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(8)携帯サイトに書き込まれた動機に「こんなくだらないことで…」怒る被害者

事件現場で被害者の救助に向かいながら加藤智大(ともひろ)被告(27)に刺されて負傷した元タクシー運転手の△△さんに対する検察側の証人尋問が続いている。加藤被告は、被告席に設置された机上のノートに視線を落としたままだ。

検察官「(刺された後の)被害状況や後遺症について聞きます。病院で意識が戻ったあと、病院でどんな話をしましたか」

証人「友人たちに『生きていて良かった』と言ってもらったのを覚えています」

検察官「みなさん、喜んでいましたか」

証人「はい」

検察官「痛みについてのエピソードはありますか」

証人「はい。手術から3日たって目が覚めましたが、そのとき、両腕にあざがありました」

検察官「なぜあざができたのですか」

証人「あとで兄に聞いたら、『痛みで暴れるものだから、両腕をベッドに縛って手術した。そのときのあざだろう』と話していました」

△△さんの言葉からは、傷の深さが伝わってくる。

検察官「現在、仕事はしていますか」

証人「昨年9月いっぱいで退職しました」

検察官「なぜ、退職されたのですか」

証人「事件後、労災が認められ生活費の援助を受けていましたが、その後に労災が打ち切られると、暮らしていけなくなったので、仕事を辞め、ハローワークに行くようになりました」

検察官「痛みはまだありますか」

証人「腕にしびれが残っています」

検察官「それで、タクシーの運転が続けられない、と…」

証人「はい」

検察官「今は無職ですか」

証人「はい。こんなご時世で、年齢も年齢ですから…。今は、区からヘルパーの仕事を勧められて学校で資格の勉強をしています」

△△さんは50歳をとっくに超えている。検察官と証人のやりとりからは、△△さんの人生を暗転させた事件の残酷さが伝わってくる。加藤被告は相変わらずうつむいたままだ。

検察官「痛みは残っていますか」

証人「はい。1日に10回ぐらい痛みを感じます。1回4、5秒ぐらい続きます」

検察官「具体的には、どんな痛みですか」

証人「傷は治ったのですが、手術の時に神経を切っているので…。押さえつけられるような痛みです」

検察官「今回の裁判を傍聴されていますが、痛みで苦労したことはありませんか」

証人「痛くなって冷や汗が止まらなくなったことがありました」

検察官「痛みやしびれの治療はしていますか」

証人「労災が終わった以降は、治療を受けていません。高額治療でもありますし…」

検察官「昨年9月から治療を受けていないということですね」

証人「はい」

証言台で男性は検察官からの質問に淡々と答えていたが、加藤被告への思いについて聞かれると、やや興奮した口調になる。

検察官「(加藤)被告についてどんな思いですか」

証人「これまでと変わりませんが、(亡くなった被害者の)遺族にすれば家族を失った悲しみは大きい。極刑しかないと思います」

検察官「事件で亡くなった人にはどんな思いですか」

証人「事件後は現場で献花してご冥福(めいふく)を祈っています。遺族には思いやることしかできません。励ますことはおこがましくて…。何とか乗り越えてほしいです」

遺族への細やかな感情を吐露する男性。法廷には男性の声が静かに響き渡った。加藤被告が、友達が離れていったことや、自分が「ぶす」だと言われたことなどを事件の動機として書き込んだ携帯サイトについても、検察官は質問する。

検察官「事件後、携帯電話のサイトに加藤被告が書き込んだ言葉が明らかになりましたが、ご覧になりましたか」

証人「はい。こんなくだらないことで、尊い命が奪われてしまったのか、と改めて遺族がかわいそうだと思いました」

検察官「尋問を終わります」

続いて、弁護人が反対尋問を始める。

弁護人「△△さん(法廷では実名)は、事件が起きた交差点でトラックの運転手の顔を見ましたか」

証人「見ていません」

弁護人「△△さんは交差点で倒れた人がトラックとぶつかるところを見ましたか」

証人「見ていません」

弁護人「この法廷では、被害者がトラックのタイヤに踏まれたところを見たと証言する人もいましたが、そういう状況は見ていませんか」

証人「見ていません」

弁護人「トラックについては、どういう状況を見ましたか」

証人「私の横を通り過ぎるのを見ました」

弁護人「(加藤被告に刺される際に)『体がぶつかった』と証言されましたが、どんな衝撃でしたか」

証人「体がぶつかったような衝撃でした」

弁護人「(男が)制服を着た人(巡査部長)を刺そうとしたとき、ナイフは見えましたか」

証人「見えませんでした」

弁護人「歩行者天国にはどれだけの人がいましたか」

証人「かなりの人がいました」

⇒(9)加藤被告への手紙の真意…「事件を知るには加害者を知る必要がある」