(1)主任弁護人が遅刻 「すいません」と慌てて入廷
東京・秋葉原の無差別殺傷事件で殺人罪などに問われた元派遣社員、加藤智大(ともひろ)被告(27)の第6回公判が15日午後、東京地裁(村山浩昭裁判長)で始まった。今回の公判では事件の目撃者3人の証人尋問が行われる予定だ。「オタクの聖地」と呼ばれた秋葉原で起きた惨劇を目の当たりにした目撃者の口から、どのような言葉が語られるのか。
起訴状によると、加藤被告は平成20年6月8日、東京・秋葉原の交差点にトラックで突っ込み、3人をはねて殺害。さらにダガーナイフで4人を刺殺したほか10人にけがを負わせたなどとされる。加藤被告は初公判で事件の事実関係を認めている。弁護側は被告の責任能力を争う姿勢を示したが、冒頭陳述では、どのような手法で責任能力を争うかについては明らかにしなかった。
公判では、目撃者や被害者、遺族、鑑定医など計42人の証人尋問が予定されている。前回までの公判では、事件の目撃者2人、被害者5人、事件の捜査を担当した警察官や技官2人が証人として証言している。
開廷予定1分前の午後1時29分。104号法廷に、加藤被告が、裁判官席に向かって左側の扉から入廷し、弁護人席前の長いすに座った。黒いスーツに白いワイシャツ姿。公判時はいつも同じような服装だ。すでに村山裁判長と2人の裁判官もそろい、検察官席と弁護人席にも複数の検察官と弁護士が座っているが、主任弁護人の席だけがぽっかり空いている。午後1時29分、村山裁判長が口を開く。
裁判長「主任弁護人が遅れているようです。本日の公判は、遮蔽(しゃへい)装置を行うことで合意していますから、その準備だけはしておきたいと思います」
証人として出廷する目撃者を、被告や傍聴人から見えないようにするため、裁判所の職員が証言台の周りに衝立を立てている。その間、加藤被告は、後ろを向いて、すでに出廷している弁護人と小声で何か話している。
ふいに裁判所の職員が加藤被告と両脇の係官に何か話しかけた。衝立の長さが足りず、加藤被告の位置から証言台が見えてしまうため、座る位置をすこし右側にずらすように言ったようだ。加藤被告が、長いすの上を右側に1メートルほどずれた。
証言台が視界から消えた加藤被告は、じっと自分の前に設置された長机の上を見ている。ノートが置かれているが、閉じられたままだ。法廷に流れる数分間の沈黙。退屈に耐えきれないように、加藤被告が人さし指であごをかいた。「すいません」。ふいに、声がする。傍聴席後方の入り口から、主任弁護人が慌てたように入ってきた。席に座るのを待って、村山裁判官が改めて口を開く。
裁判長「本日の公判は遮蔽措置をとることで合意しています。最初の証人は、いろんな関係で付添人が付くことになっています。それも考えて尋問を行ってください」
裁判長が検察官と弁護人に注意を述べる。証人が入廷してくる気配がする。証人は事件の目撃者の1人だ。法廷入り口から証言台までの道筋にも衝立があり、その様子はうかがえない。
裁判長「証人の名前と生年月日などは、このカードにある通りでいいですか」
証人「…」
何かしゃべっているのか声が聞こえない。
裁判長は、付添人にも同様の確認をしたが、やはり返事は聞こえない。裁判長が続けて、証人の目撃者に宣誓を促した」
証人「宣誓。良心に従い…」
若い女性のような声で、小さくか細い。
裁判長「いま宣誓をしていただきましたが、ウソをついたり、隠し事をしたりすると、制裁を受けることがあります」
「いま、あがっているというか、緊張していると思いますが、要は自分が考えている通りに答えればいいのです」
村山裁判長が諭すように話しかける。また、付添人に対しても、「証言内容に口を挟むことはできません。証人の体調に異変があった場合は手を挙げてください」と注意する。それが終わると、検察官の1人が立ち上がり、質問を始めた。
検察官「あなたは平成20年6月8日、秋葉原で事件を目撃しましたね」
証人「はい」
消え入りそうな声で、答える証人に、検察官が注意する。
検察官「裁判官の方を見て、ゆっくりと大きな声で話してください」
証人「はい」
検察官「その日は、どうして秋葉原に行ったのですか」
証人「友達とアニメの専門ショップに行きました」
検察官「その後はどうしましたか」
証人「昼近くになったので、『ソフマップ』の中のマクドナルドに行きました」
ソフマップとは、現場近くの大型家電量販店。その店内にあるハンバーガー店「マクドナルド」に行ったようだ。
検察官「どこで事件を見ましたか」
証人「ソフマップの南側だと思います」
検察官「位置を明確化するために、地図を示します」
検察官はこう言ったが、法廷の大型モニターには地図が表示されない。裁判官たちは、手元のモニターを見ているようだ。
検察官「まず、この地図に、あなたのいた場所を丸(で囲んで)『あ』と書き込んでください」
証人は映写機で映している地図に、書き込んでいるようだが、表示されない。傍聴席は静まりかえっている。