第5回公判(2010.12.2)

 

(2)「冥福を祈ってください」 裁判長の語りかけに、抑揚のない声で「分かりました」

高窪教授

 中央大理工学部の高窪統教授=当時(45)=を殺害したとして殺人罪に問われ、冒頭で懲役18年を言い渡された教え子で元家庭用品販売店従業員の山本竜太被告(29)に対し、今崎幸彦裁判長が判決の読み上げを続けている。山本被告はまばたきをしながら正面を見据え聞いている。

 判決の朗読は量刑の理由へと移り、裁判長は認定した事件の概要を改めて説明した上で、検察側、弁護側双方の主張を確認した。

裁判長「本件は心神耗弱が認められる事案ではあるが、妄想性障害は動機の形成過程に強く影響を与えた半面、その他の場面、特に殺意の形成から犯行に至るまでの過程への影響が限定的であるという点に特徴がある。従って、まず検察官の主張する犯行の客観的な側面から量刑の大枠を設定し、妄想性障害の影響を中心にした被告の主観的側面を考慮しながら、具体的な量刑を絞り込むという手順が合理的と判断した」

 弁護側は、被告を刑務所に収容するのは精神疾患の治療に資するものではないと主張したが、今崎裁判長は妄想性障害の病状やもともとの性格、生活の状況などを考慮すると、刑務所の収容が必ずしも治療にマイナスに働くわけではないと指摘した。

裁判長「検察官が主張する事実のうち、量刑の大枠を決める事情として重視したのは以下の通りである」

 今崎裁判長は、高窪教授に落ち度がないこと、鋭利な刃物で8回も体を貫通するほど執拗(しつよう)に刺していること、現場の下見を繰り返し周到に準備していたことを挙げた。

裁判長「以上に対し、被告が妄想性障害に罹患(りかん)し、その妄想に大きな影響を受けて犯行に及んだという事実は刑を軽くする事情として考慮されるべきである」

 裁判長は、圧力団体が命を狙っているという思い込みは妄想の影響を著しく受けているが、殺害を決意し凶行に及んだ行為は、もともとの性格から導き出されたものだと指摘。妄想性障害は刑の軽減において考慮する必要があるが、その程度は限定されたものにとどまると述べた。

裁判長「被告が妄想性パーソナリティー障害を持つに至ったのは、成育歴にも原因があり、妄想性障害を発症して犯行に至ったのは、すべてが被告の責任といえないと考える余地もある。だが、被告より悪い生育環境で育った人はいくらでもおり、量刑上、必ずしも重視すべきではないと判断した」

 裁判長の厳しい指弾にも、山本被告は微動だにすることなく聞き入っている。裁判員は山本被告を見つめたり、手元の資料を見たりしている。

 さらに裁判長は、量刑を考える上で考慮したこととして、遺族の処罰感情が非常に厳しく、昼の大学構内の犯行で社会への影響が無視できない、被告に前科がなく真面目に生活していた、弁護人は障害の治療のために、努力する意向を示していることを挙げた。

 続いて裁判長は、量刑を決める上で、これまでの事件の内容と量刑を調べる「量刑検索システム」を活用したことについて述べた。

裁判長「本件と同種の態様、結果、つまり殺人1件、刃物使用、被害者に落ち度がないことなどのデータを入力した殺人事件の量刑分布をみたところ、懲役15年または16年を中心として、懲役3年から無期懲役までに及ぶ量刑グラフが得られた。本件は、心神耗弱を考慮しない場合、その量刑分布では重い方に位置づけられる事案であると考えた」

裁判長「そして、そこから心神耗弱による減軽の程度を検討し、合わせて検察官が懲役20年、弁護側が懲役6年を求めていることも参考にして、主文の結論に至った。被告人はもう一度前へ来てください」

 山本被告は立ち上がり、証言台の前に立った。

裁判長「判決の言い渡しは以上です。懲役18年。ただし、その中に、勾留されていた未決の230日を算入するということです」

山本被告「分かりました」

 山本被告は前屈みになってマイクに顔を近づけ、はっきりとした声で述べた。今崎裁判長は判決に続き、山本被告に語りかけた。

裁判長「あなたはいまだに圧力団体が存在していると思っているようだが、私たちは全くの誤解だと伝えたい。刑務所でも出所後も、自分の障害に向き合い治療に努めてください」

裁判長「そして、もう一つ、あなたの犯行は多くの人に悲しみを与えました。高窪教授のためにも、遺族のためにも冥福(めいふく)を祈ってください」

山本被告「分かりました」

 先ほどと同様にはっきりと答えた山本被告。声に抑揚はなく、機械的にも聞こえる。裁判長は控訴の手続きについて説明すると閉廷を告げ、裁判官とともに裁判員も退廷した。

 傍聴人も次々と法廷を後にする中、山本被告は弁護人から何かを話しかけられ、うなずきながら聞いていた。

⇒裁判員会見1 「頭が真っ白…でも深い議論ができた」「被告には前向きにとらえてほしい」