(4)「検察のつくった物語」「調書は作文」弁護人が猛反論
遺体損壊時の異常な行動を指摘、勇貴被告に責任能力はないと主張した弁護側。最終弁論はなおも続いたが、勇貴被告は無表情で、視線は宙を見つめる。胸中で何を思うのか…。
弁護人「検察官は犯行動機の1つに、勇貴被告が亜澄さんに憎悪の念を募らせていた、と言います」
奔放な性格の亜澄さんと不仲だったとする検察官の主張に、弁護人は反論する。
弁護人「ただ、被告は憎悪の気持ちはないと供述の中で述べている。亜澄さんの誕生日やクリスマスにはプレゼントを買っているし、ゲームの貸し借りをしていたこともある。誕生日にケーキを焼いてあげたこともある。そういう関係で、仲は悪くない。家族も口をそろえてそう話します。事件の1年前ごろ、ゲームの貸し借りをしていて、ゲームの話をしていたと。(勇貴被告の)母も、仲は悪くなかったと供述しています」
「そして、亜澄さんの関係者も(仲が良かったと)言っています。亜澄さんは高校3年のときに同棲(どうせい)していた男性に対して、『勇くん(勇貴被告)は優しい。最近は話さなくなったけど、元気なくて心配だ』と話しています。事件当時に交際していた男性にも『小さいときから勇くんとは顔がそっくり』と、うれしそうに話していたそうです。犯行時に憎悪の念は増幅されていないのです」
「鑑定人の指摘では、事件当時、勇貴被告はひきこもりになり、社会から遊離していました。憎悪の動機に対しては疑問がある、と言っています。憎悪を強調して犯行動機とするのは検察のつくった物語です」
弁護人は、さらにはっきりした口調で、検察官の主張を突き崩しにかかる。
弁護人「検察官は了解可能な動機の2つ目に、受験のプレッシャーがあったといいます。ただ、第2回公判で勇貴被告は、受験で悩んだことはないといってます。家族もプレッシャーのかかっていた様子はないと。12月31日からの予備校の合宿にも、カリカリなんてしていなかった、と言っています」
勇貴被告はまったく表情を変えない。両親が歯科医という家庭で、歯学部受験に何度も落ちた勇貴被告。受験への重圧はあったのか、なかったのか…。
弁護人「供述調書の中で『受験へのプレッシャーは昨年の2倍、3倍ではなかった』と書いていますが、これは捜査官の作文だ。それを被告が追認したものです。信用性に乏しいのです」
「亜澄さんの悪態のような行為は、常日頃からあったことで、動機としては不十分です。犯行時に亜澄さんからそのような(勇貴被告をののしる)発言があったかもしれない。でも亜澄さんの悪態は常にあり、勇貴被告は『格別に不愉快ではない』と述べています。それに対して捜査官は、『不愉快だったに違いない』と推測したのです」
弁護人は『無罪』の根拠である犯行時の勇貴被告の精神状態について、言及を始める。
弁護人「勇貴被告は犯行時に『勇くんはパパとママのまねをしている』などと亜澄さんに言われたかどうか、これも分からないと言っています。勇貴被告はアスペルガー障害によって、記憶と考えていることが必ずしも明確ではない状態にあった。亜澄さんが被告に対して、そのようなことを言ったかもはっきりしない。そう言わざるを得ません。勇貴被告は犯行動機を説明できないし、今でも何で殺したのか分からない、それが真相なのです」
「検察官は、死体損壊は犯罪を隠すために合理的だといいます。しかし、勇貴被告にとっては、思い出しても分からない、というのが本当のところです。遺体を隠すためなら、なんで死体を左右均等に切る必要があるのか。検察は隠す目的というが、そんな暇はない。なんで、死体を15個に切る必要があるのか」
犯行時の不可解な行動について、さらに指摘する。弁護人の声のトーンが徐々に上がる。
弁護人「死体を入れたバケツがありますが、中身が見える状態にありました。勇貴被告は部屋の真ん中にバケツをおいて、寝てしまい翌日を迎えてしまった」
「家に父が帰ってくるというのに、(通常なら)見てすぐに分かる部屋の中央には放置しない。それ自体、精神状態がまともでない証拠として十分なのです」
弁護人は、捜査官の『推測』により供述調書が作成されたと指摘する。
弁護人「頭髪をそり、陰毛をそり、胸と尻の肉を切ったが、理由は今でも分からないと言っています。勇貴被告は捜査段階で誘導によって、『亜澄さんがどこの男とつきあっているか分からない。おぞましいと考え、胸や尻を切り取った』としている。それは捜査官の推理に過ぎません」
「勇貴被告が弁護人にあてた手紙の中で明らかにしています。『刑事さんに、妹の体が汚いと思っていたんじゃないかと聞かれ、なぜか涙が出た。そして、その気になって言ってしまった』と書いています。それは捜査官の推理です。供述調書は信用できるのでしょうか。勇貴被告はなぜやったのか詳しく記憶していない、逮捕されたときのことも詳しく記憶していないと言っています」