が続いている。
消え入るようなかすれた声で質問に答えていく林被告。左から2番目の女性裁判員は険しい表情で、左耳を証言台の方に近づけながらじっくりと聞き入っている。
検察側は犯行当時の心理状態について質問していく。
検察官「(江尻さんを)1、2回刺して、さらに刺していますね。どうして止めなかったのですか」
被告「覚えていません」
検察官「首を刺してしっかり刺した感覚があれば、死ぬと思いませんでしたか」
被告「そういうことはありません」
江尻さんを刺したときの状況について、さらに詰めようとした検察官に対し、林被告は怒ったような口調で答えた。
検察官「美保さんを殺害するときに何か言いませんでしたか」
被告「覚えていません」
検察官「『このやろう』と怒鳴りませんでしたか」
被告「いいえ」
検察官「捜査段階(の供述調書)では、『このやろうと怒鳴った』となっています」
被告「それは検事さんが言ったんです」
検察官「じゃあなぜ、捜査段階でそう言ったのですか」
被告「それは当事者である検事さんがいったんです」
声を押し殺すようにして証言する林被告に対し、聞き取りにくかったのか、若園敦雄裁判長が再質問した。
裁判長「もう一度、答えてください」
被告「検事さんが言いました」
検察官「犯行後、『いずれ死ぬだろうと思って放置した』と捜査段階で言っていますが、どうですか」
被告「検事さんから『刺したらどうなるか分かるだろう』と言われて…」
検察官「はい、いいえで答えてください」
被告「…」
林被告はさらに、殺害後の状況についても、追及してくる検察官に対し、ついに黙り込んだ。
長い沈黙の後、再び証言しようとする林被告。冷静だった検察官の語気も次第に強まった。
被告「だから、検事さんに…」
検察官「だから、違うなら違うでいいから、端的に」
被告「…」
検察官「違うなら…」
被告「検事さんに『刺せばそう思うのではないか』と聞かれ、『その通りだと思います』と答えました」
検察官「私は当時の心理状態を聞いていて、取り調べの状況を聞いていない。分かりますね」
被告「…」
右から2番目の女性裁判員は、林被告と検察官のこうした険悪なやりとりを心配そうな表情で見つめている。
続いて、検察官は大型モニターに江尻さん宅2階の間取り図を映し出しながら、林被告に江尻さんを殺害した場所を赤ペンで記入させた。
さらに、林被告が凶器として用いたハンマー、果物ナイフ、ペティナイフが特性プラスチックケースに入れられ、順次、裁判員の目にさらされた。
検察官「これは、(江尻さんの祖母の)鈴木(芳江)さんの殺害に使ったハンマーですね」
被告「はい」
検察官「あなた自身の物ですね」
被告「はい」
検察官「もういりませんね」
被告「はい」
厳しい眼差しで凶器を見つめる右から3番目の若い女性裁判員。右端の男性裁判員は口元を右手で押さえた。
ここで若園裁判長が時間を気にして、検察官に質問を終えるように促した。検察官はその要求に応じつつ、最後の質問として、モニターに林被告が遺族あてに書いた手紙を映し出し、読み上げた後、遺族に対する気持ちを問いただした。
検察官「林被告が遺族にあてた手紙を読み上げます」
「私がお店(××耳かき店)に行ったところ、(江尻さんは)家族の方の話しをしてくれて、母の日に手紙を付けてプレゼントを渡したら、喜んでくれたとうれしそうでした。お父さんは仕事をがんばっていてすごいと、自慢げに話していました。(中略)(江尻さんは)家族の絆を大切にし、家族思いだと思いました」
「この手紙を美保さんの家族あてに書いたのは事実ですか」
被告「そうです」
背中を硬直させ、うつむきながら答える林被告。
検察官「美保さんの家族写真を携帯のデータとして見せてもらったこともありますね」
被告「はい」
検察官「美保さんを殺せば、悲しむ人がたくさんいるとは思いませんでしたか」
被告「そのときはそういうことを考えられないわけで…」
検察官「具体的に話を聞いていて、写真も見せられていたのにですか」
被告「…」
検察官「(質問をこれで)終わります」
約20分間の休廷を挟み、弁護側の質問に移った。
弁護側席後列の男性弁護人が犯行時の心境について質問を始めた。
弁護人「殺害を考えたのは平成21年7月19日以降ということでしたが、その時の心境について、あなたは公判で『怒りを感じていた』と言いながら、『違う感じ』とも言っていましたね」
被告「はい」
弁護人「具体的に言ってもらうとどういうことですか」
被告「はっきりは分かりませんが、怒りが収まらなくなっていたのは事実です。それと、殺害の時は少し違っていました」
弁護人「すると、『殺してやりたいくらいの怒りになることと、そうじゃない気持ちになることがあった。美保さんと関係を戻したいという気持ちもあった』という言い方でいいのでしょうか」
被告「そういうことだと思います」
弁護人「いろいろな気持ちがぐるぐる回っていたのですね」
被告「そうです」
弁護人はこの後もこれまでの公判での証言について、林被告に確認をしながら、質問を進めていった。