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(6)「遺体損壊、遺棄は過大に量刑に反映されない」

 星島貴徳被告の刑事責任を検討するにあたっては、以下の事情も指摘されなければならない。

 殺害は、抵抗できない東城瑠理香さんに対し、包丁で首を1回突き刺し、その後、包丁を抜いて大量に出血させたというものだ。残虐であって、目的を遂げるために確実に東城さんを死に至らしめる冷酷さは背筋を凍らせるものがある。だが、他方で、執拗(しつよう)な攻撃を加えたものではないし、星島被告が東城さんに気づかれないように振る舞った結果とはいえ、東城さんに対してことさらに死の恐怖を与えるようなことはしておらず、このような様子が残虐極まりないとまではいえない。

 昭和58年の最高裁判例は死刑を選択する基準の1つとして、犯行の態様を挙げており、殺害の手段方法の執拗性や残虐性が重要であることを示している。本件を執拗でより残虐な方法で殺害した事案と比較した場合、非難の程度に差が認められるのはやむを得ない。

 この点に関連して検察官は、星島被告が東城さんの遺体を徹底的に切り刻み、汚物やごみと同様の方法で投棄した行為も、殺人の情状を検討する上で、最も悪質な情状として十分に考慮すべきと主張する。

 確かに、遺体損壊、遺棄の具体的なありさまに接するとき、心に戦慄(せんりつ)を覚えない者はない。

 そのことが遺族のただでさえ深い傷をどれだけ深くしたのか計り知れない。星島被告にとっては、東城さんの殺害、その遺体の損壊、遺棄というのは一連の隠滅行為であって、量刑を考える際、考慮すべきも当然である。

 しかしながら死刑の選択が問題となるのは、星島被告が法定刑の中に死刑を含んでいる殺人罪を犯したからである。

 殺人罪という規定を設けて、保護しようとしている法益は人の生命である。死刑を選ぶ基準としての犯行態様という観点から、東城さんが存命中である殺害前や殺害行為自体に比べ、東城さんが命を落とした後である遺体損壊、遺棄を過大に評価することはできない。

殺害行為は「残虐極まりないとはいえない」

 仮に星島被告に遺体損壊や遺棄について何らかの心理的愛着があり、それが殺人につながったというのであれば、動機の悪質性や星島被告の犯罪的傾向という点でさらに情状が悪くなるということも考えられる。

 星島被告が、住居侵入などの時点から、殺人、遺体損壊、遺棄を計画していたというのであれば、犯行の計画性という点でさらに情状が悪くなるということもありえるが、本件においては証拠上そのような事情は認められない。

 そうすると本件は、犯行態様という点で、遺体損壊、遺棄については極めて悪質な事案であるといえる。だが、殺害行為は執拗なものではなく、残虐極まりないとまで言うことはできないから、罪刑を選択するか否かという点においては、このような事情を星島被告の刑事責任を特に重くするものとは評価できない。

「強姦、わいせつはなかった」

【わいせつ行為などの有無について】

 星島被告は、強姦目的で東城さんを拉致したが、東城さんが額にけがを負って血を流しているのを見て動揺した。性的に興奮しようと試みたが、東城さんを強姦する場面すら想像できなかった。

 2時問以上にわたって、東城さんを「性奴隷」にできなかった場合の脅迫方法を考えたり、アダルトビデオを見て陰茎を勃起させるよう試みたりするなどしていた。結局、強姦はおろか、わいせつ行為にすら至らなかった。

 この点に関し検察官は、星島被告が強姦行為に至らなかったのは、星島被告の陰茎が勃起する前に警察の捜査が開始されたからにすぎないとし主張する。

 しかしながら、いかなる事情があるにせよ、性的自由や貞操が実際に害された事案とそうでない事案とでは、非難の程度には差がある。

 逡巡しながら2時間以上過ぎたという経緯も考えると、拉致した時点ですぐわいせつ行為を始めたり乱暴したりした事案とも、非難の程度には差があるというべきである。したがってこのような事情も、本件の量刑を考えるにあたって考慮されるべきである。

計画性の有無「非難の度合いに差」

【犯行の計画性】

 本件のうち、住居侵入、わいせつ略取については、計画的な犯行であることが認められる。

 だが、殺人、死体損壊、死体遺棄についてみると、星島被告は東城さんを拉致した後、思いのほか早く警察が捜査を開始したことを知り、逮捕を免れるため、東城さんを殺してその遺体を解体することを決意したのである。

 東城さんを拉致した時点では、東城さんを殺害したり遺体を解体したりすることは意図していない。あらかじめ殺害のための凶器や遺体の解体のための道具を準備していたわけでもないから、事前に計画されていたとは認められない。

 この点について、検察官は、星島被告が当初から東城さんの殺害を意図したのではないとしても、星島被告が東城さんを殺害したのは偶発的なものではなく、拉致した時点ですでに必然的なものとなっていた、として星島被告に有利にくみ取るべきではないとする。

 確かに、東城さんが星島被告の考えるような「性奴隷」になるとは到底考えられず、仮に東城さんが1人暮らしであったとしても、東城さんが失踪(しっそう)したことが週末のいずれかの段階で発覚することは十分考えられる。星島被告の当初の思惑は、遅かれ早かれ破綻(はたん)することは避けられなかったといえる。

 星島被告は自分の生活を失うと考えて、短時間のうちに殺害する決意を固めて実行していることからすれば、殺害が偶発的であったとは言い難い。また一般に量刑を判断するにあたり、計画的犯行であった場合は、そのことをより悪質と評価して考慮することはあるが、計画的犯行でないといって、そのことを星島被告に有利な事情とみて、刑事責任を減らす方向で考慮することは相当ではない。

 東城さんの殺害について計画性がないからといって、そのことのみで死刑を回避すべき事情にはならないことも明らかだ。

 しかし、そうであったとしても、当初の段階から被害者を殺害して遺体を解体することを意図して計画的に犯行を遂行した者と、そうでない者に対する非難の程度には差があることも当然である。

⇒判決要旨(7)「死刑をもって臨むのは重きにすぎる」