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木嶋被告手記(2012.4.14)

 

6 「性について最小限の事実を正直に証言」

木嶋被告

 裁判が始まってから一番反響が大きかったのは、私が法廷で性的な話をしたことです。私の個人的な生活において、食と性が一番のプライオリティー(優先順位)を持つものでした。

 私を理解していただく為には、性についての話題は必然的なものですから、法廷では必要最小限の事実を、正直に証言したというだけです。私は情事に対して、極めて真剣に私の流儀で取り組んできました。真意が伝わらなかった点は不本意です。社会の共感が得られなくとも、法廷では自由に陳述できると許されなければ裁判の公平さは保たれないと思います。

 3月13日の法廷(注・最終弁論)で、弁護人の最終弁論を聞きながら、私は涙が溢(あふれ)れて止まらなくなりました。胸がいっぱいになり、被告人の最終陳述は涙ながらできちんと話せませんでした。この時私は、浄化されつつある自分を感じたのです。私はかなり長い間、涙を流して泣くという行為を忘れていたことに気付きました。私はまだまだ成長できると感じた瞬間でもありました。

 事件に関して、正誤を糺(ただ)すべき点については法廷で話しましたので、ここでは司法の範疇(はんちゅう)から外れる事柄についても触れました。社会を震撼(しんかん)させたといわれる事件の加害者として嫌疑をかけられた人間が、何を考えてきたのかを、明らかにしておく責任があるのではないかと思ったからです。

 突然面会に来る人が少なくはないのですが、そのような申し入れは全てお断りしています。何の信頼関係もない無礼な人と会うつもりは、今後も一切ありません。今回は、判決まで沈黙を守るようにしてきました。丁寧なお手紙を下さった方に対しても。御連絡を差し上げることなく、礼儀知らずな応対になってしまい、申し訳なく思っています。

 裁判の傍聴を、まるで観劇と勘違いし、殊更に容姿批評を様々な媒体で広範にばらまかれる言葉の暴力には、茫(ぼう)然としました。

 外見の評価にばかりこだわる感覚は、私にとって抵抗を感じるものです。木嶋佳苗が法廷でこんな服を着ていた、こんな表情だった、こんな振舞(ふるまい)をしていたとインターネットに揶揄(やゆ)的な内容の書き込みをする人たちは、幸せなのだろうか。世間と同調することで、普通を確認しながら生きる人に、自分はあるのか。他人を誹謗(ひぼう)中傷するあなたは、どれほど立派な人間なのでしょう。

 私の過去の人生を取材し、虚実綯(な)い交ぜにして報道するマスメディアは正義なのだろうか。倫理はどこに存在するのでしょう。マイナス感情の共感をエネルギーにして連帯感を持つ人たちには、薄気味悪さと寂しさも感じました。陰で悪口を言い合い、嫉妬を原動力に大袈裟(おおげさ)に褒め合い、他人をけなす、さもしい根性、女子特有のいやらしさに、私は馴染(なじ)めません。

 周囲の風潮に迎合することでしか仲間でいられない大多数の人たちの人間関係も、いびつなものに感じられます。インターネットの普及と個人情報保護法の影響で、人間関係が稀薄(きはく)になり、人と深く繋(つな)がることを苦手とし、真に成熟した大人が少ない世の中になっているようです。

 百日裁判と呼ばれた私の裁判員裁判は、ストレスフルなきついスケジュールであったけれど、準備期間も含めて、成長の手応えも大きい、貴重な得難い日々でした。身に覚えのないことで起訴されたり、見当違いも甚だしい解釈や虚偽の報道により誤解をされたり、他人に物事を正しく理解してもらうことは、大変なのだと実感しました。そして、罪や正義は、時代や立場によって変わる相対的なものだと知りました。絶対の常識や正義はないのでしょう。

 逮捕されてから2年半以上経過しましたが、今までお世話になった9名の弁護士の先生方、特に公判まで弁護団として熱心に弁護活動を続けて下さった五名の弁護人には深く感謝しています。過分の御高配を賜(たま)わり、厚く御礼申し上げます。

 学者肌で人格者の主任弁護人を筆頭に、皆大変に真面目で優秀であり、人として尊敬できる弁護士さんと出会えたことで、自分の間違いに気付きました。世事に疎い私は、弁護人との対話により、蒙(もう)を啓(ひら)かれることが多かったのです。

 副主任弁護人とは21年に報道されて以来の、一番長いお付き合いになりました。弁護団の中では、中間管理職のような立場で働き、私の家族との連絡役としてもご面倒をお掛けし、いつもお手数ばかり煩わせてしまいました。何時も冷静に、素敵(すてき)な低音ヴォイスで淡々と語り掛ける先生の「わかった」という相槌(あいづち)に、どれほど心強さと慰めを感じたかわかりません。

 先生は2年半、一度も声を荒らげることも、愚痴をこぼすこともなく、誰の悪口も言いませんでした。ひたむきに勤労する、高潔な先生の姿勢から、私は多くのことを学びました。

 家族には、非常に迷惑と心配を掛けたにもかかわらず、支援を続けてくれた懇情を誠に有り難く思っています。多くの方に支えられて、裁判を無事に終えることができました。ご迷惑をお掛けした人たちには、申し訳なく存じ、深くお詫(わ)び申し上げます。

 これからは、控訴審に向けて準備することになります。私は、特に長生きがしたいとは思わないけれども、より良く生きたいと考えています。現在の私には、文筆による表現しかできませんので、日々精進を重ね、今後私らしい何らかの形で、思いをお伝えしたいと考えております。そのことで、少しでも世の中の役に立ちたいと願ってやみません。

 以上長々と書き連ねましたが、意のあるところをお察しいただければ幸せに存じます。

 桜の花びらが舞う春うららかなさいたま拘置支所にて

        木嶋佳苗

⇒首都圏連続不審死事件