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(10)「事件当時から見れば、反省の態度は増している」弁護人、情に訴え

英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=が殺害された事件で、殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の論告求刑公判は、弁護側の最終弁論が続いている。男性弁護人は証言台に立ち、裁判官、裁判員と向かい合うような形で主張する。

弁護人「玄関の靴に付着していたリンゼイさんの血痕ですが、検察側は玄関でリンゼイさんが全身をぶつけたとしています。しかし、鑑定医の証言では外に血が出るような傷はなかったということです」

「検察側が言うように、市橋被告が(玄関で強姦した19年3月25日)朝10時ごろに顔や全身を殴打したのではなく、26日午前2時から3時に遺体と浴槽を風呂場に運ぶときについた可能性があります。立証責任は検察にあるので、われわれは疑問を挟むことで十分です」

弁護人はさらに、検察側の「強姦の発覚を恐れてリンゼイさんを殺害した」という動機に関する主張についても「本当にそうなのでしょうか」と疑問を呈する。

弁護人「事件当日、(市橋被告の)部屋にいたのは2人だけです。そのことをほかの人が知らなければ、検察側が言うように、殺害によって(犯罪の)発覚を防ぐことができるかもしれません」

弁護人は、市橋被告が3月21日未明にリンゼイさんを追いかけて自宅まで上がり込み、同居していた外国人女性の○○さん(法廷では実名)とも顔を合わせていたことを指摘し、持論を展開する。

弁護人「(○○さんがいる場で)市橋被告はリンゼイさんの似顔絵を描き、紙に電話番号、メールドレスを書いて渡しました。(事件当日の)3月25日に市橋被告がリンゼイさんと個人レッスンをやることも知られていました。だからリンゼイさんを殺害しても、(強姦の)犯行の発覚を防ぐことにはなりません」

○○さんらが26日、警察に捜索願を出した際、市橋被告の連絡先が書かれたメモを同時に渡したことから、市橋被告の特定が進んだ。

弁護人「(犯行の発覚を防ぐためという)殺害動機は常識的にみて、あり得ないんじゃないですか、と言いたいです。市橋被告の供述では強姦の後、殺害の意志はなく、リンゼイさんに許してもらおうと、4畳半の和室に連れて行っています」

向かって左から3番目の男性裁判員は熱心にメモをとり続ける。

弁護人「検察側は市橋被告が25日から26日夕にかけて頸部(けいぶ)圧迫により、リンゼイさんを殺害したとしています。しかし、その間に何があったのか、どういうことで亡くなったのかについて検察側は一切明らかにしていません。それっていいんでしょうかね? あまりにも無責任です」

ここで堀田真哉裁判長が弁護側が予定よりも長く最終弁論を行っていることを指摘。弁護人は「あと15分程度で終わります」と答える。

弁護人「リンゼイさんは浴槽の中で裸になり、足を拘束されており、全身に傷がありました。警察は容疑者の暴行で死亡したという見方で捜査をしました」

「この事件の特徴は市橋被告とリンゼイさんしか事実を知らず、リンゼイさんが亡くなっていることから、市橋被告しか話す人間がいないということです。しかし、警察は市橋被告を取り逃がしました」

「市橋被告が強姦し、さらに頸部圧迫で殺害したというのは捜査側のストーリーで、その間(強姦から殺害まで)のことについては一切解明されていません。それが捜査の問題です」

弁護側は、市橋被告が事件直前にタクシーでリンゼイさんを自宅近くまで連れて行き、タクシー運転手に「5、6分待ってほしい」と言っている点から、犯行に計画性がなかったことを主張。さらに最大の争点である殺意についてもあらためて否定した。

弁護人「リンゼイさんが大声を上げ、はって出ようとするところを見て焦り、覆いかぶさるようにして押さえつけました。鑑定の証言でも、こうした行為で頸部が圧迫されることもあり得るとのことでした。殺意を持ってしたことではないとあらためて申し上げたいです。市橋被告は心臓マッサージもしています」

弁護人は裁判員たちを見つめ、ゆっくりとした口調で続けた。

弁護人「皆さんには重要な任務があります。やっていないことで人が処罰されることを防ぐことです。検察の主張が『間違いない』と確信できるまで立証されているかを判断して下さい。殺意について『間違いない』と立証できていません」

弁護人は強姦致死、殺人、死体遺棄罪の成立を前提とした無期懲役の求刑に反対し、強姦、傷害致死、死体遺棄罪が相当とする従来の意見を述べた。

弁護人「市橋被告の反省の態度について、検察官や遺族から批判的な意見もありますが、法廷での市橋被告の言葉を聞いてもらえれば分かります。事件当時から見れば、反省の態度は増しています。市橋被告は元々は普通の学生で、最初から悪い人ではありませんでした」

検察側の後ろに座るリンゼイさんの母、ジュリアさんは「やりきれない」という表情を見せながら、隣に座る父、ウィリアムさんの背中をさすった。

弁護人「逃走を非難されても仕方ないです。犯人は逃走、証拠を隠滅する可能性があります。良いことではないですが、法的には処罰されません。助けた人は処罰されますが…。逃げた犯人を非難することはできますが、非難する上で大きな要素と捉えるべきではありません」

弁護人は「ご両親は娘さんを亡くされ、大変な思いをされましたが、処罰感情だけで判断されるものではない。今回は犯情の悪い事件には該当しない」と述べ、意見陳述を締めくくった。続いて、市橋被告の最終陳述が行われる。

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