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判決要旨(2)「義妹の態度厳しかったが、刑事責任重大」

 ■量刑の理由

 1 本件は、咲被告が夫の実妹である絵里子さんに対し、その頸部等を包丁で多数回突き刺すなどし、絵里子さん宅において失血死させたという殺人の事案である。

 2 咲被告が犯行に至った動機について述べるところは、絵里子さんから嫌がらせを受けており、嫌がらせに対して仕返しをしてやる、絵里子さんさえいなければ苦しむことはなく幸せな生活ができるなどと考えたというものであるが、仮に、咲被告が絵里子さんから嫌がらせを受けていたとしても、そのような動機で絵里子さんの生命を奪うことは、安易かつ短絡的、自己中心的であり、酌量の余地は乏しいというべきである。

 絵里子さんの生命が奪われたという結果が重大なのはもとより、咲被告は絵里子さんを殺害するために、予め用意していた金づち及び紙ひも、さらには絵里子さん方に置いてあった包丁まで用いて、ほとんど無抵抗の絵里子さんに対し、犯行に及んでいる。

 そして、咲被告の犯行によって、絵里子さんの頭部には内部で5カ所の頭蓋骨の陥没骨折を伴う30カ所にも及ぶ極めて多数の挫創、打撲傷等が、頸部には3つの致命傷となった刺し傷を含む7つの刺し傷が、上肢のほぼ全域に打撲傷が生じている。このような咲被告の犯行態様、絵里子さんの受傷状況からすると、咲被告の攻撃は相当強力かつ執拗なものと認められる上、咲被告は相当強固な確定的殺意に基づいて計画的に犯行に及んだものと認められる。

 しかも、咲被告は犯行の前後を通じて、事情を知らない夫を利用してアリバイ工作を行っているほか、凶器を複数の場所に捨てたり、隠匿して罪証隠滅を図っており、犯情は相当悪い。

 3 絵里子さんは、高校卒業後に介護福祉の専門学校に進学し、被害当時、地元の老人介護施設で働いていたが、その勤務態度は明るくまじめで、施設の利用者にも大変喜ばれており、仕事にも熱心に取り組んでいて、被害当日も2級ヘルパーの資格を取得するための講習会に参加していた。

 また、絵里子さんは、家庭内においては、実母の食事に気をつかうなど、優しい性格の面もあり、たとえ咲被告に対する振る舞いに厳しいものがあったとしても、被害に遭うことを予想だにせず、自宅で突如として襲いかかられ、残虐このうえない方法でその生命を奪われるという仕打ちを受けるべきいわれは一切ないのであって、死に至るまでの間の肉体的苦痛は言うに及ばず、その際の驚愕や恐怖感、絶望感等の精神的苦痛にも筆舌に尽くしがたいものがあったであろうことは想像に難くない。

 絵里子さんの実母は、夫と長男を病気や事故で亡くし、事件当時は被害者である長女と2人で生活していた。ところが、絵里子さんの実母は犯行により、その長女も奪われ、しかも犯人が4カ月ほど前までともに生活しながら、自分の本当の娘と同様に思っていた二男の妻である咲被告と知って大変驚愕している。

 また、絵里子さんの実母は現場となった自宅から転居せざるを得なくなり、現在は咲被告の刑の軽減を求めている二男と同居し、二男と咲被告との間に生まれた幼い子の世話をしながら生活している。絵里子さんの実母は咲被告の犯行によって、被害者の実母でありながら加害者の義母という立場に置かれ、生活状況も一変してしまい、複雑な境遇で生活せざるを得ない状況になったが、いまだ咲被告から特段の慰謝の措置は講ぜられておらず、咲被告に対して厳罰を求めているのも誠にもっともである。

 咲被告の夫も、咲被告に対して情状酌量を求めてはいるものの、妻が自分の妹を殺害するとは夢にも思わず、また、母親でありながらこのような形で子供を裏切った事に対して憤りを覚えている。さらに、咲被告の子は自らの母親が犯した行為について認識していることがうかがわれ、成長とともに、その将来に及ぼす悪影響の点も懸念される状況にある。

 4 以上からすると、咲被告の刑事責任は相当重大である。

5 他方、(1)咲被告は一貫して罪を認め、一生償いを続けていく旨述べて、反省の態度を示している。

 (2)絵理子さんの咲被告に対する態度には厳しいものがあり、生来、穏やかで口数が少なく、不満をため込む性格であった咲被告が、そのような態度の絵理子さんに対し、自らの気持ちを伝えることができなかった。また、そのような咲被告の性格から、夫に対しても絵理子さんとの関係についてあまり相談することができなかったことなど、咲被告が犯行に至った経緯には、咲被告の性格に起因する面も大きいと認められる。それ自体は、そのすべてを咲被告の責任と考えるのは相当ではない。

 (3)咲被告の犯行当時の責任能力には影響を及ぼさないものの、咲被告は長期間にわたる絵理子さんとの対立から、精神的に相当疲弊していたことがうかがわれる。

 (4)咲被告にはこれまで前科・前歴はなく、本件犯行の性質からしても再犯の可能性などは想定しがたい。

 (5)絵理子さんの実兄に当たる咲被告の夫は、本件犯行に至る経緯についておおむね同情的であり、咲被告の厳重処罰は望んでいない。仮に今後、法律上は離婚するとしても、実質的には今後も咲被告との婚姻関係を継続し、咲被告を監督すると誓っている。

 そして、(6)職場の同僚や友人等、多数の者から、咲被告の刑の減刑を求める嘆願書が寄せられている。このように、咲被告について有利に斟酌すべき点は多い。

 6 本件は、義理の姉妹関係にあった咲被告と絵理子さんが、その性格傾向の違いから対立するようになったが、同一の住居で生活し、同一の職場で働いていたため、その関係を断ち切ることはできず、ついには一方が他方の生命を奪うに至り、結果として同一家族内で加害者、被害者、加害者に厳罰を求める遺族、加害者の刑の減刑を求める遺族を出したという点で大変痛ましい事件である。

 これら本件の経緯、経過など咲被告に有利に斟酌すべき事情も考慮すると、検察官の求刑を減ずべき事情も一定程度認められるものの、咲被告の刑事責任の重大性に照らすと、咲被告に対しては相当長期間刑務所に収容し、その行為の重大さを十分自覚させて、罪を償わせるのが相当と判断し、これまで検討してきたような諸事情を総合勘案し、咲被告の刑を定めた。

⇒その後