初公判(2010.11.24)

 

(1)「盗聴されている」「教授が自分に不審の目」…次々出てくる被告の“妄想癖”

山本被告

 中央大理工学部の高窪統(はじめ)教授=当時(45)=を刺殺したとして、殺人罪に問われた卒業生で元家庭用品販売店従業員、山本竜太被告(29)の裁判員裁判初公判が24日午後1時30分、東京地裁(今崎幸彦裁判長)で始まった。

 大学卒業後、思い通りにいかない自らの境遇を嘆き、その恨みを胸に秘めながら、母校のキャンパス内で恩師をめった刺しにしたとされる山本被告。警視庁などの調べに対し、「卒業前に開かれた研究室の忘年会で、自分は会場の端にいて先生と話せなかった」「卒業後、希望する電気関係の仕事に就けずに職を転々したのも、先生のせいだ」などと供述していたという。

 公判前整理手続きでは、弁護側は起訴内容を認めたうえで、被告が心神耗弱状態だったと主張。検察側も責任能力が限定的だったことは争わない姿勢を示している。

 心神耗弱とは、物事の善悪を判断したり、それに従って行動する能力が著しく損なわれた状態を指す。もし、山本被告が犯行時に心神耗弱状態だったとなれば、刑は減軽されることになる。今回の裁判の争点は、果たして山本被告に、どのような刑がふさわしいかという量刑の重さだ。

 公判では、山本被告の精神鑑定を実施した医師が証人として出廷する見込みだが、プロの裁判官でも判断に悩むとされる心神耗弱を、一般市民である裁判員はどのように判断するのだろうか。

 この日の初公判では、被告の罪状認否と、検察側、弁護側双方の冒頭陳述が予定されている。

 午後1時28分。東京地裁で最も大きい104法廷の傍聴席は、すでに傍聴人で埋め尽くされた。向かって左手のドアから入ってくる山本被告。白っぽいセーターに灰色のズボン姿で、弁護人の隣のいすに座ると、青白い表情で瞬きを繰り返し、落ち着きなく周囲に視線を送っている。

 まもなく、2人の裁判官が、裁判員を法廷内に案内した。向かって左手の席から女性、男性、男性、裁判長と2人の裁判官をはさみ、女性、男性、男性と6人の裁判員が席に着いた。補助裁判員は女性2人だ。

 午後1時30分ちょうど。今崎裁判長が開廷を告げる。

裁判長「それでは、開廷いたします。被告、前へ来てください」

 今崎裁判長に促され、山本被告が証言台の前に立つ。

裁判長「名前は何といいますか」

山本被告「山本竜太と申します」

 消え入りそうな声で答える山本被告。住所や職業などを確認した今崎裁判長は、続いて検察官が起訴状を読み上げることを告げた。

裁判長「では、検察官に起訴状を読み上げてもらいます」

 男性検察官がすっと立ち上がり、ゆっくりとした口調で起訴状を読み始めた。

 起訴状によると、山本被告は昨年1月14日、東京都文京区の中央大後楽園キャンパスの1号館4階の男子トイレで、刈り込みばさみを分解して片刃にした自作の刃物で高窪教授の背中や胸などを多数回突き刺して殺害したとされる。被告は軽くうつむきながら、微動だにせず、起訴状の読み上げに聞き入っている。

裁判長「今から検察官が読み上げた内容について審理をすることになります」

 その後、黙秘権についての説明を行った今崎裁判長。続いて罪状認否だ。

裁判長「公訴事実はわかりましたか」

山本被告「わかりました」

裁判長「間違っていると思うところはありましたか」

山本被告「いえ、なかったです」

裁判長「間違いないということでいいですか」

山本被告「はい」

 今崎裁判長は、弁護人にも確認した。

弁護人「被告人と同意見です。なお、弁護人としては、犯行当時、心神耗弱の状態であったと主張するところにあります」

 予定通り、被告が心神耗弱状態であったことを訴える弁護人。罪状認否が終わると、次は検察側の冒頭陳述だ。

裁判長「では、検察官、どうぞ」

 男性検察官は、裁判長や裁判員らと向かい合う形で立った。

検察官「それでは、これから検察官の冒頭陳述を始めます」

「この事件は、中央大学理工学部の卒業生であった被告が、大学のトイレ内で、大学の恩師である高窪統教授を刺殺したというものであります」

 起訴状のとき同様、ゆっくりとした口調で資料を読む検察官。高窪教授の経歴や、周囲の研究者から評価され、学生からも尊敬を集めていた人柄などに言及すると、山本被告について説明を始める。

検察官「平成11年4月に中央大学理工学部に入学した被告は、1年の留年を経て、高窪教授の研究室に入り、教授は被告を直接指導していました」

 山本被告は中学生のころから、疑い深く、人に不信感を持つ傾向があったという。大学入学が決まり、その思いは一時期解消されたが、入学後、授業についていけなくなると、不安感がまた顔をのぞかせるようになったと説明する検察官。1年留年をした後に入った高窪教授の研究室でも不安感は募っていった。

検察官「刃物で手首を切る、いわゆるリストカットを行ったり、自分の顔を傷つけることもありました。リストカットの跡を教授に不審な目で見られているのではないかと思いこみ、大学事務室に、不審な目で見ないように教授に伝えるようお願いしたこともありました」

「その後、高窪教授がほかの学生に『ナーバスですね』というのを聞き、自分への当てこすりではないかと思いました」

 ほかにも、見知らぬ人が「いじめじゃない」「ありえない」と話しているのを聞き、自分のことを言っているのではないかと思い込むことがあったり、自分のプライベートを周囲が話していると感じ、盗聴されているのではないかとも考えるようになったという。

 さらに、高窪教授とほかの学生との関係にも不審の目を向けていた山本被告。忘年会で他の学生と楽しそうに話しているのを聞いて嫉妬(しっと)したり、その翌日、自分だけが食中毒を起こしたことを、はめられたと思ったりしたという。

 検察官は、山本被告が大学卒業後も被害妄想を募らせていったと説明する。

検察官「隣の家の人がシャッターを開け閉めする音を、何かの暗示ではないかと思うようになったり、高窪教授が自分に危害を加えるつもりに違いないと考えるようになりました」

 次々と出てくる山本被告の“妄想癖”に、6人の裁判員は、一様に厳しい目をしながら、資料と山本被告に視線を向けている。

⇒(2)犯行後購入の絵馬に「終生新旅」と書き込む 弁護側は心神耗弱を強調