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論告求刑全文

秋葉原事件 論告求刑全文

 平成23年1月25日

 東京地方裁判所 刑事第4部 殿

 東京地方検察庁

 検察官 検事 中山大輔

 検察官 検事 川下吾一

 検察官 検事 石渡聖名雄

 検察官 検事 梶原明日香

 被告人加藤智大に対する殺人、殺人未遂、公務執行妨害、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件について、検察官の意見は、下記通りである。

      記     

第1 はじめに

 1 この事件の概要

 この事件は、白昼の秋葉原で発生した無差別通り魔殺人事件です。

 被告人は、秋葉原で無差別に多くの人を殺害しようと考え、できるだけ多くの人を殺害するために、2トントラック及びダガーナイフなどの刃物を準備し、平成20年6月8日午後零時33分ころ、多くの人でにぎわう歩行者天国の交差点に2トントラックを突入させ、V1さん、V2さん、V3さん、V4さん、V5 さんに衝突させて、V1さん、V2さん及びV3さんの3名を殺害し、V4さん及びV5さんにけがをさせました。

 続いて、被告人は、トラックから降りるや、その場に居合わせた人をダガーナイフで手当たり次第に突き刺し、あるいは切り付けるなどして、V7さん、V8 さん、V13さん、及びV15さんの4名を殺害し、V6さん、V9さん、V10さん、V11さん、V12さん、V14さん、V16さん、V17さんの8名に重軽傷を負わせました。

 さらに、被告人は、被告人を逮捕しようとした警察官V18さんに対し、ダガーナイフを突き出し、切り付けるなどしましたが、V18さんが耐刃防護衣を着ていたために殺害することができず、V18さんに逮捕されました。

 被告人の凶行によって、僅か数分の間に、7名の方の尊い命が奪われ、10名の方が重軽傷を負わされました。この事件は、無差別通り魔殺人事件と総称される殺人事件の中でも最大級の被害を生んだ、我が国の犯罪史上まれに見る凶悪重大犯罪です。

strong> 2 この事件の争点

 被告人が、V14さんを除く17名の被害者に対し、殺意を持って2トントラックを衝突させ又はダガーナイフで突き刺し、殺害し又は殺害しようとした事実は、検察官と被告人・弁護人との間に争いはありませんし、この法廷で明らかになった証拠から十分に証明されています。

 なお、被告人及び弁護人は

 (1) 被告人は、V14さんに対し、殺意を持っていなかった。よって、V14さんに対する殺人未遂罪は成立せず、傷害罪が成立するにとどまる。

 (2) 被告人は、V18さんが警察官であり、適法な職務の執行中であることを認識していなかった。よって、公務執行妨害罪は成立しない。

 (3) 被告人は、この事件の当時、何らかの精神障害の影響で、心神喪失か心身耗弱の状態だった。

 と主張しています。これらがこの事件の争点です。

 まず、これらの争点についての検察官の意見を述べ、その後、被告人に対し、どのような刑罰を科すべきかについて述べていきます。

第2 V14さんに対する殺意が認められること

 被告人がV14さんの右前腕部をダガーナイフで切り付けた行為が、殺人未遂罪に該当することは明らかです。

 前提として、この事件の際、被告人が抱いていた殺意の内容がどのようなものであったのかを検討します。

 被告人は、2トントラックを運転し、時速約40数キロメートルの速度で大勢の人でにぎわう歩行者天国の交差点に突入しました。その後、被告人は、トラックを降り、ダガーナイフでその場に居合わせた人を手当たり次第に刺していきました。

 ダガーナイフで攻撃された12名は、当時21歳のV7さんから当時54歳のV9さんまで幅広い年齢層にまたがっており、性別も、男性9名・女性3名とばらばらでした。このうち、V14さんを除く11名は、被告人のダガーナイフによって、胸・腹・背中などの身体の枢要部を刺されていました。

 このことから、被告人が、相手が男性だろうと女性だろうと、若者だろうと老人だろうと、誰かれ構わず、できるだけ多くの人を殺害しようと考えてこの事件を起こしたことは明らかです。

 被告人は、このように、できるだけ多くの人を殺害しようと考えていた中で、V14さんに走りより、至近距離でダガーナイフを持った右手を高く振り上げた後、左下に向かって振り下ろして切り付けました。V14さんの直前に襲われたV13さんも、直後に襲われたV15さんも、被告人のダガーナイフによる攻撃によっていずれも殺害されました。被告人がV14さんを殺すつもりで切り付けたことは明らかです。V14さんが右前腕部を切られるにとどまったのは、切り付けられる直前に、右回りに振り向こうとして体勢を変えたからにすぎず、このことは被告人の殺意を否定する事情とはなり得ません。

 被告人が、V14さんに対し、殺意をもって、ダガーナイフで切り付けたことは明らかです。

 【証拠】各被害者の司法解剖結果及び受傷状況に関する捜査報告書、証人W1さんの証言、V14さんの証言等

第3 被告人は、V18さんが警察官であり適法な職務の執行中であったことを認識していたこと

 続いて、V18さんに対する公務執行妨害罪が成立することについて説明します。

 V18さんは、当時、警察官の制服制帽を着用していました。V18さんが警察官であることは、誰が見ても一目瞭然でした。

 被告人は、そんなV18さんと至近距離で向かい合いました。そして、被告人は、V18さんの左胸付近を目掛けて、数回ダガーナイフを突き出しました。 V18さんが着用していた耐刃防護衣の左胸付近には、このときにできたと認められる損傷がありますが、そのすぐ近くには、大きな文字で「警視庁」と書かれたワッペンが付いていました。また、V18さんが拳銃を取り出して被告人に向け、「ナイフを捨てろ。捨てないと撃つぞ。」と言ったところ、被告人は、それを認識してダガーナイフを捨て、逮捕に応じました。

 また、被告人は、逮捕された後、警察官の質問に素直に答えるとともに、後悔して泣くなどしており、きちんと現状を認識することができていました。

 こうした状況ですから、被告人がV18さんのことを警察官と認識できなかったはずがありません。

 そして、余りにも当然のことですが、被告人は、現に無差別通り魔殺人事件という重大犯罪を実行していたわけですから、自分を追いかけてきた警察官であるV18さんが、被告人を逮捕するという適法な職務を執行中であることを認識できなかったはずがありません。

 被告人がV18さんのことを警察官だと認識していたことは明らかですし、V18さんが適法な職務の執行中であったことを認識していたことも明らかです。

 【証拠】耐刃防護衣及びその状況に関する実況見分調書、V18さん及び証人W2さんの証言等

第4 被告人に完全責任能力が認められること

 1 被告人については、起訴前に精神鑑定(以下「精神鑑定」といいます。)が行われました。精神鑑定を行ったW3医師は、被告人がこの事件の当時、何の精神障害にも罹患していなかったと鑑定しました。

 2 W3医師は、豊富な鑑定経験を有する熟練した精神科医であり、約3か月間の十分な時間をかけ、18回にわたる問診、被告人の両親に対する聴取、多種多様な心理検査、脳波検査等の身体検査などを実施し、膨大な捜査資料をも参照した上で鑑定結果を導きました。精神鑑定の結果が十分に信用できることは明らかです。

 3 弁護人は、精神鑑定が起訴前鑑定であることや、検察官が提供した資料を前提としていること、被告人の言い分を理解したかどうか疑わしいことなどから、精神鑑定の結果が信用できないと主張します。しかしながら、起訴前鑑定であること自体が精神鑑定の信用性に影響を及ぼすものでないことは当然ですし、 W3医師は、検察官が提供した資料につき、弁護人からの指摘も踏まえつつ、その内容を慎重に検討しています。また、W3医師は、通常の精神鑑定よりも長い期間をかけ、多数回にわたり被告人の問診を繰り返しており、被告人の主張を十分に理解したことは明らかです。

 そのほか、弁護人は、この事件の前提となったいわゆる「つなぎ事件」、すなわち、被告人が平成20年6月5日早朝、稼働先の自動車工場で作業着のつなぎを隠されたと思い込んだ出来事が妄想である可能性を十分に検討していない、身体的変調についての考察もない、動機の解明が不十分である、被告人が母親から受けた虐待が人格に与えた影響を軽視しているなどとして、精神鑑定の結果が信用できないと非難しています。

 しかしながら、鑑定人は、弁護人が指摘する点も含め、あらゆる可能性を模索しつつ、鑑定資料の精査や被告人等からの聴取・検討を慎重に、時間をかけて行った上で鑑定の結論を導き出しています。

 したがって、精神鑑定の結果が信用できないとする弁護人の主張は、いずれの点についても失当です。

 4(1)精神鑑定の結果から、被告人が、この事件の当時、何の精神障害にも罹患していなかったことは明らかですから、いわゆる心理的要素、すなわち物事の善悪を判断し、その判断に従って行動をコントロールする能力の有無及び程度を検討するまでもなく、被告人に完全責任能力が認められることは当然です。

 なお、念のため、心理的要素の点だけに着目して検討しても、これらの能力が失われ、あるいは、著しく減退していたことを示す事情は何一つありません。

 (2)まず、被告人が犯行に及んだ動機は、後で詳しく述べますが、「大きな事件」を起こし、自分を無視した者やまともに扱わなかった者に対し、自分の存在をアピールし、存在を認めさせるとともに、その「大きな事件」の原因が自分を無視した者、自分をまともに扱わなかった者、携帯電話サイトの掲示板(以下「掲示板」といいます。)に現れた「偽物」や「荒らし」にあると思わせて、これらの者に「復讐」するためでした。そして、被告人がこのように考えるに至った背景には、自分の容姿へのコンプレックス、交際相手ができないことの悩み、不安定な就労状況に対する不満、自分を無視した者やまともに扱わなかった者、「偽物」や「荒らし」への怒りなどがありました。

 これらの犯行動機やその背景は、病的な妄想などに基づく了解不能で非現実的なものではなく、了解可能で現実的なものでした。

 (3)被告人は、遅くとも、この事件の3日前から計画を立てて準備をし、その計画に沿って、この事件を実行しました。この事件の準備段階から実行に至るまでの被告人の行動は、終始一貫していて、合目的的なものでした。

 (4)被告人は、自分の行為が、多数の人命を奪う犯罪行為であることを正しく認識していました。むしろ、そうした多数の人命を奪う大それた事件を起こすことは、被告人の目的そのものでした。被告人は、そうした行為の違法性を十分に認識していたからこそ、実行直前に至って逡巡し、3回にわたり、犯行現場の交差点を通過するなどしました。

 被告人は、犯行直前まで、自らの行動を掲示板に書き込むなどしており、自らの行動も含めた現状認識を十分に有していましたし、犯行時点においても、歩行者天国の交差点に多数の人がいることを認識していました。また、被告人は、交差点に故意にトラックを突入させて、通行人をはね飛ばした状況や、その後、トラックを降りてから複数の被害者をダガーナイフで刺した状況に加え、周りの人たちの行動等についても記憶しており、主要部分についての記憶の残存が認められました。

 確かに、被告人には部分的な記憶の欠落が認められますが、被告人は、短時間に100メートル以上にもわたって場所を移動しながら、見ず知らずの第三者を殺傷する興奮状態にあった上、犯行後の時間の経過もあいまって、その記憶が部分的に欠落することは十分にあり得ることであり、記憶の欠落に不自然さはありません。

 被告人は、その後も、逮捕しようとした警察官の行動に対して、合理的な行動を取り、拳銃で威嚇されるや、それを認識してダガーナイフを捨て、警察官に逮捕された後も、その質問に素直に答えるとともに、後悔して泣くなどしており、現状認識・判断能力及び違法性の意識には何らの問題もありませんでした。

 (5)被告人は、もともと明るい性格であったものの、幼少期から、思いどおりにならないことがあると、暴力的な行動に出ることがありました。この事件当時の被告人の思考や行動は、こうした被告人のもともとの性格傾向を基盤としたもので、人格の異質性は認められません。

 5 以上述べた通り、この事件の当時、被告人が完全責任能力を有していたことは明らかです。

 【証拠】W3医師作成の精神鑑定書、W3医師の証言、V18さん及び証人W2さんの証言、被告人の捜査段階における供述等

第5 刑の重さを決めるに当たり考慮すべき事情(情状関係)

 1 身勝手極まりない動機に基づく計画的な無差別通り魔殺人事件であり、罪質が極めて悪質であること

 (1)被告人の凶行によって、V1さん、V2さん、V3さん、V7さん、V8さん、V13さん及びV15さんの、7名の尊い命が奪われました。そして、 V4さん、V5さん、V6さん、V9さん、V10さん、V11さん、V12さん、V14さん、V16さん及びV17さんの10名の命も奪われかけました。

 被害者の方々は、皆、日曜日のお昼時に、たまたま秋葉原にいただけで、被告人とは全く面識がありませんでした。当然のことながら、被害者の方々は、誰一人として被告人から襲われることなど予想していませんでした。休日を楽しんでいた方も、仕事に励んでいた方も、誰もが無防備でした。ところが、被害者の方々は、たまたまその場に居合わせたというただそれだけの理由で、突然に被告人から謂われのない攻撃を受け、その命を奪われ、あるいは重軽傷を負わされました。この事件は、被告人が、全く無関係の人々に対し、無差別かつ一方的に襲いかかり、その命を奪い、あるいは奪おうとした悪質極まりない無差別通り魔殺人事件なのです。

 無差別通り魔殺人事件は、文字どおり、全く無関係な一般市民が、無差別に狙われ、突然にその命を奪われます。標的となった被害者は、犯人と全く面識がないのですから、自分が襲われることを予測することは不可能です。いつ、どこで狙われるかさえ全く分からないのですから、無差別通り魔殺人事件から身を守る術はありません。どうして自分が襲われたのかさえ理解できないまま亡くなった人たちの無念さは、到底計り知れません。幸いにして救命された方々も、肉体的苦痛はもちろんのこと、突然、理由もなく襲われたことにより、甚大な精神的衝撃を被ります。愛する肉親を、見ず知らずの犯人に理由なく奪われた遺族が受ける苦しみ、悲しみが計り知れないことも、あえて言うまでもありません。余りにも理不尽で、卑劣極まりない犯罪です。

 無差別通り魔殺人事件は、善良な一般市民の安全を脅かし、社会全体に恐怖を蔓延させます。こうした犯罪を放置すれば、安心して生活を送ることができず、治安の根幹が揺らいでしまいます。こうしたことから、無差別通り魔殺人事件は、あらゆる殺人事件の中でも、最も悪質な犯罪と言わなければなりません。

 (2)被告人が、このような悪質極まりない無差別通り魔殺人事件を計画し、実行した動機は、余りにも身勝手で、同情の余地のないものでした。

 被告人は、「大きな事件」を起こし、自分を無視した者や自分をまともに扱わなかった者に対し、自分の存在をアピールし、存在を認めさせるとともに、その「大きな事件」の原因が自分を無視した者、自分をまともに扱わなかった者、「偽物」や「荒らし」にあると思わせて、「復讐」するためにこの事件を実行しました。

 被告人は、短期大学を卒業後、転職を繰り返す中で、就労状況が不安定であったこと、自分の容姿に対するコンプレックス、交際相手が見付けられないことなどに思い悩むようになり、平成18年ころから、その悩みや苦しみを掲示板に書き込むようになり、そこが自分の唯一の居場所であると感じるようになりました。しかし、平成20年5月終わりころから、被告人になりすました「偽物」や、無意味な書き込みをして読みにくくする「荒らし」が掲示板に頻発するなどし、被告人が悩みや苦しみを書き込んでも、それに対する返事として被告人を思いやる書き込みがほとんどなくなりました。

 被告人は、「偽物」や「荒らし」のせいで、自分の唯一の居場所までがなくなり、自分の存在が殺されたと感じるようになりました。さらに、被告人は、それまで慰め等の書き込みをしてくれた者たちに対しても、自分のことを裏切り、無視していると感じました。被告人は、自分から唯一の居場所を奪った「偽物」や「荒らし」や、自分の悩みや苦しみをまともに受け取らず、自分を裏切って無視している者たちを許せないと感じました。被告人は、自分以外の者全てが敵だと思い、怒りを深めていき、「みんな死んでしまえ。」と思うようになりました。

 被告人は、静岡県裾野市にある自動車製造工場で働いていた平成20年5月下旬から同年6月初旬にかけて、解雇通告を受けた直後にそれが撤回されたことから、その工場にとって、自分はほかの人と交換可能な存在にすぎず、まともな存在とは認められていないと感じ、ますます自分以外の者に対する怒りを深めました。そして、被告人は、同月5日の早朝、その工場の更衣室に置いていた作業着のつなぎが見付からなかったことから、誰かが嫌がらせで自己のつなぎを隠したと考え、工場を辞めろと言われていると感じ、激怒しました。

 被告人は、寮に帰った後、誰かが思いやりのある返事をしてくれることを期待して、掲示板に、そうした出来事や工場を辞めることなどを書き込みました。しかし、それに対する慰めやアドバイス等の反応はありませんでした。

 被告人は、自分の悩みや苦しみが無視され、誰にもまともに扱ってもらえないことに我慢ができなくなりました。

 被告人は、ついに怒りを爆発させ、「大きな事件」を起こし、自分を無視した者や自分をまともに扱わなかった者に対し、自分の存在をアピールし、存在を認めさせようと思いました。さらに、被告人は、「大きな事件」を起こすことで、その「大きな事件」の原因が自分を無視した者、自分をまともに扱わなかった者、「偽物」や「荒らし」にあると思わせて、これらの者に「復讐」したいと考えて、この事件を実行したのです。

 被告人が自らの境遇を思い悩んでいたことは事実ですが、被告人よりもよほど苦しい境遇にある人はいくらでもいますし、被告人がいかなる境遇に置かれていたとしても、悪質極まりない無差別通り魔殺人事件を起こしたことを正当化する理由になり得ないことは言うまでもありません。まして、掲示板に「偽物」や「荒らし」が現れたことや、被告人の書き込みに対して思いやりのある反応がなかったことなど、論ずるに値しない程度の出来事です。

 それにもかかわらず、被告人は、自分を無視した者、自分をまともに扱わなかった者、「偽物」や「荒らし」に対する個人的な不満や怒りを、これらの者とは何の関係もない見ず知らずの人々を無差別に殺傷することで解消しようとしたのです。こうした犯行動機は、余りにも身勝手で、自己中心的と言うほかありません。

 (3)なお、被告人は、この法廷で、この事件の動機につき、「この事件を起こしたとき、自分の容姿が不細工であると悩んでいたことはなく、交際相手が見付からないことで思い悩んでいたこともない。就労状況が不安定だったことや、工場で解雇通告を受けたこと、作業着が見付からなかったことなどは、この事件とは関係ない。私がこの事件を起こした理由は、掲示板に現れた『偽物』や『荒らし』に対し、自分が怒っていることを伝えるためであり、『復讐』したかったわけでもない。」などと供述し、捜査段階の供述の一部を否定しました。

 被告人のこの法廷での供述は、要するに、掲示板に出現した「偽物」や「荒らし」に対抗するためというただそれだけの理由で、何の罪もない無関係の人々を殺傷したとするもので、ある意味、捜査段階の供述にもまして身勝手で、全く酌量の余地のないものです。仮に、この供述が真実であったとしても、被告人の刑事責任を軽減する理由には到底なり得ません。

 しかしながら、検察官は、被告人の捜査段階における供述は、十分に信用することができる一方、被告人のこの法廷での供述の信用性は低いと考えます。

 まず、弁護人は、被告人の捜査段階における供述調書は、被告人が供述の訂正を申し立てたにもかかわらず、検察官が訂正に応じなかったなどとして、任意性を欠くなどと主張します。しかし、検察官は、複数の検察官調書に被告人の申立てに基づく供述の追加・訂正を行っています。その内容も、例えば、殺人罪の枢要部分と言うべき殺意の有無に関する供述が訂正されているなど、検察官が被告人の申立てを受け、忠実に供述調書の訂正を行っていたことが明らかです。また、4回にわたり実施された取調べの録音、録画状況から、検察官が調書作成後、被告人に対し、追加・訂正したい部分がないかを毎回確認していたことが明らかで、うち3回は、被告人から何らの申立てもなされず、うち1回は、被告人の申立てに応じ、その申立てどおりの訂正を施したことも認められます。しかも、被告人は、録音・録画された取調べの中で、検察官に対し、取調べの際にきちんと供述の追加・訂正ができたこと、被告人の記憶にあることだけを調書に録取していること、自由に供述することができたこと、取調べに対して不満がないことなどを自認しています。被告人の捜査段階における供述が、任意にされたものであることは明らかです。

 被告人の捜査段階における供述は、記憶が新鮮な時期に、検察官が被告人とじっくりと話をしていく中で録取されました。その供述内容を見ても、被告人が自分の容姿にコンプレックスを抱いていたこと、交際相手が見付からないことで思い悩んでいたこと、工場で解雇通告を受けたときの気持ち、作業着を隠されたと思い込んだときの激しい怒り、この事件を決意するまでの心の動きなどは自然であり、被告人が掲示板に書き込んでいた内容とも整合しています。確かに、被告人の記憶が乏しい部分も存在しますが、そのような部分については、その旨がはっきりと録取してあり、かえって供述全体の信用性を高めていると言えます。被告人の捜査段階における供述が十分に信用できることは明らかです。

 他方、被告人は、この法廷での供述につき、「2年間、いろいろ証拠を見ているうちに思い出した。」と弁解しますが、事件から相当の時間が経過した後に初めて犯行動機を思い出すなどということ自体が不自然極まりありません。しかも、被告人のこの法廷での供述は、被告人が掲示板に書き込んだ内容と、多岐にわたって矛盾しています。被告人は、「掲示板に書き込んだ内容はあくまで『ネタ』であり、本心ではない。」などと弁解しますが、作業着を隠されたと思い込んだ後の執拗なまでの怒りの表現など、冗談とは到底考えられません。被告人がその直後から凶器を購入するなどしてこの事件の準備を始めていることからすれば、この出来事がこの事件と無関係であるとするのは余りにも不自然です。被告人のこの法廷における供述の信用性は、低いと言わなければなりません。

 先に述べたとおり、被告人のこの法廷における供述は、決して被告人に有利なものではなく、被告人が供述を変えた真の理由は不明であると言わざるを得ません。しかし、被告人は、この法廷で、例えば、掲示板で知り合ったW4さんの家に泊まった際、W4さんの体に性器を押し付けた旨の捜査段階の供述を翻し、そのような行動をとったことはないと断言するなど、恥ずかしいと感じられる事実を否定しようとする傾向が顕著に見受けられます。こうした点については、W3 医師も、「自分が不細工だというふうに思っているとか、そういうことに焦点が当たりすぎると、被告人としてはやはり本意ではないんだと思うんですね。」「自虐的ネタだとは言いつつも、やはりそれは悩みの1つであったというのは確かなんだと思います。ただ、そこを事件と結び付けてほしくない、それからそのことだけではなくて、ほかにも被告人がそれは違うというふうには話す部分があると思いますが、それはやはり事件と直接の原因であるかのように結び付けてほしくないという思いの表現なんだというふうに私は理解します。」と分析しており、被告人は、こうした気持ちから、供述を変遷させたものと推察されます。

 (4)被告人は、遅くともこの事件の3日前から、無差別通り魔殺人事件を行う計画を立て、その計画に沿って周到な準備を行った上で、この事件を実行しました。

 被告人は、何度も秋葉原に行ったことがあり、秋葉原では、日曜日の正午から中央通りが歩行者天国となり、普段よりもたくさんの人でにぎわうことを知っていました。そこで、被告人は、秋葉原の歩行者天国で、通行人をトラックではね、続いて、通行人をナイフで刺して殺害しようと決めました。

 被告人は、このように決めるや、平成20年6月6日、福井市内のミリタリーショップに行き、そこでダガーナイフ1本、折りたたみ式ナイフ1本、ダイバーズナイフ1本、ユーティリティナイフ3本、特殊警棒1本及び滑り止めの手袋を購入しました。また、被告人は、同月7日の朝、秋葉原でゲームソフトとパソコンを売却してレンタカーを借りる資金を作り、同日夕方、静岡県沼津市内のレンタカー営業所で、2トントラックを予約しました。

 被告人は、同月8日朝、2トントラック(以下「本件トラック」といいます。)を借りると、一旦寮に戻り、鞘に入ったダガーナイフ1本をベルトの右腰辺りに付け、折りたたみ式ナイフ1本を着ていたジャケットの左内ポケットに入れ、鞘に入ったユーティリティナイフ1本を右足の靴下に隠しました。また、被告人は、ほかの鞘に入ったユーティリティナイフ1本と鞘に入ったダイバーズナイフ1本もリュックサックの中に入れ、本件トラックの補助席の上に置きました。

 その上で、被告人は、本件トラックを運転して東京に向かい、秋葉原に到着した後の同日午後零時10分ころ、それまで書き込みをしていた掲示板の親記事のタイトルを「秋葉原で人を殺します」に書き替え、書き込みを「車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフを使います みんなさようなら」と書き替えた上、「時間です」と書き込み、無差別殺人を予告しました。

 このように、被告人は、身勝手極まりない動機から無差別通り魔殺人事件を計画し、周到に準備した上で、あらかじめ立てた計画どおりにこれを実行し、その結果、7名を殺害し、10名に重軽傷を負わせて、狙いどおりに「大きな事件」を起こしたのであって、この事件の罪質は悪質極まりありません。

 2 犯行態様は、執拗かつ卑劣で残忍極まりないこと

 (1)本件トラックによる犯行

 被告人は、平成20年6月8日午後零時33分ころ、外神田三丁目交差点(以下「本件交差点」といいます。)に向かって本件トラックを走行させ、多数の通行人が本件交差点内を横断していることを認識した上で、アクセルを踏み込んで前方の車を追い抜き、ブレーキを踏むことなく、赤色の対面信号を無視し、時速約40数キロメートルの速度で本件交差点に突入しました。

 そして、被告人は、本件トラックの前部を、本件交差点内を横断していたV1さん、V2さん、V3さん、V4さん、V5さんに衝突させ、V1さん、V2さん、V3さんをはね飛ばしました。その瞬間、「ドーン」と大音響が周囲に響き渡り、本件トラックのフロントガラスは蜘蛛の巣状にひび割れ、サイドミラーや方向指示灯が破損しました。

 V1さんは、高く舞い上がり、本件交差点の北東角付近まで飛ばされて倒れました。また、V3さんは、本件交差点の中央付近に倒れ、V2さんは、本件トラックの車体の下に巻き込まれて引きずられた後、本件交差点の東側横断歩道上に倒れました。V4さんとV5さんも、本件交差点内に倒れ込みました。

 V1さんに対しては、一緒にいたV1さんの長男がすぐに駆け寄りましたが、全身を強打して既に意識を失い、医師であるV1さんの長男が一目見て助からないと判断せざるを得ないようなひどい状態でした。V1さんは、搬送先の病院で、右肺臓挫傷、胸部大動脈破裂及び肝破裂により亡くなりました。

 V3さんに対しても、近くにいた人たちが駆け寄りましたが、既に意識がなく、その頭部から流れ出る大量の血が広がっていくのを見ているほかない状態でした。V3さんは、搬送先の病院で、右側頭部後部打撲に基づく頭蓋底骨折による脳幹部損傷により亡くなりました。

 V2さんは、本件トラックの車体の下に巻き込まれて引きずられ、タイヤに踏みつけられて、横断歩道上に倒れ込んだときには衣服がぼろぼろで、体も傷だらけの状態でした。V2さんは、搬送先の病院で、骨盤骨折及び脳挫傷により亡くなりました。

 V4さんは、全治まで約2週間を要する全身打撲、顔面打撲の傷害を負い、V5さんは、加療約1週間を要する腰部打撲の傷害を負いました。

 こうして、まず、被告人は、一瞬のうちに3名の命を奪い去り、2名に傷害を負わせました。

 (2)ダガーナイフによる犯行

 被告人は、本件交差点をそのまま直進し、路上に本件トラックを停止させると、ズボンのベルトに固定していた鞘からダガーナイフ1本を取り出し、それを右手に持って、本件トラックから降り、神田明神通りの車道を本件交差点に向かって走りました。

 被告人は、最初に目に付いたV6さんに駆け寄ると、その背後から、いきなり左背部をダガーナイフで1回突き刺しました。V6さんの肋骨が欠けてしまったほどの強い力で突き刺しました。V6さんは、歩道の端に座り込みました。一緒にいたV6さんの交際相手のW5さんは、よく状況が飲み込めないまま、「いやだ、いやだ。」と声を上げるしかありませんでした。V6さんは、全治まで6か月間を要する左第11肋骨骨折、左血気胸、横隔膜損傷、脾損傷、左背部刺創及び肺挫傷の傷害を負いました。

 続いて、被告人は、V7さんに襲いかかりました。V7さんは、本件交差点付近の店舗でアルバイトをしていたとき、大音響を聞いたことから建物の外に出て、走り去ったトラックの方に近づいていました。V7さんは、被告人の姿に気付くと、恐怖の余り、2、3歩後ずさりしました。被告人は、そんな無抵抗の V7さんの右胸部を、ちゅうちょなく正面からダガーナイフで1回突き刺しました。V7さんは、道路脇に倒れ込み、「痛い、痛い。」と声を上げて苦しみました。V7さんは、病院に搬送されましたが、右季肋内側部の刺創に基づく肝臓右葉及び下大静脈の切損による失血により亡くなりました。

 次に、被告人は、近くにいたV8さんに狙いを定めました。被告人は、V8さんに駆け寄るや、すれ違いざまに、体を反転させて逃げようとしたV8さんの左背部をダガーナイフで1回突き刺しました。V8さんは、ゆっくりと歩いて道路脇に倒れ込み、同日午後零時36分ころ、携帯電話で119番通報して、「刺された。背中を刺された。息苦しい。」と言って助けを求めましたが、搬送先の病院で、左背部刺創に基づく左肺損傷による失血により亡くなりました。

 本件交差点東側で信号待ちをしていたタクシー運転手のV9さんは、本件トラックが人をはね飛ばしたのを目撃し、近くに倒れていたV2さんを助けるためにタクシーを降りて、V2さんに近づきました。被告人は、そんなV9さんにも容赦なく襲いかかりました。被告人は、V9さんの右側胸部をダガーナイフで1回突き刺しました。V9さんは強い衝撃を受けてその場にしゃがみ込んだ後、激痛の余り、転げ回りました。V9さんは、全治まで約6か月間を要する右側胸部刺創、右肺損傷、肝損傷、横隔膜損傷及び右血気胸の傷害を負いました。

 被告人は、V9さんに続いて、トラックにはねられた人を助けるために本件交差点に入ってきていた人たちに凶刃を向けました。被告人が走る先には、V3さんを介抱していた警察官のV10さんがいました。被告人は、V10さんの背後から、その無防備な背中をダガーナイフで1回突き刺しました。V10さんは、少し歩いた後、その場に倒れ込みました。V10さんと一緒にV3さんを介抱していた部下のW6さんは、目の前で上司が刺されるのを目撃し、必死でその傷口を押さえて止血を行いました。V10さんは、全治まで約3か月間を要する左第9肋間背部刺創、左外傷性血気胸、肺損傷、出血性ショック、外傷性気管肺静脈痩、外傷性空気塞栓症などの障害を負いました。

 V11さんも、V3さんを助けるために駆け寄った1人でした。V10さんを刺した被告人は、すぐ近くにいたV11さんを次の目標に定めました。被告人は、正面から、V11さんの右下腹部をダガーナイフで1回突き刺しました。その傷は、V11さんの体を貫通して背中側にまで及びました。V11さんの服にはみるみるうちに血がにじみ、V11さんは、その場に倒れ込みました。V11さんは、全治まで約3か月間を要する後腹膜血腫、結腸損傷、腹腔内出血、出血性ショック、右下腹部刺創及び右腎外傷の傷害を負い、片方の腎臓を摘出しなければなりませんでした。

 さらに、被告人は、本件交差点の南端付近にいたV12さんを襲いました。被告人は、背後から、V12さんの右腰背部をダガーナイフで1回突き刺し、 V12さんは、その場にうつぶせに倒れ込みました。V12さんが着ていた黄色いTシャツは、血で真っ赤に染まりました。V12さんは、腰背部刺創、腸腰筋・脊柱筋損傷、腰椎椎弓骨折、馬尾硬膜損傷の傷害を負い、その後遺症として、完治する見込みのない膀胱直腸障害及び下肢麻痺が残りました。

 次に狙われたのは、V13さんでした。被告人は、本件交差点西端付近にいたV13さんの下腹部を、正面から、ダガーナイフで1回突き刺しました。V13 さんはしゃがみ込んでカラーコーンにしがみつきましたが、やがて、その場に倒れました。V13さんの腹部の傷口からは腸がはみ出し、おびただしい量の血液が流れ出ました。V13さんは、病院に搬送されたものの、腹部刺創に基づく左内腸骨動脈切断及び左総腸骨静脈損傷による失血によりなく亡りました。

 たまたま被告人の進行方向に立っていたV14さんも、被害に遭いました。被告人は、V14さんとすれ違いざまに、ダガーナイフでV14さんに向かって切り付けました。幸い、切り付けられる直前にV14さんが体の位置を変えていたため、ナイフの刃はV14さんの右前腕部に当たり、大事には至りませんでしたが、V14さんは、全治まで20日間を要する右前腕部切創の傷害を負いました。

 その後、被告人は、進路を変えて中央通りの車道上を南に向かって走り、今度は喧騒の中逃げ惑う人々に凶刃を振るいました。

 まず、被告人は、中央通りの西側の車道上を友人と一緒に歩いていたV15さんに襲いかかりました。被告人は、V15さんの正面から、その前胸部をダガーナイフで1回突き刺しました。V15さんは、刺された後、中央通りを横断し、東側の道路脇に倒れ込みました。通りかかった医師や介護福祉士が懸命の救命措置を行いましたが、V15さんは、搬送先の病院で、右前胸部刺創に基づく右房損傷、右肺損傷による失血により亡くなりました。

 V16さんは、妻、娘とともに休日の秋葉原を楽しんでいたところ、突然、周囲の人が逃げ始めたのを見て、ただならぬことが起きたと感じ、中央通りを南方向に向かって走っていました。その背後から走ってきた被告人は、背を向けているV16さんに対し、その右背部をダガーナイフで1回突き刺しました。V16 さんは、しばらく走った後に路上に倒れ込みました。夫が刺されるのをすぐ近くで目の当たりにしたV16さんの妻は、夫が死んでしまうのではないかとの不安に襲われながら、懸命に止血を行いました。V16さんは全治まで約2か月間を要する右背部刺創、外傷性肺損傷、横隔膜損傷及び肝損傷の傷害を負いました。

 V17さんも、V16さんと同じく、何が起きたのかも分からないまま、中央通り西側の車道上を南方向に走って逃げていました。被告人は、そんなV17さんにも刃を向け、その背後から、左背部をダガーナイフで1回突き刺しました。V17さんは、傷を負いながらも必死で走り、やがて路上に倒れました。V17 さんは、全治まで約2か月間を要する左背部刺創、右後腹膜血腫、傍脊柱筋断裂及び右腎臓損傷の傷害を負いました。

 被告人は、V17さんを刺した後、追跡してきたV18さんに追いつかれ、V18さんと向かい合いましたが、観念することなく、ダガーナイフでV18さんの胸を突き刺そうとしました。V18さんが耐刃防護衣を着ていたため、けがをしないで済みましたが、被告人は、耐刃防護衣の内側の金属板が損傷するほど強い力で、V18さんの胸を突き刺そうとしました。さらに、被告人は、V18さんを殺害するため、V18さんの上半身目掛けてダガーナイフで切り付けました。しかし、V18さんは、警棒で応戦したので、切られずに済みました。

 (3)被告人が本件トラックで本件交差点に突入してから、逮捕されるまでの時間は、僅か数分間でした。その僅かな間に、被告人は実に18名もの人々に対する殺害行為に及び、このうち7名の方の尊い命を奪い去り、10名の方に重軽傷を負わせました。

 被告人は、できるだけ多くの人を殺害するために、たくさんの通行人が行き交う歩行者天国の交差点に、赤信号を無視し、時速約40数キロメートルの速度で本件トラックを突入させ、無防備な人々をはね飛ばしたもので、その犯行態様は、誠に卑劣で残虐です。

 また、被告人は、トラックを降りた後も、目に付いた人をダガーナイフで次から次へと手当たり次第に突き刺し続けました。結果的に右腕を切られるにとどまったV14さんを除いて、被告人は、それぞれの被害者の身体の枢要部を、殺傷能力の高いダガーナイフで、過たず突き刺していきました。

 被告人の凶行は、歩行者天国を、一瞬のうちに地獄に変えました。逮捕されるまで次々に人を襲い続けた執拗さ、老若男女を問わず、倒れた人を助けようとした人や背中を向けて逃げ惑っていた人までも容赦なく刺し続けた卑劣さ、確実に命を奪い去るために身体の枢要部を狙って力強く突き刺し続けた残忍さは、正視に耐えないものであり、人間性のかけらも感じ取ることができない悪魔の所業と言わなければなりません。

 3 結果が余りにも重大であり、遺族及び被害者の処罰感情が峻烈であること

 (1)殺害された各被害者とその遺族について

 被告人の凶行によって、7名の方の尊い命が奪われました。

 この7名には、何の落ち度もなく、ただ、秋葉原で、日曜日を楽しく過ごしたり、仕事に励んだりしていただけでした。

 それなのに、突然、大きなトラックにはね飛ばされ、あるいは、鋭い刃物で突き刺された各被害者が、死の間際に感じたであろう恐怖、悲しみ、無念さは、想像を絶するものです。

 7名もの人々に対し、耐え難い苦痛を与え、その命を奪い去ったこの事件の結果の重大さは、我が国の犯罪史上でもまれに見るものです。

 また、この蛮行で最愛の家族を失った遺族の悲しみと怒りは、到底筆舌に尽くし難く、いずれの遺族も、被告人の極刑を切望しています。

 ア V1さんとその遺族

 V1さんは、この事件の当日、長男と一緒に、秋葉原で買い物を楽しんでいました。ところが、V1さんは、長男の目の前で、突然、被告人が運転するトラックにはね飛ばされて亡くなりました。74歳でした。

 V1さんは、長年にわたり、地域に密着した歯科医師として活動し、地域住民から敬愛されていました。好奇心や探求心が強く、正義感の強い人柄でした。 V1さんは、こうした信念を子育てにも反映させ、厳しくも優しく、長男と長女の2人の子供を育て上げました。V1さんの長男と長女は、いずれも父の影響を受け、人を助ける仕事をするために医学の道に進みました。そして、V1さんは、この事件の約2か月前の平成20年3月31日、皆に惜しまれつつも歯科医師を引退し、第二の人生を踏み出したばかりでした。

 V1さんは、被告人の凶行の犠牲になることがなければ、これからの人生を悠々自適に過ごされていたことでしょう。

 長年にわたって実直に地域に貢献してきたV1さんが、このような身勝手な犯行の犠牲となり、理不尽にも命を落としたことに対し、V1さんの遺族は深い悲しみに暮れ、被告人に対する強い怒りをあらわにしています。

 V1さんの妻は、結婚50年の節目を目前にして、突然、長年連れ添った最愛の夫を奪われました。V1さんの妻は、「主人には、まだまだたくさんやりたいことがあったはずでした。孫たちが、それぞれ、どういう方向に進んでいくのか、どのように成長していくのかを見届けたかったと思います。さぞかし、無念だったと思います。」と、無念の死を遂げた伴侶の心中を慮る一方で、「あれだけの多くの人を殺し、傷つけたのですから、当然、犯人の責任は、死に値します。」と、被告人に対する強い憤りを述べ、その極刑を望んでいます。

 また、医師であるにもかかわらず、目の前でトラックにはね飛ばされた父を助けることができなかったV1さんの長男は、この事件について、「これは社会に対するテロです。一市民として許せません。個人的な嫉妬、怨嗟、そういった感情を全く関係のない第三者にぶつけ、これだけの犠牲者を出し、そして多くの遺族を作ったこと、すべてに対してであります。」と評し、怒りを抑えることができないでいます。V1さんの長男は、今でも毎日父のことを思い出し、「なぜあの日あの時間にあの場所に僕がいながら、行ってあのことに巻き込まれなくてはいけなかったのか、無念です。」と、無力感を引きずっています。その上で、 V1さんの長男は被告人の処罰について、「日本国とその法に正義があると信じ、私は裁判所に、裁判官の方々にすべてお任せしたいと思います。」と述べた上で、「法治国家である日本国の法律に従って、被告人が犯した罪にふさわしい刑罰を与えてほしいという意味に受け取ってよろしいでしょうか。」との検察官の質問に対し、「結構です。」と答えました。明言こそされませんでしたが、被告人に対し、V1さんの長男が極刑を望んでいることは、言うまでもありません。

 V1さんの長女は、「父のことを思い出すと、本当に辛くて涙が出ます。」「パパの人生、立派でした。私たち夫婦も、子供たちも、パパからもらった正義感を大切にして、真っ直ぐに生きていくことを約束するね。」などと述べる一方で、「犯人は、この世から絶たれるべき存在です。犯人に対する刑罰は、死刑しか考えられません。」と峻烈な処罰感情をあらわにし、極刑以外は考えられないと述べています。

 イ V2さんとその遺族

 V2さんは、事件当時、大学2年生でした。事件当日は、仲の良かったV3さん、V5さん、V4さんと一緒に映画を見た後、いつものように、秋葉原で買い物を楽しんでいました。しかし、V2さんは、被告人が運転するトラックにはね飛ばされて亡くなりました。19歳でした。

 V2さんは、出生後間もなく、母方の実家の跡取り息子として母方の祖父と養子縁組し、両親・養父の愛を一身に受けて育ちました。明るい性格で、大勢の友達に囲まれて幸せな少年時代を過ごしました。人見知りをせず、初対面の人とも気さくに話ができるV2さんは、正に学級のムードメーカーでした。中学2年生のときと高校1年生のときには、イギリスに研修に行き、充実した日々を過ごしました。将来はコンピュータ関係の仕事をしたいと考えて情報関連の大学に進み、片道2時間30分の時間をかけて大学に通い、勉学に勤しんでいました。また、動物が大好きで、平成20年の夏休みには、父と、手乗りのジュウシマツを育てる約束をしていました。

 そんなV2さんの死は、多くの人の心に、深い悲しみと激しい憤りを植え付けました。

 V2さんの実父は、「私にとって、V2は、全てでした。」「そのV2を、突然、殺されてしまったのですから、全てを奪われてしまったという気持ちです。」「V2のことを考えると、胸が辛い気持ちで一杯になってしまい、V2の後を追ってあげたくなって、自殺しそうになってしまいます。」と述べるように、限りない苦しみと悲しみに苛まれ続けています。そして、V2さんの実父は、「犯人の男の処罰は、当然、死刑以外には考えられません。一日も早く、死刑の判決を出してくれることを心から願っています。」と、被告人の極刑を切望しています。

 V2さんの実母も同じ気持ちです。V2さんの実母は、「V2の人生はこれからだったのです。これから、やりたいことをやるはずだったのです。大学生活を楽しむはずだったのです。彼女ができて恋愛をするはずだったのです。社会人になって、仕事をするはずだったのです。結婚して、家庭を持つはずだったのです。」「痛いよ。苦しいよ。助けてよ。死にたくなかったよ。まだまだ生きていたかったよ。私には、このようなV2の声がはっきりと聞こえるのです。」「V2の19年間の重みは計りしれません。加藤を死刑にしてください。」と、被告人が極刑に処されることを切に訴えています。そして、V2さんの実母は、意見陳述の中でも、「寝ても覚めても、息子の血まみれ、身体じゅうバラバラに打ち砕かれた姿を脳裏からぬぐいさることができません。」「世の中で、これ程無惨で又不条理なことがありましょうか。」「この無念さを二度と起こさない為にも、この事件の罪の深さを世の中の人にわかっていただき、二度と、このようなことが起こらない、起こさないという認識が定着すべくだけの量刑を求めるものであります。」と、時が流れても癒やされることのない、やりきれない無念さを述べています。

 V2さんの祖父であり、養父でもある方も、「V2がどれほど無念な思いをして死んでいったのか、私ども家族がどれほど辛い思いをしているのかが分からないのか。」「V2や亡くなった方々の無念を晴らすため、そして、加藤のまねをする者がこれ以上出ないようにするために、加藤を極刑に処していただきたいと考えております。」と述べて、やはり被告人の極刑を望んでいます。

 ウ V3さんとその遺族

 V3さんも、V2さんと同じ大学の2年生でした。そして、V3さんも、V2さんら仲の良い友人たちと一緒に横断歩道を歩いていたとき、被告人の運転するトラックにはね飛ばされて落命しました。19歳でした。

 一人息子として生まれたV3さんは、その両親が述べるとおり、両親の「心の支え」でした。未熟児として生まれ、周囲をはらはらさせましたが、その後はすくすくと元気に育ちました。幼少期のV3さんは、せっかく虫を捕まえても「かわいそうだから。」と逃がしてあげるような、心の優しい少年でした。中学時代はハンドボール部の練習や試合で汗を流し、大勢の友達に囲まれて楽しい毎日を送りました。高校ではコンピュータ部に入ったほどコンピュータが好きで、情報関連の大学に進み、将来は、システムエンジニアやプログラマーを目指していたと思われます。V3さんは、常に両親のことを気に掛けていました。V3さんは、この事件の約3か月前からアルバイトを始めましたが、そのアルバイトも、家計の負担を考えて始めたものでした。正にこの事件があった日も、秋葉原から一旦帰宅し、いつものように母が作った晩ご飯を食べた後、アルバイトに行く予定でした。しかし、V3さんが家に帰ってくることはありませんでした。

 正に家族の「心の支え」だった一人息子を失った両親の悲しみと苦しみは、筆舌に尽くし難いほどです。V3さんの父は、「V3を失った悲しみは計りしれません。V3は、私と妻にとって、本当に大きな存在だったのです。」「私と妻は、これから何を生きがいに生きていけというのでしょうか。」と、愛する息子を失った喪失感に打ちひしがれながら、「犯人がV3の命や人生や何もかもを奪ったのです。犯人を、私の手で殺してやりたいとさえ思いました。犯人の加藤智大に対しては、一刻も早く死刑にしてほしいという思いだけです。死刑以外はあり得ません。死刑以外は納得できません。」と、被告人に対する激しい憤りをあらわにし、被告人の処罰は極刑以外にあり得ないと述べています。そして、V3さんの父は、意見陳述において、「加藤、良く聞け。お前はなんて、ばかな取り返しのつかない事をしてくれたんだ。一体、お前に、7人もの人を殺し、10人の人に重軽傷を負わせる権利がどこにあるんだ。学生や社会人として普通に生きている人を殺傷したお前を、俺は、絶対に許すことはできない。」「俺の息子を返せ。息子はどんなにお金を払っても、どんなに最先端の医療を尽くしても、生き返らないんだ。そのことが、お前には分かっているのか。」「あの忌まわしい17人もの殺傷事件を起こし、被害者や遺族に耐え難い恐怖や悲しみ、苦しみ、辛さを与えた加藤を、私は、絶対に許すことはできません。是非、極悪非道の加藤を死刑にしてください。」と述べ、今もなお、被告人に対する凄まじいほどの怒りを持ち続けています。

 V3さんの母も、大切な一人息子を失った悲しみから抜け出すことができないでいます。V3さんの母は、「V3は、私と主人の間に生まれたたった一人の大切な息子でした。私の生き甲斐でした。近い将来、大学を卒業して、就職をして、恋愛をして、結婚をして、子供を作って、幸せな家庭を築いてくれるものと思って、将来を楽しみにしていました。」「そんな私の生き甲斐だったたった一人の息子を、ある日突然失った気持ちは、何と言っていいのか分からないくらい、つらい思いをしています。とにかくV3に会いたいんです。」「V3を殺した犯人に対する気持ちを聞かれました。V3のことを考えたら、許せるはずがありません。当然、死刑になってもらわなければ困ります。」と述べて、V3さんの父と同様、被告人が極刑に処せられることを強く望んでいます。

 エ V7さんとその遺族

 V7さんは、事件当日、秋葉原でアルバイトに勤しんでいたところ、被告人がトラックでV3さんたちをひいた犯行に遭遇し、110番通報をするなどした後、被告人にダガーナイフで刺され、亡くなりました。21歳でした。(一部略)

 この事件が起きた直後、アルバイト先の店舗から出て、すぐに被告人のトラックが走り去った方向に向かうV7さんの姿が防犯カメラに撮影されていました。その直後にV7さんの携帯電話から110番通報がされていることから、V7さんは、正義感から、V3さんらをはねたトラックを確認し、通報するために、店舗から出てトラックの方に向かったものと推測されます。しかし、被告人は、そんなV7に容赦なく襲いかかり、無惨にもその未来を打ち砕きました。(一部略)

 オ V8さんとその遺族

 V8さんは、この事件の当日、秋葉原で買い物を楽しんでいたところ、被告人にダガーナイフで刺され、亡くなりました。47歳でした。

 幼いころからV8さんは、家族思いで、仕事が忙しかった両親の頼みを快く引き受け、お使いに行っていました。中学生のときには、クラスで生徒会長選挙に立候補する生徒が誰もいなかったので、自ら進んで立候補したこともあるほど積極的な少年でした。高校を卒業した後には、警察官を経て、オートバイ販売店、自動車などのモデルを作る会社などで働きました。そして、平成2年には、妻と恋愛結婚し、妻との間に長男をもうけました。V8さんは、長男を可愛がり、いろいろなところに連れて行ったり、勉強を教えるなどして、その成長を楽しみにしていました。V8さんの長男も、優しく物知りな父親を尊敬していました。(一部略)V8さんは、家庭では、よき夫、よき父親であり、V8さんの家族は、そんなV8さんを頼りにしていました。

 この事件が起きたとき、V8さんは、本件交差点付近で被告人が運転するトラックが人をはね飛ばすのを目撃し、そのトラックが走り去った方向に移動しました。そこで、V8さんは、走ってきた被告人の目にとまり、ダガーナイフで刺されてしまったのです。当然のことですが、V8さんの遺族は、限りない悲しみの淵に立たされ、V8さんの命を奪った被告人に対する激しい怒りをあらわにしています。

 V8さんの妻は、「あの人の人生は、いったい何だったのと思えて、不憫でなりません。」「息子の成長した姿を見届けられずに死ななければならなかったのですから、本当に無念だったと思います。」「V8が、どそれだけ痛かったのか、どれだけ苦しんだのか、どれだけ死ぬのが怖かったのか、どれだけ生きたかったのかと思うと、かわいそうでたまりません。」と、死の間際の夫の心中を思いやる一方で、被告に対しては、「きちんと、自分のやったことで、どれだけ多くの人がつらい思いや悲しい思いをしているのかをきちんと分かって、自分のやったことを後悔して、悔やんで、苦しみ抜いて、死んでほしいです。」と、激しい怒りを抱き続けています。

 V8さんの長男は、事件直後、「俺は、これから、誰を頼りにすればいいんだ。肝心なことを誰に相談したらいいんだ。」と言って泣き出したといいます。(一部略)V8さんの死は、長男の心にも深い傷を負わせ、暗い影を落としているのです。

 また、V8さんの母も、「V8がどれだけ無念だったかと思うと、たまらない気持ちになります。いくら、私がV8のことを思ったところで、V8は絶対に帰ってきません。いくら時間が経っても、V8を思う気持ちは、なくなりません。」「犯人の加藤に対しては、憎しみしかありません。もし、許されるなら、私がこの手で刺してやりたい。加藤に対しては、当然、死刑を望みます。」と、被告人の極刑を切望しています。V8さんの母は、意見陳述でも、「私の部屋には 2008年6月8日、この日で止まってしまった暦がある。世間では2010年になっているかもしれないけど、私の中では、2008年6月8日のままだ。」「私が1人でいる時は、息子は、いつも側に居てくれる、そんな感じがしてる。」「時間を逆回ししてでも息子を返してくれ。あの日、出かける時用事を1つ頼んでいたらあの時間にあの場所にいなかったかもしれないと思うと、悔しい。会いたい。声が聞きたい。」と、時間が止まってしまったような喪失感と、亡き息子に対する強い想い、被告人に対する激しい憤りを訴えました。

 カ V13さんとその遺族

 V13さんは、この事件の当日、秋葉原で買い物を楽しんでいたところ、被告人にダガーナイフで下腹部を刺されて亡くなりました。33歳でした。

 V13さんは、難産の末に生まれました。それだけにV13さんが生まれてきたときの両親の喜びは大きいものでした。幼いころは、車が大好きな、穏やかで優しい性格の子供でした。中学生のころから、学校に行けなくなってしまい、苦しみましたが、学校の先生のアドバイスを受け、調理師専門学校等に通って調理師や栄養士の資格を取りました。自分の進むべき道を見付けたV13さんは、「それから、生き生きと働き始めました。レストラン等で働いた後の平成17年 10月からは、リハビリテーション施設で調理師として働き、その腕前を生かして様々な料理を作って施設に入所している方々を喜ばせ、職場の人から信頼されていました。その傍ら、障害者の方のために車いすと交換しようと、せっせと空き缶のプルタブを集めるなど、優しい人柄の持ち主でした。V13さんは、一人暮らしをして自立していましたが、ときに両親の住む実家に戻っており、V13さんの両親は、頑張っているV13さんの姿を見るのを楽しみにしていました。

 少年時代の苦しみを克服し、努力の末に充実した人生を送り始めていたV13さんは、被告人の凶刃の犠牲となりました。V13さんの遺族は、V13さんの死を嘆き悲しみ、V13さんを死に追いやった被告人が厳罰に処せられることを切に望んでいます。

 V13さんの父は、事件直後の6月11日が60歳の誕生日で、家族で還暦のお祝いをする予定だったにもかかわらず、その日に息子の告別式を執り行うことになってしまいました。V13さんの父は、「大事な息子を殺されてしまった親は、もう、楽しい生活を取り戻すことはできません。」と、最愛の息子を失った喪失感を述べるとともに「時が流れても、加藤に対する憎しみは、薄れるどころか、一層募っていくばかりです。一刻も早く、加藤を死刑にしていただきたいと思います。」と、被告人が早期に極刑に処せられることを望んでいます。V13さんの父は、意見陳述において、「家庭から笑いが消えた日になってしまった。平成20年6月8日から。V13が逝ってしまったあの日から、我が家の時は止まったままだ。」「遺る切ない想い、そしてこの無念さを、何処に、誰にぶつけたらいいのだ。我々をこのような境遇にしたのはお前だ。お前が憎い。」「加藤被告に告ぐ。この裁判で、刑が確定し、その罪の償いを、君が死する時まで行うことです。この事件で、直接被害を受けたのは、17人だが、その一人一人に親や兄弟、そして親戚があり、みな深い悲しみと憤りの毎日を過ごしていることを忘れてはならない。この多くの人々の人生までも変えてしまったのだ。このことを肝に命じ、刑に服することが、君の今後の生き方であると考える。」と、遺族の辛く苦しい胸の内を、被告人に言い聞かせるように訴えました。

 また、V13さんの母は、「大切な息子が、殺人という、口にするのも恐ろしい事件の被害に遭って亡くなるなんて、夢にも思いませんでした。ずっとまじめに生きてきたのに、どうして、こんな目に遭うのかなと思うと、つらくてたまりません。」「V13を返してほしい。」と、余りにも理不尽な現実を恨みつつ、「犯人の男には、自分がやったことで、どれだけの人がつらい思いをしているのか、その責任の重大さを分かってほしい。だけど、犯人の男が責任の重大さを分かったからと言って、V13は、帰ってきません。許せるはずがありません。この世に、犯人の男にいられては、困ります。犯人の男は、絶対に死刑にしてください。」と、やはり被告人の極刑を願っています。

 キ V15さんとその遺族

 V15さんは、友人と2人で秋葉原で楽しく過ごしていたところ、被告人からダガーナイフで刺され、亡くなりました。31歳でした。

 V15さんは、子供が欲しいという両親の強い願いを受けて生まれた子供でした。父方の祖父母にとっては初孫だったということもあり、家族の愛情を一身に受けて育ちました。幼少期のV15さんは、テレビゲームが好きな、おとなしくて優しい少年でした。高校を卒業するころからコンピュータ関係の仕事をしたいと思うようになり、情報処理専門学校に通ってコンピュータの勉強をしました。専門学校卒業後は、希望どおり、コンピュータ関連の会社に就職し、ノウハウを学んだ後に自ら事業を立ち上げ、会社を設立するなど、前向きな気概にあふれた積極的な人物でした。事件当時は、就職の内定を得て、新しい夢に向かって出発しようとした矢先でした。家族思いの優しい人柄で、平成19年9月には、母と2人で九州旅行に行きました。V15さんの母は、またV15さんと一緒に旅行に行けることを楽しみにしていました。

 V15さんの家族は、V15さんが凶行の犠牲となり、帰らぬ人となったことで悲しみに暮れ、被告人に対する強い怒りを感じています。

 V15さんの父は、「夢半ば、志半ばで、死ななければならなかったのですから、さぞかし無念だと思います。V15は、短い人生ではあったけれども、仕事でも、趣味の世界でも、がんばって、立派だったと思います。」「V15を心からほめてあげたいです。」と、短い人生を力強く生き抜いてきた息子をしのぶ一方で、「こんな事件を起こす犯人は、他人の命を自分と同じ命とは思っていないのだと思いますし、誰かを殺した後、残された家族がどんなつらい思いをするのかなどということは、全く考えたこともないのだと思います。」「本当に、二度とこんな悲惨な事件が起きないようにするためにも、絶対に加藤を死刑にしてください。」と、被告人に対する憎しみを吐露し、極刑を望んでいます。

 V15さんの母も、「V15のことを考えたり、V15の様子が頭の中に浮かぶと、涙が止まらなくなってしまいます。私は、それがつらくてたまりません。」と、未だに最愛の息子を失った悲しみから抜け出せない辛さを切々と述べ、被告人に対しては、「『何で、V15を殺したの。何の恨みもない、見ず知らずのV15を何で殺したの。』と言いたいです。」「『お願いだから、私の大事なV15を返して。』と言いたいです。」「この男を死刑にしていただいたところで、V15は帰ってきません。だから、死刑でも全然足りません。この男が死刑になるまで、何十年もかかるのでは困ります。できるだけ早く、死刑にしていただきたいと思います。」と、被告人が早期に極刑に処されることを心から願っています。また、V15さんの母は、意見陳述において、「私は息子の笑顔が大好きでした。事件当日『行って来ます。』と笑顔で答え、手を振る息子の後ろ姿が、今も鮮明に私の脳裏に浮かんできます。」「息子の笑顔をもう二度と見ることができなくなるなんて誰が想像したでしょうか。まして親より先に逝くなんて考えたこともありませんでした。」「短い人生だった息子。夢半ばにして命を絶たれた悔しさを思うと、残念でたまりません。」「私があの場にいて、息子を守ってあげたかった。代わってあげたかった。」「どうか加藤被告に死刑の判決を下してください。お願い致します。」と、今も消えることがない悲しみと、被告人に対する怒りを述べました。

 V15さんの弟も、「犯人を死刑にしても、兄貴は帰ってきません。でも、兄貴のかたきをとってもらいたいと思います。犯人のことを死刑にしてください。死刑にならなければ、絶対におかしい。」と述べ、両親と同じく、被告人の極刑を願っています。

 (2)殺人未遂の各被害者について

 この事件で重軽傷を負わされた10名は、肉体的にも、精神的にも深刻な被害を被りました。

 被害者の中には、幸いにして一命はとりとめたものの、生死の境をさまよった方、深刻な後遺症に苛まれている方、現在に至っても痛みや外傷後ストレス障害に苦しめられている方もいます。この事件がこれらの各被害者に追わせた結果も、また重大と言うほかありません。

 これらの各被害者にも、当然のことながら、何の落ち度もありませんでした。それにもかかわらず、突然、被告人から謂われのない攻撃を受け、肉体的・精神的に傷付けられた各被害者の苦しみ、悲しみ、憤りは計り知れず、ほとんどの方が、被告人が極刑に処せられることを望んでいます。

 ア V4さん

 V4さんは、V2さん、V3さん、V5さんと一緒に、本件交差点の横断歩道を渡っていたところ、被告人が運転するトラックに衝突され、全治2週間の全身打撲、顔面打撲のけがを負いました。さらに、V4さんは、目の前で親友のV2さんとV3さんが悲惨な最期を迎えるのを目の当たりにし、多大な精神的打撃を受けました。V4さんは、今でも亡くなったV2さんとV3さんの夢を見て、深い悲しみとむなしさを思い起こし、親友2人を失ったことで、「日常を構成するピースが欠けたような」喪失感を感じています。

 V4さんは、「2人の命を奪い、私やV5君の命も奪おうとした犯人に対しては、当然、極刑を望みます。インターネットのニュースでは、犯人は、人生を諦めていたというような報道がされていますが、それなら、どうして、V3君やV2君が亡くなったのに、自分1人だけ生きているのか、どうして、1人で死ななかったのかと言ってやりたいです。」「やはり死刑を望んでいますが、安易に、死んで逃げるというわけじゃないですけど、死んで楽になるような、簡単に死んで楽になるようなことでいいのかなと疑問に思うんですが、やはり自分は死刑以外では満足できないだろうという思いがあります。」と、被告人に対する強い怒りを述べ、その極刑を望んでいます。

 イ V5さん

 V5さんも、V2さん、V3さん、V4さんと一緒に、本件交差点の横断歩道を渡っていたところ、被告人が運転するトラックに衝突され、加療約1週間の腰部打撲のけがを負いました。V5さんも、V4さんと同じく、目の前で親友2人を失ったことで、非常なショックを受けました。V5さんは、車が正面から走ってくるのを見ると、こちらに突っ込んでくるのではないかという恐怖感を感じるようになってしまいました。また、V5さんは、今でも、寝る前などにV2さんとV3さんの表情などを思い出し、その都度、この事件のときの恐怖感や悔しさを思い起こしています。

 V5さんは、「私やV4君を殺そうとした上に、V2君とV3君や、そのほか大勢の人の命を奪い、傷付けた犯人は、絶対に死刑にしてください。だけど、犯人には、簡単に死んでほしくありません。犯人を死刑にする前に、V2君やV3君が味わった苦しみの分だけ、犯人をぶん殴ってやりたいです。」「やっぱり死刑というのは絶対だと思いますし、死刑だとしても、V2君やV3君が味わったその痛みとか恐怖というのを味わって苦しんで死んでいってほしいと思います。」と、やはり被告人に対する激しい憤りを述べて、極刑に処せられることを願っています。

 ウ V6さん

 V6さんは、事件当日、交際相手のW5さんと楽しい休日を過ごしていたところ、トラックから降りて走ってきた被告人にダガーナイフで左背部を突き刺されました。その刃は、深さ約5〜8センチメートル体内に入り、胸腔を傷付け、左第11肋骨の一部を骨折させ、横隔膜を破り、脾臓にまで達していました。

 その傷は、完治したものの、今でも痛むときがあります。また、V6さんは、人ごみの中にいるだけで、また後ろから刺されるのではないかと不安になり、事件のことを思い出してしまう状況にあります。

 V6さんは、「私をひどい目に遭わせ、大勢の人を殺した犯人のことは、絶対に許せません。必ず死刑にしてほしいと思います。」と述べ、被告人の極刑を望んでいます。

 また、目の前で恋人が刺されるのを目の当たりにしたW5さんも、「犯人に対しては、もう絶対に許せません。極刑を望みます。」と、被告人に対する強い怒りをあらわにし、その極刑を望んでいます。

 エ V9さん

 V9さんは、タクシーを運転して、本件交差点東側で信号待ちをしていたところ、被告人がトラックでV3さんたちをひいた犯行に遭遇し、倒れていたV2さんを救護しようとした際、被告人にダガーナイフで右側胸部を刺されました。その刃は、深さ約8〜10センチメートルも体内に入り、右肺の下葉や横隔膜を傷付け、肝臓にまで達していました。幸いにも一命はとりとめたものの、V9さんは、全治まで約6か月を要する重傷を負いました。

 V9さんは、今でも傷の痛みを感じ続けており、手のしびれが残ったため、タクシーの運転手も辞めなければならなくなりました。

 V9さんは、「交通事故の被害者を救護していた私に対して、両刃のナイフで切りつけるなんて、ひどい話だと思います。」と、理不尽な犯行に対する怒りを述べるとともに、「7人が命を落とした上、私も含めて10人がけがを負っていますので、犯人については、死刑を望むしかありません。」「これだけの被害者、亡くなった方にすれば、かなりの無念さ、その御遺族にすれば、その家族を失った悲しみとか、そういうものを考えたときに、もうこれは極刑しかないと私はそう思っております。」と、被告人が極刑に処せられることを望んでいます。

 また、V9さんは、この事件の真実を知るために、ほぼ毎回、公判を傍聴していましたが、被告人の供述に納得することができていません。V9さんは、意見陳述の中で、被告人に対し、「裁判を傍聴してきた中で明らかにされたものは、私にはとても納得のいくものではありませんでした。今からでも本当のことを話してほしい。」と語りかけましたが、納得のいく答えを得ることができず、強い怒りを感じ続けています。

 オ V10さん

 V10さんは、歩行者天国の交通取締りに従事中、被告人がトラックでV3さんたちをひいた犯行に遭遇し、倒れていたV3さんを救護しようとしたところ、被告人にダガーナイフで左背部を刺されました。その刃は、約10センチメートルも体内に入り、左肺を傷付けていました。その結果、V10さんは、大量に出血し、出血性ショックを起こして非常に危険な状態に陥り、一時は心肺停止状態となりました。V10さんは、奇跡的に回復しましたが、平成20年8月に退院した当時は、後ろから走ってくる人がいれば振り返り、身構えてしまうような状態でした。また、右足が不自由になってしまい、手すりがないと階段を上ることができなくなってしまいました。また、細かい字を書くことができず、警笛をうまく吹けなくなって、警察官としての職務に大きな支障を来しています。

 V10さんは、近くに居合わせたことから、直ちに現場に急行し、負傷者を救護するという警察官として当然の職務を遂行する中で、被害に遭いました。 V10さんは、脳が低酸素状態に陥った影響で、被害当時のほとんどの記憶を無くしてしまいましたが、理不尽極まりない犯行に対して、強い憤りを覚えています。

 V10さんは、「一人の人間として、やっぱり、加藤は憎いです。加藤には、『亡くなった人のことを考えたことがあるのか。残された人のことを考えたことはあるのか。』と言いたい。」「加藤は、厳罰に処罰してください。厳罰というのは、死刑しかありません。そうでなければ、亡くなった方も絶対にうかばれません。」と、やはり被告人が極刑に処せられることを切に願っています。

 カ V11さん

 V11さんは、友人と秋葉原で待ち合わせをしてテニスに行く途中、被告人がトラックでV3さんたちをひいた犯行に遭遇し、倒れていたV3さんを救護しようとしたところ、被告人にダガーナイフで右下腹部を刺されました。その刃は、右腎臓や上行結腸等を傷付け、背中側に貫通しました。その結果、V11さんは、右腎臓からの出血により、出血性ショックに陥り、手術によって右腎臓を摘出しなければなりませんでした。

 V11さんは、正義感から、倒れていたV3さんを救護しようとしただけでした。それにもかかわらず、片方の腎臓を失うほどの大けがをさせられたのであって、甚大な肉体的被害を被りました。しかし、V11さんは、自分が殺されそうになり、重大なけがを負わされたことを思う前に、「どうして、亡くなった方を助けられなかったのか。どうして、あのとき、被告人を止められなかったのか。」と考えて、今でも自分を責めています。

 V11さんは、被告人のことを「加藤さん」と呼び、被告人の処罰についても明確に述べているわけではありませんが、もちろん、V11さんが、被告人や被告人が行った一連の蛮行を許しているわけではありません。V11さんは、この法廷で、「これは加藤さんが起こした個人的な暴力事件です。被害者や遺族の方に死刑を望ませてしまっていることとか、誰かのことを死んでしまえというふうに思わせてしまっていることとかがどんなに残酷なことか分かってほしいです。」と述べています。

 V11さんは、意見陳述で、「私が加藤さんから聞きたかったのは、暴力で襲った相手のあの人たちに対する考えでした。今後の事件を未然に防ぐ決意にあふれた言葉ではありませんでした。」「なぜ私たちは加藤さんのものの考え方について理解してあげなくてはいけないのでしょう。」「加藤さんの内面について考える前に、私たちには必要なことがもっとたくさんあります。大切なものを決定的に損なわれてしまったのです。」と述べ、被告人の態度や考え方に対し、納得のできない思いを抱いています。

 V12さんは、秋葉原で買い物をしていたところ、被告人がトラックでV3さんたちをひいた犯行に遭遇し、救護しようと本件交差点に向かった際、被告人にダガーナイフで腰背部を刺されました。その刃は、約10センチメートル以上も体内に入り、腰椎の骨を砕き、脊髄管を貫通して神経を切断し、腸腰筋まで達しました。その結果、V12さんは、膀胱直腸障害と下肢麻痺という重い障害を負いました。V12さんは、左足の足首を動かすことができず、足を固定するための装具を手放すことができません。足やお尻には、常にしびれがあります。満員電車に乗るのも辛く、常におむつをしていなければなりません。V12さんは、職場復帰した現在も、こうした障害に苦しんでいます。

 V12さんは、この事件の公判に杖をつき、足を引きずって出廷しました。その姿は痛々しく、V12さんが被った傷の深さがうかがい知れました。一命こそとりとめたものの、この事件によって、V12さんの人生は、根本から壊されてしまいました。V12さんの下肢麻痺は、医師からも治る見込みがないと言われていますが、V12さん自身は、いつか元どおりに歩けるようになる日を信じて、雑念を抱くことなくリハビリテーションに取り組んでいます。

 V12さんは、「犯人については、私が何も言わなくても、もちろん死刑になると信じています。もし犯人が死刑にならないとすれば、それは絶対におかしいです。また、同じような事件で、命を落としたり、私のような目に遭う人が増えるだけです。」「これだけの人が死んだのは事実ですし、死刑になると思ってますが、ただ死刑になるんじゃなくて、亡くなった方のこととか、どうしたらいいのか、よく考えてほしいと犯人に対して思います。」と、被告人が極刑に処せられることを望んでいます。

 ク V14さん

 V14さんは、秋葉原に遊びに来ていたところ、被告人がトラックでV3さんたちをひいた犯行に遭遇し、集まった群衆が次々に逃げ出したので、とっさに逃げ出そうとしたときに、被告人からダガーナイフで切り付けられました。幸い、直前に体勢を変えたことから、命にかかわるようなけがを負わされることはありませんでしたが、全治まで20日間を要する右前腕部切創の傷害を負いました。V14さんは、しばらくの間、仕事をすることもできず、現在も傷の痛みに苦しみ、外出するときにも何かに襲われるような恐怖感を感じています。

 V14さんは、被告人から送られてきた手紙を読んで、「自分がやったことについては書かれているんですが、被害者が今どんな気持ちでいるとか、そういうことを一切考えていないようなそんな手紙の内容でした。怒りがわきました。」と感じ、被告人に対しては、「私たち被害者に対してきちんとした反省の態度を示すということが、一番の望みです。」と、未だに反省の態度が感じられない被告人に対する不満を述べています。

 ケ V16さん

 V16さんは、妻と長女の3人で秋葉原に観光に来ていたところ、被告人がトラックでV3さんたちをひいた犯行に遭遇し、集まった群衆が次々に逃げ出したので、とっさに逃げ出し、逃げている途中に被告人からダガーナイフで右背部を刺されました。その刃は、約5〜10センチメートル体内に入り、横隔膜や右肺の下葉を貫き、肝臓に達していました。

 V16さんは、現在も、傷口が突っ張っては事件のことを思い出す日々を送っています。

 V16さんは、「私をこんな苦しい目に遭わせて、不安な思いをさせた犯人のことを許せません。一歩間違ったら、妻や娘が刺されていたかもしれません。今後、犯人の真似をする輩が出てくるのではないかということも心配です。犯人に対しては、法律に従い、厳正な処罰をお願いします。」「極刑でお願いしたいと思います。」と述べて、被告人が極刑に処せられることを望んでいます。また、V16さんは、意見陳述において、被告人に、「せめて審判を仰ぐ時までは、お亡くなりになった方々をしのび、ひたすら反省してください。さらに、せめて審判を仰ぐ時までは、事件に至る真相を可能な限り、客観的に、明確にしてください。最後に、審判を仰ぐ時は、一言、『ごめんなさい』と素直な気持ちでわびてください。」と、被告人が事件の真相を明らかにし、心から謝罪することを期待しています。

 また、V16さんの妻は、目の前で夫が刺されるのを目撃し、夫が死んでしまうのではないかという不安と絶望感に苛まれました。V16さんの妻も、被告人の処罰については、「自分の命をもって償ってほしいと思っております。」と述べています。また、V16さんの妻は、この法廷で、被告人に対し、「あなたの罪は絶対許されるものではないけれども、どうか一つだけでも良いことを皆さんのために、一つだけでも良いことしていってほしいと思っております。」と思いの丈を吐き出しています。

 コ V17さん

 V17さんは、友人と一緒に秋葉原に遊びに来ていたところ、被告人がトラックでV3さんたちをひいた犯行に遭遇した後、群衆の「逃げろ。」という声を聞いて、とっさに逃げ出しましたが、逃げる途中で被告人からダガーナイフで左背部を刺されました。その刃は、約10センチメートルも体内に入り、傍脊柱筋を切断し、右の腎臓に達していました。

 V17さんは、事件後、外傷後ストレス障害と診断され、生活全般に支障を来すようになってしまいました。毎日出勤することができず、結局、職場を解雇されてしまいました。外出することも自由には出来ず、事件の前とは正反対の、辛く、苦しい生活を余儀なくされています。V17さんは、今なお、心に負った深い傷と闘い続けています。V17さんは、「私の体はまだ治っていません。この事件が起きて私の人生は本当に大きく変わりました。事件で背中に負った外傷は一生消えるものではないのはもちろん、心に負った傷は、私の人生、いままでの生き方をすべて変えなければ生きていくことができないほどです。」「私にとっては事件からもう二年も経つという感覚はありません。何年たっても、私の中では昨日のことのように思い出してしまいます。体・心を治す期間とすれば、まだ二年しか経っていないという思いなのです。」「今までも、これからも、私は自分の心のダメージを抱えながら生きていかなければいけません。心の傷は時が癒してくれるといいますが、どれだけの時が経てば私の心は癒えるのでしょうか?」と意見を陳述しました。事件から2年半以上が経った現在も、未だその傷は癒えていないのです。

 V17さんは、「みんなが楽しんでいる歩行者天国で、無差別に人を殺そうとするなんて、本当に怖いと思います。こんなおそろしいことをする加藤のことを絶対に許せません。できる限り厳しい刑罰を科してほしいと思います。」「これだけたくさんの人を巻き込んで、大変な事件を起こしたと思うので、できるだけ重たい罪で、極刑にしてほしいと思いました。」と述べて、被告人の極刑を望んでいます。

 サ V18さん

 V18さんは、この事件の現場近くにある秋葉原交番で立番勤務中、大きな衝突音を聞き、また、交番近くにトラックが停止するのを見て、交通人身事故が発生したと思い、本件交差点に向かいました。その中で、V18さんは多くの人が倒れているのを目撃するとともに、ナイフのようなものを持った被告人がV10 さんを襲うのを目撃して、被告人を追い掛け、逮捕しました。

 V18さんも、被告人からダガーナイフで突き刺されそうになったり、切り付けられるなどの攻撃を受けましたが、耐刃防護衣を着ていたため、けがをすることはありませんでした。しかし、もしも被告人の攻撃がそれて、耐刃防護衣によって守られていない部分を刺されるなどすれば、他の被害者と同様に、命を失ったり、大けがをさせられた可能性がありました。

 V18さんは、「自分が被害者の立場になったら、どんな気持ちになるのか、後は自分が死んでしまったら、どんなことになるのか、もう一度考えてもらいたいと思いました。更にはこれだけ社会的な大きな事件を起こしたので、起こした行為に見合う相当な処分を望みます。」と、被告人の厳罰を希望しています。

 4 社会的影響が甚大であること

 (1)この事件は、白昼の秋葉原で発生した無差別通り魔事件であり、発生後、連日にわたって全国的に広く報道され、日本中を震撼させました。

 しかも、この事件の後には、インターネットの掲示板に殺人予告をする者が後を絶たず、現実に無差別殺人・殺人未遂等多数の模倣犯罪が発生しました。

 この事件は、単なる一犯罪にとどまらず、社会全体に対し、新たな犯罪を生み出すなどの計り知れない悪影響を及ぼしました。

 (2)この法廷で多数の方が証言したとおり、被害に遭った人々を助けようと必死の救命活動を続けながらも、助けることができなかった人は、「どうして助けることができなかったのか。」と、現在でも後悔と無力感に苛まれています。

 また、目の前で繰り広げられた惨劇が脳裏に焼き付き、今でも事件のことを思い出しては、恐怖と不安に怯えている人も多数います。

 この事件は、直接被害に遭った18名の方だけではなく、たまたまその場に居合わせ、事件を目撃した多くの人々の心にも深い傷跡を残したのです。

 (3)この事件が起きる前の中央通りは、毎週日曜日のお昼の時間帯には歩行者天国となり、多くの人が行き交って、活気にあふれていました。しかし、この事件の後、歩行者天国は中止されました。このように、この事件は、秋葉原という一つの街の在り方まで変えてしまいました。

 (4)この事件では、凶器として、ダガーナイフが使われました。当時、ダガーナイフは、銃砲刀剣類所持等取締法上、「剣」として、正当な理由がない携帯及び刃体の長さ15センチメートル以上のものの所持が規制され、刃体の長さ15センチメートル未満のものについては、所持が容認されていました。しかし、この事件によって、その殺傷能力の高さが浮き彫りとなり、事件後、刃体の長さ5・5センチメートル以上の「剣」の所持を規制する内容の法改正を必要としたほどの、極めて大きな社会的不安を引き起こしました。

 (5)この事件は、日本犯罪史上においてもまれに見る悪質重大事件であり、それゆえに、社会全体に広く悪影響を及ぼしました。こうした社会的影響の大きさは、量刑上、十分に斟酌されるべきです。

 5 最高裁の示した死刑適用の基準について

 (1)ここまで、被告人に科すべき刑罰を決める上で重要な事情について述べてきました。この後は、被告人に対してどのような刑罰を科すべきかについて具体的に述べます。

 (2)殺人罪の法定刑は、「死刑又は無期若しくは5年以上の有期懲役」と定められていますが、ここまで述べてきた様々な事情に照らすと、有期懲役刑を考慮する余地は全くありません。被告人に対する刑罰を決める上で考慮すべきは、被告人に対し死刑を科すか否かのただ一点に集約されます。

 無論、死刑とは、人間存在の根本である生命そのものを奪い去る冷厳な極刑です。死刑は、真にやむを得ないと認められる場合にのみ許されるものであり、これを選択する上では、慎重の上にも慎重を期さなければならないことは言うまでもありません。

 死刑選択の一般的基準として、いわゆる永山事件判決(昭和58年7月8日最高裁判決)があります。同判決は、「犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性、残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪質が誠に重大であって、罪刑均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には、死刑の選択も許される。」と判示しました。

 同判決が示した基準は、死刑適用の一般的基準として、その後のいくつもの最高裁判決において踏襲されています。すなわち、同判決以後の一連の判決は、その罪質が凶悪重大であることに加え、動機において酌量の余地がないこと、計画的な犯行であること、犯行態様が執拗、残虐なものであること、結果が重大であること、遺族の処罰感情が厳しいこと、社会的影響が大きいことなど、いわば犯罪行為とその結果又はそれと直接関連する量刑要素が極めて悪質な場合には、被告人の反省悔悟の念や改善更生の可能性といった犯行後の被告人の主観的事情において被告人のために酌むべき要素があったとしても、特に酌量すべき事情がない限り、死刑を適用しているという点で共通しています。

 永山事件判決が示した基準は、その後の判例の積み重ねを通じて、罪刑均衡の見地と一般予防の見地に照らして死刑を選択するに当たり、犯罪のもたらした結果や影響を含め犯罪行為自体の客観的な悪質性に主眼を置くべきであり、被告人が反省していることや改善更生の可能性が存することといった事後の主観的・個別的な事情はさほど重視すべきでないという形で敷えん、明確化され、裁判上の指針として定着しているのです。

 (3)そこで、ここまで述べてきた事情をもう一度振り返ります。

 まず、犯行の罪質です。この事件は、何の落ち度もない人々を、ただそこにいたというだけの理由で、無差別に殺害し、あるいは殺害しようとした無差別通り魔殺人事件であり、およそ殺人事件の中でも、最も悪質な類型と言わなければなりません。

 次に、犯行動機は、「大きな事件」を起こすことによって、自分の存在をアピールし、認めさせるとともに、その「大きな事件」の原因が、自分を無視した者、まともに扱わなかった者、掲示板に現れた「偽物」や「荒らし」にあると思わせて、これらの者に「復讐」したいというものでした。こうした犯行動機は、余りにも身勝手で、酌量の余地は全くありません。

 犯行態様は、大勢の人でにぎわう秋葉原の歩行者天国において、赤信号を無視し、2トントラックを時速約40数キロメートルの速度で交差点に進入させて通行人をはね飛ばした上、極めて殺傷能力の高いダガーナイフで、目に付いた通行人の身体の枢要部を手当たり次第に突き刺していったというもので、その手段方法は、執拗かつ残虐極まりありません。

 結果の重大性に目を向けると、この事件では、7名の方の尊い命が奪われました。V1さんは、退職後の悠々自適の人生を歩み始めたばかりでした。V2さん、V3さん、V7さんは、それぞれの夢に向かい、正に羽ばたこうとするところでした。V8さんは、家族と共に穏やかで幸せな生活を送り、長男の成長を楽しみにしていました。V13さんとV15さんは、努力を重ねた末に、明日への希望をつかみ取ったばかりでした。この事件は、この7名の方の人生を無惨に打ち砕きました。辛うじて一命をとりとめた10名の方も、そのほとんどが、今現在も後遺症や傷の痛みに苦しんでおり、外傷後ストレス障害と診断されて心に深い傷を残した方もいます。この事件の結果の重大さ、悲惨さは、我が国の犯罪史上でもまれに見るものであり、言語道断と言わざるを得ません。

 遺族の処罰感情ですが、この事件でかけがえのない肉親を失った遺族は、いずれも、被告人の極刑を切望しています。最愛の父、夫、息子、娘、兄弟を、これ以上にないほど理不尽な形で奪われた遺族の感情として、至極当然と言うべきです。また、重軽傷を負った被害者の方々も、そのほとんどが被告人の極刑を望んでいます。

 社会的影響の点では、本件は、白昼の秋葉原で発生した無差別通り魔殺人事件であり、その結果の重大さ、犯行態様の残忍さ、動機の特異性などから広く報道され、社会全体を震撼させました。この事件の後には、インターネット掲示板を使用した犯罪予告や、無差別殺人などの模倣犯が発生しました。また、この事件は、目撃者等の心にも深い傷跡を残した上、秋葉原という街の在り方を変え、法改正の原因にもなりました。この事件の社会的影響は、甚大と言うほかありません。

 こうした犯行の罪質、動機、態様、結果の重大性、遺族の処罰感情、社会的影響といった、いわば犯罪行為とその結果又はこれと直接関連する量刑要素を見ると、被告人の罪質は誠に重大であり、特に酌量すべき事情がない限り、死刑以外に選択肢はないものと言わなければなりません。

 そこで、特に酌量すべき事情の有無について検討すると、確かに、被告人は、この事件の当時25歳で、前科もありませんでした。しかし、年齢や前科の有無は、被告人の改善可能性や犯罪性向の度合いを示す尺度の一つにすぎません。被告人が若年であることや前科がないことのみをもって、被告人に改善可能性があると認めたり、犯罪性向を否定するのは誤りであり、死刑回避を相当とするような特に有利に酌むべき事情と評価できるようなものではありません。

 また、被告人は、この法廷で、一応の反省の弁を述べています。しかし、そのような形ばかりの反省の弁をもって、被告人に改善可能性が認められると判断することはできません。被告人は、身勝手極まりない動機から、18名もの方を殺そうとし、現に7名の方の命を奪いました。それにもかかわらず、被告人が公判前整理手続段階で各遺族・被害者に対して送った謝罪の手紙の内容は、各遺族・被害者の精神的苦痛を「私の唯一の居場所であったネット掲示板において、私が荒らし行為によってその存在を殺されてしまった時に感じたような、我を忘れるような怒りがそれに近いのではないかと思います。」と評し、各被害者の身体的苦痛を「私もお腹の痛みで気を失ったという経験があります。」と腹痛に例えるような、極めて身勝手で、反省の気持ちが感じられないものでした。その後、被告人は、第4回公判から第11回公判にかけて、出廷した遺族及び被害者の証言を間近で聞き、その心の叫びに直接触れる機会を与えられました。しかし、被告人は、第16回公判から第19回公判にかけて行われた被告人質問で、この事件について、「起こしたというよりも、起こさざるを得なかった。」と言い放ち、「もう二度とこのような事件が起こらないようにしてほしい。」などと、自らが起こした大惨事をあたかも他人事のように振り返るとともに、この事件の原因が両親の育て方にあるかのような言い訳に終始しました。さらに、被告人は、その後の第23回公判から第26回公判においても、遺族の供述調書の朗読や遺族・被害者の意見陳述を聞き、再度、その限りない悲しみと苦しみに接しました。それにもかかわらず、被告人は、その後の第27回公判において行われた被告人質問でも、通り一遍の謝罪の弁を口にした以外は、「被告人質問でお話したこと以上のことは記憶として戻ってくることはありません。」と述べるにとどまり、内省を深めた様子は見られませんでした。約1年にわたる公判を経て、多数の遺族・被害者の心の叫びに触れた現在に至っても、被告人には、重大かつ悲惨極まりない結果を引き起こしたことに対する自覚はもとより、他人の痛みや苦しみに対する共感性が欠落していると言わざるを得ず、このような被告人に、今後の改善更生を期待することは困難です。

 なお、弁護人の依頼を受け、被告人の心理・情状鑑定を実施したW7医師は、この事件の背景には、被告人の性格傾向が関わっており、こうした性格傾向が形成された背景には、被告人の母による不適切養育が大きく影響していると分析しました。

 しかし、W7医師の鑑定は、被告人の母との面接すら行わないで、その養育方針が不適切と断じており、そもそも鑑定としての体をなしていないと言わざるを得ませんし、仮にその内容を前提にしたとしても、自立した社会生活を営んできた成人男性である被告人がこれほどの重大犯罪を犯したことについて、親の養育責任が大きいとするのは、論理の飛躍も甚だしく、内容的にも失当というほかなく、死刑回避を相当とするような特に有利に酌むべき事情とは評価できません。

 そうすると、特に酌量すべき事情がないこの事件においては、罪刑均衡の見地からも一般予防の見地からも、被告人に対しては、その命をもって罪を償わせるのが相当であり、それこそが正義であると検察官は確信します。

第6 求刑

 死刑

   以上

⇒第29回公判