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(4)“罪免れ”の自己の都合優先は「強い非難に値する」

 本件は何ら落ち度もない東城瑠理香さんが安全対策のされたマンションの部屋に帰宅直後に拉致されて殺害され、その死体が解体されてトイレに流されるなどしたもので、マンションの居住者らに強い恐怖感を与えたほか、そのことが広く報道されたことで、社会に与えた衝撃も大きい。

【犯行後の隠滅行為など】

 星島貴徳被告は918号室に東城さんを拉致した後、916号室に戻って、血痕や指紋などの痕跡を消すため床や台所、玄関ドアなどをふき取っている。

 そもそも殺人、遺体損壊、遺棄そのものが罪証隠滅行為といえるものである。さらに、星島被告は東城さんの衣服や所持品を徹底的に切り刻んで水洗トイレから下水道管に流すなどしている。そのほか、東城さんの携帯電話から所在が判明しないよう東城さんのバッグの中にあった携帯電話を取り出し、裏ぶたを開け、電池パックを取り出したり、足跡が検出されることを恐れ、靴を買い替えたり、業務用の強力な洗浄剤で遺体の一部を流した配水管を洗うなどしている。

 平成20年4月18日午後10時40分ごろ、東城さんの部屋の前に警察官が立っているのを見た際には「不審な物音は聞こえなかった」と言って対応した。

 19日午前2時ごろ、浴室で被害者の遺体の損壊作業を行っていた際、部屋を訪ねてきた警察官には入浴中を装い、正午ごろに訪ねてきた警察官には自ら進んで部屋に招き入れるなどして怪しまれないように対応した。

 同日タ方や、同月20日タ方に訪ねてきた警察官は部屋に入れ、捜査に協力するかのような態度を取るなど、一貫して事件とは無関係を装い警察官を欺き続けている。

一貫して「無関係」装う

 同月19日には、外出先から帰宅した際、東城さんの姉を見かけ、以前、916号室の前で見かけて、今回、自室に連れ込んで「性奴隷」にしようとしていたのは、東城さんではなく、東城さんの姉であると気づいた際も、謝罪したいという気持ちになったが、やはり罪を免れたい気持ちから、警察に出頭するようなことはせず、引き続き部屋で遺体の損壊作業を進めている。

 同月20日に東城さんの父とエレベーターで乗り合わせた際も、思わず土下座しそうになりながらも、「大変なことになりましたね。お役に立てず、すみません」などといい、事件とは無関係を装っている。

 また、星島被告は日中は何事もなかったように勤務先に出勤し、その親ぼく会の席で事件について東城さんの自作自演ではないかといったことを話した。

 マンションの周りに集まっていたマスコミに対しても事件と無関係を装い、あえて笑ってみせたりしながらインタビューに応じている。さらには、マンションの管理会社に対し、監視カメラが足りないなどと言ってクレームの電話までかけている。

 このように、星島被告は徹底した罪証隠滅行為を行い、事件のことを問われると一貫して無関係を装う態度をとり続けているが、このような星島被告の振る舞いからは、人を拉致して殺害し、その遺体を細かく刻んで投棄するという凶悪犯罪を行ったことに対する自責の念や後悔の念をみてとることはできない。

 罪を免れたいという自己の都合のみを優先させた態度は強い非難に値する。

思春期に両親への恨み深める

【星島被告の生活歴、逮捕後の態度など】

 星島被告は昭和50年1月、4人兄弟の長男として生まれ、岡山県内の小学校、中学校で学んだ。1歳11カ月の時に浴槽のふたに乗ったところ、ふたが落ちて熱湯の入った浴槽に落ち、一命はとりとめたものの両足にやけどを負い、赤くケロイド状にあとが残った。

 やけどのあとのことで小学生のころからいじめにあうようになり、小学校の低学年のころ、そのことで泣きながら父親に相談すると、「そんなことで泣くな」と怒鳴ってしかられ、それ以来いじめにあっていることを誰にも相談できないと思うようになった。

 厳しくしつけられて次第に父親を避けるようになり、母親に相談してもすぐに父親に伝わってしまうので母親も信用できなくなった。父親の転勤のため小学校4年以降、2度転校したが、そこでもやけどのためにいじめにあった。

 頼る人がいないと考えていた星島被告は人と接するのを避けるようになるとともに、次第に自分がやけどをしたのは両親のせいだと強く思うようになった。中学校に入り、思春期になったこともあって、やけどのために女性や恋愛は自分には無縁だと考えるようになり、両親に対する恨みを深めていった。

 星島被告は岡山県内の高校を卒業後、とにかく両親の元から離れたいと考え、東京都内のゲーム会社に就職したが、4年あまり勤務したところでゲームの仕事に飽きたこともあり会社を辞めた。その後、コンピューターの技術を生かし、コンピューターソフトの開発会社で働くようになった。

 会社を替わるなどした後、技術が認められ、引き抜きを受け、月額50万円の個人契約社員として働くようになった。この点に関し、星島被告に仕事を請け負わせていた会社の関係者が公判に出廷し、星島被告の仕事ぶりは速くて正確で、後輩の指導もしていたこと、勤務先での人間関係に特に問題はなかったことなどを述べている。

 星島被告には前科前歴はなく、婚姻歴もない。

 高校卒業後も両親に対する恨みを募らせていた。「殺してしまいたい」とまで思うようになり、初めに勤めたゲーム会社に勤務しているころに2回ほど両親と会ったものの、それ以降は10年以上、音信不通の状態となった。

⇒判決要旨(5)被害者は1人…「死刑」は相当強度の悪質性が必要