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(7)ストーカー電話、通販購入なりすまし…「支援する会」恩師への壮絶いやがらせ

英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第5回公判。市橋被告の千葉大園芸学部在籍時に担当教員だった同大大学院の本山直樹名誉教授に対する弁護側証人尋問が続く。

弁護人「『市橋』とは千葉大で出会ったんですね」

証人「現職の時には体育会空手部の顧問をしていました。園芸学部の空手同好会でも指導をしており、市橋君も部員としてけいこしていました」

男性弁護人が市橋被告を「市橋」や「市橋達也」などと呼び捨てするのに対し、本山さんは「市橋君」と呼ぶのが特徴的だ。

弁護人「千葉大は西千葉にありますが、園芸学部は松戸にありますね」

証人「はい」

リンゼイさんの母、ジュリアさんは身を乗り出し、市橋被告をのぞき込む。恩師を前にどのような思いでいるのかが気になるのだろうか。

弁護人「(園芸学部空手部同好会の)空手部員は何人くらいいましたか」

証人「通常は20〜30人くらいですが、彼の時代は少なく、5〜10人くらいでした」

弁護人「1週間にどれくらい練習していましたか」

証人「時代によって違いますが、当時は週1、2回、昼休みに練習していました」

弁護人「市橋が入会したとき、どのように感じましたか」

証人「入会申込書にスポーツ歴を記入してもらいますが、中学時代にバスケットボール、高校時代には陸上の経験があり、大型選手になると思いました」

弁護人「空手は肉体のほか、精神面の訓練にもなる。どのように指導していましたか」

証人「空手は武道であり、その他のスポーツとは違う。昼に1時間の練習だが、必ず床をぞうきんがけさせ、ロッカー室の掃除もさせていました」

弁護人「2007年(平成19年)3月下旬に市橋のことが報道されたことは記憶にありますか」

証人「あります」

弁護人「千葉大学や証人の所に取材はありましたか」

証人「殺到しました」

本山さんは、当初取材制限がなかったが、校内で手当たり次第に取材活動が行われるようになったと説明。教育環境が保たれなくなったことから、窓口を学部長に一本化し、許可制にしたという。

弁護人「証人の所にも警察の協力要請はありましたか」

証人「千葉県警の刑事が来て、同好会に在籍していたころの名簿を渡しました」

弁護人「逃亡したことは報道で知っていましたか」

証人「はい」

弁護人「市橋は逃げたりしないで、どうすべきだったと思いましたか」

証人「当然、逃げるのではなく、責任を持つべきだと思いました。出頭して、ありのままを述べるべきだと思いました」

本山さんは21年11月、「市橋達也君に告ぐ」と題する文章を自らのホームページに掲載。逃走中の市橋被告に自主的な出頭を呼びかけている。

弁護人「ブログに市橋個人の記事を載せましたか」

証人「逃亡して、しばらくして自殺したと思っていたが、2年数カ月後に整形して、生き延びていたことを知った。ブログを見た市橋君が連絡してくれば、一緒に出頭するか、もしくは(1人でも)出頭してほしいと思いました」

市橋被告は事件後、自宅マンションを訪れた捜査員を振り切って逃走。その後、2年7カ月に渡って逃亡生活を送っていた。

市橋被告は自身の手記で、建設会社などで働き、愛知・名古屋市で顔に整形手術を施すなどしていたと記している。ただ、細かな逃走の経緯について、争点となっていないため、公判では明らかにされていない。

弁護人「市橋達也が裁判を受けているがどのように感じますか」

証人「まず(事件発生時に)報道をみて、同姓同名の他の学生がいるのかと思いました。逮捕以降は(市橋被告の)証言と検察側の言い分が食い違っているようなので、事実が明らかにされ、判決が出されることを望んでいます」

弁護人「学生に対してはどのような思いがありますか」

証人「すべて学生は教師にとって自分の子。社会に出て活躍してほしいと思います」

本山さんに対する男性弁護士の質問は、本山さんが昨年2月に設立した「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」に移った。

弁護人「設立の目的や趣旨は?」

証人「市橋君が身柄を拘束された後、現在の弁護団が弁護に当たり信頼関係を築きました。ただ、市橋君に経済力がないので、弁護活動するのに不利が生じる。これでは適正にならないと思い、募金活動を始めました。裁判資金を集めたいと思って始めた」

証言台に座るスーツ姿の本山さんは背筋を伸ばし、質問にハッキリとした口調で答えている。一方、市橋被告はうつむいたままだ。

弁護人「市橋被告に対し、いろいろな報道がありました。公正な裁判が妨げられると思いますか」

証人「はい。当時、報道は過熱し、『(ロス疑惑の)三浦和義』のときと同じような雰囲気がありました。虚像が作られ、袋だたきにされ、リンチになる、と。これではだめだと思いました」

本山さんは、ロス疑惑の容疑者として米自治領サイパンで拘束され、ロス市警の留置場で自殺した元会社社長、三浦和義さん=日本で無罪確定=を例に挙げ、報道の過熱ぶりをアピールした。

弁護人「先ほど、弁護士に対する費用を集めるということでしたが、裁判の実費ということですか」

証人「当初、最低限、書類のコピー代と証言を取るための移動費用の実費と考えていました。ただ、弁護士生活も楽ではないということを報道で知り、残りは当然、弁護士費用として取ってもらいたいと考えています」

ジュリアさんは顔を手で覆ったまま、首を横に振る。本山さんの支援に納得がいかないのだろうか。

弁護人「支援する会を設立し、1年半が経過しました。あなたに対する嫌がらせは?」

証人「たくさんあります」

本山さんは嫌がらせの実例を挙げた。本山さんはうろたえることなく、しっかりとした口調で話したが、その中身は激しいものだった。

証人「今日もメールでえげつない言葉がありました。ストーカーに相当する電話もあります。午前3時に10回も20回も鳴らされることがあります」

「さらに私の携帯電話番号を使って、通販で購入をしています。架空の住所に送らせるため、運送会社や通販会社から問い合わせが来ます。これらが毎日続いているのです。300回以上です」

ここで、検察側が「予定時間をだいぶ過ぎている」と声を上げた。男性弁護士は「最後です」と応え、初めて「市橋被告」と呼んだ。

弁護人「後ろにいる市橋被告に対し、どのように言ってあげたいですか」

証人「(身柄が)拘束されているときには接見したかった。ぶん殴って、しかりつけてやりたかった。事実を述べさせ、反省させたかった。今は…」

本山さんが声に詰まる。涙交じりの鼻声になった。教え子に対する思いがあふれ出ているようだ。

証人「どういう判決になるか分からないが、刑に服して反省し、生きることが許されるなら、20年、30年と成長するように社会貢献してほしい」

弁護人「終わります」

法廷はここで、いったん休廷した。

⇒(8)「立派な武闘家になれる」恩師、空手部時代の被告語る