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(10)「女性の赤ん坊のころの写真です」 身を乗り出して見入る押尾被告の胸中は…

検察側による証拠調べが続き、検察官は救急医療の専門家の供述内容を読み上げていく。元俳優、押尾学被告(32)は熱心に耳を傾けながら、メモを取っている。

検察官「救急隊は呼吸困難になれば100%酸素を吸入して血中の酸素飽和度を高めるなどし、相当程度、心停止するまでの時間をかせげます。また救急隊の技量はばかにしたものではなく、救急救命センターと同程度のものです」

救命可能性をめぐり、現場で初期治療にあたる救急隊の能力や、救急救命センターでの高度な治療について述べる検察官。メモを取る押尾被告の表情は真剣だ。

検察官「心室細動に陥れば、直ちに除細動機をかけます。お医者さんが使う除細動機は一般のAEDとは異なり、電気ショックをかけるタイミングを調整したり、電圧も変えられるので、ベストのショックをかけることができます」

「昭和大学病院救急救命センターでは、メタンフェタミン中毒など、薬物中毒の患者を年100件近く受け入れています」

検察官は、同センターが、これらの患者について、「心臓停止前の段階で当センターで受け入れて救命できなかった記憶はない」との見解を示したと主張する。

続いて、検察官は都立墨東病院の医師から聞き取った薬物中毒患者の治療や救命の状況に関する証拠を読み上げていく。

検察官「救急隊は必ず救命救急師を配置しており、肺水腫を起こしている患者でも吸引器を使って、異物やたんを吸引できます。また、血液透析を行い、血液自体を浄化することもできます」

「墨東病院では過去、MDMA中毒の受け入れはないものの、覚醒(かくせい)剤中毒者は年20件ほど受け入れており、死亡例はほとんどないということです」

「次の証拠は平成21年12月7日から22年1月25日までの押尾被告の取り調べ状況です。弁護人の接見は49日。押尾被告が署名した調書は17通。署名を拒否したのは11通です。取り調べ終了が一番遅かったのは21年12月7日、逮捕当日の25時30分で、それ以外で22時を過ぎた取り調べはありませんでした」

その後、検察側は事件があった六本木ヒルズの部屋の見取り図や、非常階段の様子、マネジャーが隠した押尾被告の携帯電話が周辺で発見された状況を示した写真などをモニターに映し出していく。

検察官「証拠番号50番は(死亡した)田中香織さんの成長過程などが写された9枚の写真です」

押尾被告は、はっとしたように弁護人席のモニターをのぞき込む。プライバシーなどの理由から、傍聴席の大型モニターは電源を落とされる。

検察官「これは赤ん坊のころの写真になります」

「こちらは2009年7月17日に撮影されたものです…」

裁判員らの手元にあるモニターに次々と映し出される田中さんの写真。傍聴席からみて右端と右から2番目に座る2人の男性裁判員は言葉を交わしながらモニターを指さし、しきりにうなずく。

一方、押尾被告も身を乗り出すようにしてモニターに見入っている。

検察官「証拠の提出は以上になります」

検察側に続き、弁護側の証拠調べに移る。女性弁護人が、提出する26の証拠について説明する。

弁護人「これは、田中さんが勤務していたクラブのママの供述です。クラブで田中さんは『アゲハ』と呼ばれていました」

「『アゲハ』は過去に暴力団関係者と付き合っていました。背中に入れ墨があることは知っていました。体重の変動が激しく、半年ほどハイな状態があり、ちょっとした薬物を飲んでいるのかな、という思いはありました」

弁護側はその後も、田中さんと過去に交際した男性らの証言をあげ、田中さんの薬物や暴力団関係者とのかかわりを述べていく。

弁護人「これは過去に交際していた暴力団組長の男性の供述です。『アゲハはMDMAなど一通りの薬は知っていた』…」

「これは、田中さんが女性と一緒に住んでいたマンションで発見された麻薬と思われるものの差し押さえ令状です」

「鑑定の結果、麻薬と思われるものはコカインを含有するものと分かりました」

「発見されたパイプ、吸引器にはコカインの付着が認められました」

「これは田中さんの自宅にあった名刺フォルダから暴力団関係者の名刺が見つかった状況です」

さらに、弁護人は押尾被告の調書を証拠として示す。

弁護人「(田中さんが)新宿歌舞伎町でホステスをやっていたこと。薬物をやっていたこと。田中さんがエクスタシー、MDMAを持ってきたことなどを述べています」

続いて示されたのは、田中さんの遺体の見分調書など。押尾被告は弁護士をじっと見つめている。

弁護人「死体見分調書によれば、田中さんの死亡推定時刻は午後6時ごろです」

「検視調書では、死亡推定時刻は午後5時40分ごろとなっています」

さらに、弁護側は事件が発生したマンションに過去、救急出動した麻布消防署や赤坂消防署が、119番通報から搬送までに要した時間の調査報告書を示す。両消防署での所要時間はいずれも平均約40分だった。

また、弁護側はMDMAによる中毒例などを示した医学文献などを示す。

弁護人「これは、押尾さんが通っていたスポーツジムの明細書で、押尾さんが健康的な生活を送っていたことを示すものです。弁護側が提出する証拠は以上です」

検察・弁護側の証拠調べが終了した。山口裕之裁判長が今後の日程について説明する。

裁判長「それでは、本日はこの程度で…。次の期日は6日の月曜日、午前10時からとします」

午後4時56分、山口裁判長は初公判の閉廷を宣言した。勢いよく立ち上がり、深々と頭を下げる押尾被告。その後、弁護人と向かい合い、静かに言葉を交わしていた。

⇒第2回公判