(8)「男は走りながらこちらを見た」 再現される凶行の様子

検察側の証人尋問で、声を震わせながら加藤智大(ともひろ)被告(27)への怒りを訴えた被害者Dさんの婚約者の女性。弁護人の証人尋問に移ると、幾分か落ち着いた口調を取り戻した。加藤被告が秋葉原の交差点にトラックで突っ込んだ際の様子について、弁護人の質問に淡々と答えていく。
弁護人「あなたとDさんは現場で位置を移動した、ということですね。手を引かれるように、ついていったということでしたが」
証人「はい。そうです」
弁護人「あなたはトラックの方を見た、ということでしたが、左後方の位置から見たわけですね」
証人「はい」
弁護人「トラックは、後ろがコンテナのような形になっているものでしたか」
証人「はい」
弁護人「高さは2メートルくらいでしたか」
証人「はい」
弁護人「トラックの後ろ側を見たということですね」
証人「はい」
弁護人「トラックの左側も見たということでしたね」
証人「はい」
弁護人「それでは、トラックの右側からは見ましたか」
証人「それは、見えませんでした」
弁護人「トラックのドアが閉まる様子は見ていましたか」
証人「見ていません」
弁護人「トラックの後ろの部分から、どのくらい離れた位置にいましたか」
証人「5メートルも離れていなかったと思います」
弁護側は、トラックから加藤被告が降りたところを証人が見ていないということを確認したいようだ。加藤被告は一瞬、顔を上にあげたが、すぐにうつむき、元の姿勢に戻る。硬い表情には、ほとんど変化が見られない。
弁護人「あなたは、トラックを見たとき、体ごと振り返ってみたのですか。それとも、首だけ振り返るような状態でしたか」
証人「首だけ振り返ってみていました」
弁護人「その後、男に気付いたということでしたが、体の向きを変えてみたのですか」
証人「彼の方が前に出ていたので、視界の端の方に見えたという感じでした」
弁護人「彼とは手をつないだままの状態で、男がぶつかってきたということですね」
証人「はい」
弁護人「男は、手に何か持っていましたか」
証人「それは、気付きませんでした」
弁護人「男がDさんにぶつかったときの状況ですが、Dさんが何か声をあげたようなことはありませんでしたか」
証人「それはありませんでした」
弁護人「男が何か声をあげるようなことはありませんでしたか」
証人「それは、聞きませんでした」
弁護人は、間をおきながら、一つ一つ質問を投げかけていく。証人の女性は、落ち着いた声で応じている。
弁護人「男が振り返って、じっとあなたたちを見ていた、ということでしたね。男は立ち止まったりしていましたか」
証人「いいえ。走ったまま、こちらを見たような感じでした」
弁護人「それから、あなたとDさんは移動したということでしたが…」
証人「彼が後ずさりするように歩いて、それにつられるように行きました」
さらに弁護人は、Dさんの後に刺された被害者女性Eさんについても質問していく。
弁護人「その位置から、男がぶつかった女性(Eさん)のいた位置の間に、ガードレールがあったと思いますが」
証人「はい」
弁護人は「ぶつかった」と表現しているが、Eさんはナイフで刺されていた。
弁護人「男が何かを手に持っているような様子は見ていないのですね」
証人「はい」
弁護人「男が女性にぶつかった後の様子は見ていましたか」
証人「男が女性の横を通り過ぎた後に、彼から『刺された』と聞かされたので何も見ていません」
ここで、弁護人は女性への質問を終えた。村山浩昭裁判長は検察、弁護側双方に追加の質問がないか確認する。
検察官「それでは若干…。2点ほどお伺いします。証人がトラックを見た位置と、犯人の男を見た位置をそれぞれ、図面に書いてください」
証人「はい」
女性は赤ペンを手に取り、図面に印を書き入れていく。傍聴席からみることができる大型モニターにもその様子が映し出される。
検察官「犯人の男を見て、トラックを運転していた人と一緒だと思ったのですか」
証人「はい」
検察官「あなたのいた位置と、(犯人と思われる男が立っていた)現場の間にガードレールがあったということですが、何があったのですか。さくのようなものがあったのではないか、と思うのですが」
証人「黒っぽいような、茶色っぽいようなさくがあったのを覚えています」
検察官「さくがあった地点から女性の位置はよく見えたのですね」
証人「はい」
検察官「以上です」
裁判長「それでは、尋問としてはこれで終了ですが、今あなたが書いたものについて、お名前を記入していただきます」
証人「はい」
裁判長「では、長時間お疲れ様でした」
女性に退廷を促す村山裁判長。証言台から法廷の外に続くドアの位置まで、傍聴席から見えないように遮蔽(しゃへい)の衝立が置かれる。女性が移動する足音が、かすかに聞こえる。
裁判長「ここで休廷にします。再開は午後4時10分からとします。それでは、被告人から退廷してください」
裁判長の指示で立ち上がる加藤被告。ドアに向かう途中で一度、傍聴席に深々と一礼すると、無表情のまま、ゆっくりした足取りで法廷を後にした。