Free Space

(10)「いい子を演じる自分は嫌…」 法廷では2時間のDVD再生

《裁判官による加藤智大(ともひろ)被告(27)への質問が続く。裁判官席中央の村山浩昭裁判長、向かって右側の女性裁判官、左側の男性裁判官の3人の裁判官が交代で加藤被告に事件の動機や現在の心境などについて聞いていく。

裁判官「気を使うことがないというのは、相手を傷つけたり、不快にさせたりということを、気にしないでいられるということですか」

加藤被告「傷つけたいというのではなく、分かる人だけに分かってほしいという感じです」

質問は関東自動車工業で勤務していた当時に起きた作業着「つなぎ」をめぐるトラブルへと移る。

裁判官「つなぎの事件のことですが、当時は悪意で誰かが隠したと思ったのですか」

加藤被告「はい。今は何かの間違いだと思っています」

裁判官「当時つなぎがそこになかったのは間違いないけど、故意で隠したのではないということですか」

加藤被告「何かたまたま、アクシデントが起きてなくなっていたのだろうと思います」

女性裁判官から男性裁判官へと質問者が変わる。

裁判官「掲示板に『いい子のふりをしていた』とありますが、これはいつのことですか」

加藤被告「幼少のころを指していると思うのですが…。それはブログを確認してみないと分かりません」

裁判官「大人になってからはどうですか」

加藤被告「最初は八方美人というか、でも徐々にそうした要素は人に嫌われると分かってきました。いい子を演じる自分は嫌です」

裁判官「どうしてですか」

加藤被告「本当の自分ではない。二重人格ではないのですが、自分を偽っているのが自分で分かるからだと思います」

加藤被告と男性裁判官の双方が慎重に言葉を選びながら発言を続ける。

裁判官「(青森県の)実家に戻ってから、一人暮らしをしたいと思ったことはありますか」

加藤被告「実家に戻ってからはありません」

裁判官「実家に戻ってからの一人暮らしは不本意でしたか」

加藤被告「追い出されたような感じがしました」

裁判官「自殺を考えたのはつくばに行く前ですか後ですか」

加藤被告は平成18年5月から茨城県つくば市の住宅関連部品の工場で勤務している。

加藤被告「いつからか分からないですが、前です」

裁判官「仕事は自殺と関係していますか」

加藤被告「よく分からないです」

質問者が男性裁判官から中央の村山裁判長へ移る。

裁判長「自殺を考えた原因ですが、今考えてみてどこにあると思いますか」

加藤被告「漠然とした孤独感が重なっていたことだという気がします」

裁判長「何回か自殺を考えましたよね」

加藤被告「はい」

10秒ほど沈黙が続く。

裁判長「あなたは自分には家族がいないという表現もしていますが、戸籍上は家族がいるわけです。あなたにとって家族という感じではなかったのですか」

加藤被告「精神的に家族ではなかったです」

裁判長「あなたは平成18年に自殺できなくて、実家に戻って親に借金も返済してもらって、ありがたみは感じましたか」

加藤被告「一定の感謝の気持ちはありますし、しばらくは鬱屈(うっくつ)した感じでした。いつからかはっきりはしませんが、家族とやり直そうと思い始めたこともありました」

裁判長「やり直しはどの段階であきらめるようになりましたか」

加藤被告「母親が私の名義のマンションに一緒に住もうと言ってましたが、私がアパート暮らしをしてあきらめました」

裁判長「お母さんと一緒に住むのが実現しなかったとしても、同じ青森にいたわけですよね? 行き来はできたのではないですか」

加藤被告「一緒に住むことに意味があると思ってました」

裁判長「別の質問になりますが、青森で両親に話を聞きました。法廷で話もしましたが、どんな気持ちになりましたか」

加藤被告「特に何かを思ったことはなかったと思います」

裁判長「(両親が)述べたことで、あなたの記憶と違っていることはありますか」

加藤被告「母親が私に言ったことで覚えていないこともありました。それはなるほどと…。ただ、聞かれたことは事実だと思います」

裁判長「端的に言いますと、両親はかなり精神的に参ってますし、お父さんは仕事を辞めました。それについて被告人自身が考えることは?」

言葉に詰まりながら、発言する加藤被告。

加藤被告「精神的につながりのない家族とはいえ、申し訳ない気持ちがないわけではないです」

裁判長「弟さんとの交流は高校を卒業してからどれくらいありましたか」

加藤被告「実家に帰ったときも、短大を卒業して仙台で働いていたときもあった覚えはありません」

裁判長「この事件の後、あなたが捕まって初期のころに『疲れた』と、人生に疲れたと言っていましたが正直な気持ちですか」

加藤被告「正直、なぜ事件を起こしたのか分からないときに理由を聞かれて、何か話をするように言われ、疲れたと言いました。今はなぜそう言ったのか分からないのが事実です」

録音機器の不調からか法廷内にノイズが響く。

裁判長「ほかに弁護人、検察官から何かありますか」

村山裁判長が尋ねるが、ないようだ。加藤被告は向かって左側の弁護人席の前に戻った。

今後の審理について方針を述べる村山裁判長。検察側、弁護側がそれぞれ求めていた証拠がいくつか採用される。

このうち、検察側が提出した証拠の中で、加藤被告を取り調べた際に撮影したDVDが流されることになった。DVDの内容は被害者保護の観点から、傍聴席では見ることも聞くこともできず、裁判官、検察官、弁護人がイヤホンを付け、それぞれ机の上のモニターで確認している。

DVDの再生は約2時間に及ぶといい、8割程度埋まっていた傍聴席から席を立つ人が続出した。

⇒(11)DVD再生で沈黙続く法廷…おもむろにメモを取る加藤被告