(1)「それさえなければ…」母号泣
午前中に予定されていた証人が出廷しない異例の展開となったこの日の第4回公判。再開後の午後1時半からの証人は、歌織被告の母親だ。全身黒い服装の母親は、おえつをもらしながら法廷の中央へ。傍聴席中央前列に座る被害者の三橋祐輔さんの遺族に向かい、深々と一礼した。
検察側は冒頭陳述で、歌織被告は夫の祐輔さんを殺害後、『祐輔さんが自ら家を出た』と母親にうそを言ったり、血がついた布団マットを新潟県の実家に送る偽装工作をしていたと指摘。一方、弁護側は冒頭陳述で『(歌織被告は)父親と確執があった』と述べており、事件前後の歌織被告の言動や、両親との関係が、母親からどのように語られるかが注目される。
検察官「体調が良くないと聞いているが?」
証人「心臓が不整脈で…」
声が震えている。
検察官「歌織被告から祐輔さんを紹介されたのはいつ?」
証人「平成15年」
検察官「結婚を考えていると?」
証人「祐輔さんから『将来を考えている』と」
検察官「どこで会った?」
証人「ホテルで」
検察官「なぜ?」
証人「お台場のモーターショーに行く予定があった」
検察官「祐輔さんのことをどう紹介された?」
証人「『つき合っているのでちょっと見てほしい』と…」
間もなく、『入籍した』と連絡を受けたという。15年3月のことだ。
検察官「幸せそうだった?」
証人「はい」
検察官「何と言ってた?」
証人「『今は何もない人である』と」
検察官「『その人にかける』と?」
証人「はい」
だが、そんな蜜月はつかの間だった。わずか2カ月後の15年5月には、祐輔さんが歌織被告に暴力をふるっているという話が耳に入ったという。
検察官「どうして分かった?」
証人「(歌織被告から)『殴られたり、けられたりした』という電話があった」
検察側は証人が書いたというメモを示す。
検察官「いつごろ書いた?」
証人「18年4月ごろ」
検察官「どうして?」
証人「娘から聞いた今までの暴力行為を書き留めるため」
検察官「歌織被告から聞いた?」
証人「電話などで」
検察官「きっかけは?」
証人「離婚申し立て書を作成する際に…」
語尾は聞き取れないが、家族ぐるみで離婚を想定していたことを示すやり取りだ。ここで検察側は時計の針を戻し、歌織被告が新潟の実家に帰った16年5月の状況を聞く。
検察官「なぜ実家に帰った?」
証人「祐輔さんと離婚するため」
検察官「呼んだのか?」
証人「本人の意思」
検察官「証人が『帰ってこい』と言ったのでは?」
証人「『帰ってこい、別れなさい』とは何度も言ってきた」
検察官「帰ってきてどんな話をした?」
証人「『離婚を決意した』と」
検察官「それなのに、どうして東京に戻ることになった?」
“心の傷”を突かれたのか、それまでゆっくりと答えてきた証人は、興奮して激しく泣きながら早口でこう答えた。
証人「歌織と父親は意見が違うことがいろいろあって、そもそも入籍には最初からすごく反対していた。『結婚は安易にすべきでない』と…そんな話をしていたように思う」
これまで母親を前にしても無表情だった歌織被告の顔は、みるみるクシャクシャになり、うつむいた。
検察官「東京に帰ったのは祐輔さんからのメールが原因?」
証人「『結局、お父さんは昔とちっとも性格や気持ちが変わっていない』となり、新潟を離れることになった」
検察官「メールは関係ないのか?」
証人「『戻ってほしい』と電話がかかってきていた」
検察官「ですからね、メールや電話などのこともあって帰ったのではないか?」
証人「自分の意思で、『父とは一緒に住めない』と…」
かみ合わない答えに、女性検察官は少しいらだつ様子を見せる。
検察官「暴力をふるう祐輔さんの元に帰ることは反対ではなかったのか?」
証人は再び激しく泣いた。言葉を絞り出す。
証人「それ(祐輔さんの元に帰ること)さえなければ、このようなことはなかったのに」
検察官「父親は?」
証人「『絶対戻っちゃいけない、家から出しちゃいけない』と」