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第4回公判(2010.11.30)

 

(2)「殺されたのは、ケネディ大統領にちなんだ名前つけたから?」教授の母の無念は…

山本被告

 恩師で中央大理工学部教授の高窪統(はじめ)さん=当時(45)=を刺殺したとして、殺人罪に問われた卒業生で家庭用品販売店従業員、山本竜太被告(29)。女性検察官は、高窪さんの母親の供述調書を読み上げ始めた。

検察官「統が生まれたときは待ち望んだ男の子で、何ともいいようのない喜びでした。生まれてきてくれてありがとうと心からそう思いました。親戚(しんせき)もみな祝福していました」

「跡取りを望まれていたので、私も肩の荷が下りた気持ちでした。健康で立派に成長してくれることを心から願ってやみませんでした」

「名前は夫が付けました。ケネディ大統領が暗殺された日に生まれたのが偶然ではないと思い、ケネディ大統領のように立派になってほしいという願いをこめて大統領の統をとって名付けました」

 出生の喜びについて供述調書の中で語る高窪さんの母親。裁判員は真剣な表情で聞き入っている。

検察官「統は1月14日に殺されました。統が殺されないといけない理由はありません。ケネディにちなんだ名前を付けたからなのかと思いました。心ではばかばかしいと思いながら、人から恨みを買うような子ではなかったのでそれくらいしか理由が思い浮かびませんでした」

 母親の供述調書によると、高窪さんの父親と祖父もいずれも中央大の研究者だった。高窪さんの父親は高窪さんのことを目に入れても痛くないほどかわいがっていたという。愛情に包まれて育った高窪さんの生い立ちが検察官の読み上げを通じて語られていく。

 高窪さんは小学生時代は、自然や電車が好きな子供で、ボランティアなどにも精を出していたが、いじめに遭ったこともあったという。

検察官「担任から『統君は殴られても絶対に殴り返さないんですよ』といわれ、統に『なぜ殴り返さないのか』と尋ねたところ『我慢すれば1発で済むから絶対に殴り返さない』と言っていました。自分から人を傷つけるようなことは絶対にしない子でした」

 中学時代もいじめは続いていたというが、勉強に励み、学年トップになることもあったという。高校に入ってからはいじめもなくなり、天文部で生き生きと活動していたという。

検察官「このころから理工系の研究者になりたいと思うようになったと思います。統のやりたいことを応援するのが親の務めだと思いました」

 供述調書によると、高窪さんは上智大学に入学。研究室に入った3回生になってからは、毎日遅くまで研究に没頭していたという。

検察官「このときに統を迎えに行くために運転免許を取りました。統は照れくさそうに『ありがとう』と言っていました」

 その後、高窪さんは平成4年4月に結婚。同時に大学院を修了して上智大学の助手になる。3人の子宝に恵まれ、平成16年に中央大学の教授となったという。研究者として、父親として順風満帆な人生を送っていた高窪さんの様子が語られる。

検察官「統は学生の指導にも熱心でした。努力を重ねて夢をかなえた統を誇りに思っていました。まさか統がいなくなる日が来るなんて思いませんでした」

 ここで、裁判員の前のモニターに写真が映し出される。高窪さんの小学生時代から遺影となった結婚披露宴の際の写真の計10枚が供述調書を通じた母親の説明とともに次々に映し出された。裁判員の1人は口元を押さえて、悲しそうな表情を浮かべた。

検察官「(事件発生直前の)新年、統があいさつに来てくれました。なんともない新年のあいさつが統と最後の会話になるなんて思ってもいませんでした。あんなことになると思っていたら、無理にでも引き留めて話をするべきでした。悔やんでも悔やみ切れません」

 母親の供述調書の内容は、事件発生後に移っていく。

検察官「1月14日、娘から『ママちょっといい』とものすごい勢いで言われ、とんでもないことが起きたと思いました。『統君が大変なことになった。警察に行かなきゃ』といわれ、わけのわからないうちに車に乗り込み、(警視庁)富坂警察署に行きました」

「刑事さんに『統さんが中央大のトイレで刺されてお亡くなりになりました』と言われました。あまりに混乱して何がなんだか分かりませんでした」

「統に会えたのは15日になってからでした。統の2人の娘は『パパ、パパ』と絶叫していました。統は安らかな顔をしていました。おお、本当に死んでしまったんだなと思いました」

「統の手には切り傷ができていて刑事さんに『最後まで戦ったんですね』といわれ、いじめに遭っても絶対にやり返さなかった統が勇敢に戦ったんだね、もっと生きたかったんだろうねと思うと涙が止まらなくなりました。統に『よくがんばったね』と声をかけました」

 高窪さんの葬儀は密葬で行われたという。2月に大学主催のお別れ会も開かれた。

 高窪さんの母親は事件後、体調を崩してしまい、精神安定剤を服用するようになったという。

検察官「統は毎年母の日にバラの花をくれました。今年はありませんでした。ねえ統、もう一度あなたに会いたい。いくら願っても統に会うことはできません」

「私はクリスチャンです。教えに従えば、殺した犯人を許さないといけないですが、できません。統が何をしたんですか。どうして殺されなければいけなかったんですか。絶対に絶対に許すことはできません。犯人には極刑を望みます」

 母親の供述調書の読み上げが終わった。山本被告はまばたきをしながら、下を向いたまま一切、表情を変えることはなかった。

 続いて、男性検察官が高窪さんの教え子男性の供述調書の読み上げを始める。

検察官「山本がなぜ先生を殺したのかわかりません。いじめたことなんてまったくありませんでした。むしろ山本を心配して、いろいろ気にかけていました」

 教え子の男性によると、山本被告は大学のゼミやゼミの合宿などにまったく参加しなかったという。高窪さんは山本被告を気にかけて声をかけるなどしていたという。

 高窪さんはゼミに来ない山本被告を卒業させようと、卒業論文のテーマをアドバイスするなどしていたという。

検察官「山本が卒業できたのは先生のおかげです」

⇒(3)「みなさんが幸せなら、私もハッピー」 教授が残した言葉は…