(7)「宝箱の街、秋葉原を殺人の舞台にした犯人には極刑を!」強く訴える目撃者
加藤智大(ともひろ)被告(27)が再び入廷、傍聴席に深々と一礼すると、被告人席に着いた。刑務官に何か告げられ、小さな声で「はい」と答えた。
休廷の間、法廷には「ビデオリンク方式」用のビデオカメラが備え付けられた。ビデオリンク方式とは、別室にいる証人の声や映像を中継するシステムだが、映像は検察官や弁護人の席に設置されたモニターに映し出されるだけで、傍聴席からは目にできない。
裁判長「被告と傍聴人に映像をお見せすることできないのでご了承ください」
村山裁判長がそう告げた後、プーという音とともに別室の証人と中継がつながった。「声が聞こえていますか」と村山裁判長が証人に問う。
証人「はい、聞こえています」
はっきりした男性の声。本日最後の証人は、事件の目撃者だ。証人宣誓の後、検察官による質問が始まった。
検察官「平成20年6月8日の殺人事件の直前、どこにいましたか」
証人「パソコン用品を見るために(大型パソコン用品店の)ソフマップ本館の1階にエレベーターで降りているところでした」
検察官「何か変わったことは?」
証人「ゴーッという金属音が聞こえました。1階は非常に混乱していました」
検察官「どのように混乱していましたか」
証人「『交通事故だ』とか『人がひかれた』とかいう声が飛び交っており、様子を見たいと入り口に向かいました」
検察官「外に出て何を見ましたか」
証人「横断歩道で人がぐにゃりと倒れているのを見ました」
検察官がビデオカメラを通じて現場の見取り図を別室の証人に見せ、証人がいた位置を確認させるが、傍聴席からは見取り図の映像は見えない。
検察官「ぐにゃりとはどんな姿勢ですか」
証人「ええ、あのー、言葉では表現できないようなおかしい倒れ方でした」
検察官「それを見てどんな気持ちでしたか」
証人「非常に混乱しました」
検察官「その後、変わったものを見ましたか」
証人「東から西に走ってくる男を見ました」
加藤被告は証人が目の前にいたときとは打って変わって、ほおをふくらませたり、首をかいたり、まばたきを繰り返すなど、しきりに体を動かしている。
検察官「男の特徴は?」
証人「ベージュのような上下の背広姿で、身長は私よりも低く、黒っぽい鋭利な刃物のようなものを持っていました」
その後、検察官はビデオを通じて証人に加藤被告が当時着ていた服の写真を見せた後、「ベージュの服を着た男は何者ですか」と質問した。
証人「犯人です」
きっぱりした口調で答えた。
検察官「手の中のものはどんなものでしたか」
証人「柄の部分が黒く、刃がとても鋭利でした。それを右手で持っていました」
検察官「それは何だと思いましたか」
証人「サバイバルナイフと思いました」
検察官「これまでに見たことは?」
証人「はい、映画やドラマや店で展示されているものなどを見たことがありました」
検察官「男の走り方はどうでした?」
証人「かなり速かったと思います」
証人はいったん男を見失ったが、交差点にいる男の姿を目にしたという。
検察官「犯人は何をしていました?」
証人「北から南に走っていて、その先に若い男の人がいました」
検察官「男の人の特徴は?」
証人「下はジーンズで、上は黒か紺など濃い色のTシャツ。年は20歳前後でリュックサックを肩にかけていました」
検察官「犯人は何かしましたか」
証人「はい、若い男の人をナイフで切りつけました」
検察官「どんな動作をしましたか」
証人「走りながら、右腕を肩より高い高さに挙げました」
検察官「それぞれあなたに対してどちらを向いていましたか」
証人「犯人は背中の左側を、若い男の人は体の表側を見せていました」
検察官「そのとき、若い男の人はどんな動作を?」
証人「右腕を肩より上にあげて自分の体を守るようにしました」
検察官がビデオを通じて若い男の人の動作を再現するよう証人に求める。続いて犯人の動作も再現してもらうが、傍聴人から映像は見えない。
証人「犯人は右手を左下に振り下ろしました」
検察官「走りながらすれ違いざまということですか」
証人「はい」
検察官「どうして切りつけたと分かったのか」
証人「その場面の後、若い男の人の右腕に赤い筋ができました」
検察官「赤い筋は何だと思いましたか」
証人「血だと思いました。犯人の右側から右手とナイフが突き出ていました」
相変わらず加藤被告は眼鏡をかけ直したり、首をかくなど、落ち着きのない動作をしている。
検察官「事件は一瞬の出来事でしたか」
証人「はい」
検察官「事件の後で、報道は目にしましたか」
証人「はい」
検察官「どう思いましたか」
証人「えー、ある日突然、特定の場所にいたために善良な方々が殺されてしまう理不尽さを感じました。このような光景を目の当たりにした後、日々の生活に身が入らず、何か抜け殻のように過ごしていました。友人だとかの人間関係も手ですくった砂のようにこぼれ落ちていきました」
これまでつまりながら話していた証人の声が徐々に熱を帯びてくる。
証人「秋葉原という場所は私にとって趣味が詰まった『宝箱』のような街。自分が一番安らぐ大切な場所を殺人の舞台にされ、深い怒りを感じます。多くの人が人生を奪われ、生活を狂わされました。多くの人に愛された秋葉原の街を、それだけでなく日本中を恐怖に陥れた犯人は、極刑に値します」
証人は一気にそう述べた。