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(1)「英国の法廷はショー」 弁護側発言にリンゼイさん父、いら立ち

千葉県市川市のマンションで平成19年、英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=が殺害された事件で、殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第5回公判が11日、千葉地裁(堀田真哉裁判長)で始まった。今回はリンゼイさんの両親に加え、批判覚悟で市橋被告の支援を続けてきた大学時代の恩師らへの証人尋問が行われる。

これまでの公判で、市橋被告はリンゼイさんへの殺意を否定。2日間にわたって行われた被告人質問では、リンゼイさんが死亡した後の心境について「夢か現実か分からなくなった」と語り、遺体遺棄の理由などについては「分かりません」などと繰り返している。

今回の公判は前回に続き、リンゼイさんの父、ウィリアムさんの証人尋問から始まる。ウィリアムさんは第4回公判で、まな娘の命を奪った市橋被告への怒りを爆発させ、「この国で最も重い最高刑を望みます」と死刑を求めた。

市橋被告が2年7カ月の逃亡生活をつづった自らの手記『逮捕されるまで』の印税を遺族に支払うとしていることについては「娘を殺しておいて、それをネタに金を稼いでいる」と糾弾し、「一銭もほしくない」とも述べた。

今回はウィリアムさんに続き、母のジュリアさんの証人尋問も行われる。法廷ではこれまで、市橋被告がリンゼイさんを乱暴した際の生々しい記録や証言が次々と白日の下にさらされている。母の目にはどう映ったのだろうか。

午後には弁護側の情状証人として、市橋被告の千葉大時代の恩師2人が出廷する。うち一人は、千葉大大学院の本山直樹名誉教授。本山さんは「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」のメンバーで、ホームページ上で、顔を変え逃亡中の市橋被告に出頭を呼びかけたり、支援金集めを呼びかけるなど、批判を受けながらも活動を続けた。

7月8日付の本山さんのブログによると、これまでに集まった支援金は333人から約330万円。すべてが弁護側の裁判費用に充てられるという。市橋被告とは空手同好会の顧問として知りあったというが、法廷では何を訴えるのだろうか。

午前10時、黒っぽいジャケットに身を包んだホーカーさん一家が入廷する。ウィリアムさんとジュリアさんは検察官席の後ろに、リンゼイさんの姉妹は傍聴席の一番前に着席した。

次いで市橋被告が刑務官に付き添われ、左側の扉から入廷する。黒いシャツに黒いジーンズ姿。うつむいたまま、ウィリアムさんらに向かって頭を下げるが、ぼさぼさの髪がさえぎり、その表情はよく見えない。

午前10時5分、裁判員らが入廷し、裁判長が開廷を宣言。前回に続き、ウィリアムさんの証人尋問を行うことを告げる。

ウィリアムさんが席から立ち上がった。市橋被告を威嚇するかのように胸を張り、証言台に向かう。刑務官3人が立ち上がり、市橋被告をガードするように囲んだ。市橋被告はじっとしたまま動かない。

8日の法廷では、ウィリアムさんが市橋被告に近づき、怒りの形相で市橋被告を見下ろす一幕があった。刑務官はそれを警戒したのだろう。

裁判長が尋問に当たっての注意点を述べた後、弁護人が立ち上がり、女性通訳を介しての尋問が始まる。

弁護人「証人のお仕事について伺います。2007年(平成19年)3月、事件当時どのようなお仕事をされていましたか」

証人「自動車教習所の教官でありました」

弁護人「現在のお仕事は?」

証人「同様であります」

弁護人「(事件前後で)お仕事は変わっていないということでよろしいですね」

証人「そうです。しかしながら自営であります」

弁護人「証人の最終学歴を教えてください」

証人「ちょっと理解できないのでもう1度お願いします」

弁護人「日本でいう高校卒業が最終学歴ということでよろしいですか」

証人「私は専門教育を受けたエンジニアです」

弁護人「それは日本でいう技術学校のようなものでしょうか」

ここで裁判長が「日本の制度で聞かれても分からないと思いますが」と発言。弁護側は質問を取り消し話題を変える。

弁護人「リンゼイさんが死体で発見されたことは、いつ知りましたか」

ウィリアムさんは「すーっ」と深く息を吸った後、質問に答える。

証人「26日の日曜日でした。日中か夜間かについては、はっきり記憶していませんが、その日に行方不明になったと知らされました。死体で発見されたというのは、日曜日から月曜日(27日)の間だったと思います」

弁護人「日本と英国の時差は8時間ですね」

証人「おっしゃる通りだと思います」

弁護人「リンゼイさんが遺体で発見されたのは(平成19年)3月26日の夜遅く。日本とイギリスの時差を考えても、26日の昼から夕方にかけて、娘さんの死亡が知らされたと思いますが」

証人「何日かというのははっきりしませんが、月曜日は仕事に行きまして、その間に娘の(日本の)勤務先(の英会話学校)から行方不明という電話を受けました」

「連絡を受けて妻の仕事先に向かい、娘の勤務先や友人に連絡を取ろうとしました。同日夜にかけて娘の死亡を知らされました」

弁護人「娘さんの死亡を知らされ、日本に来ましたね」

証人「それより早くリンゼイが不明という連絡を受け、すぐに妻が日本に行く搭乗券の手配をしました」

傍聴席に座るリンゼイさんの姉妹は、ウィリアムさんの背中をじっと見つめている。ウィリアムさんの声がマイク越しに法廷内に響く。

弁護人「あなたは平成19年3月31日、駐日米国大使館で、検察官の聴取を受け、調書を作成していますね」

証人「日付の記憶はありませんが、たしかに娘が殺害された後です」

弁護人「日本では警察や検察から(事件について)どう説明を受けましたか」

証人「まず警察と接触したときには、それほどの情報はいただけませんでした」

弁護人「検察は?」

証人「検察官からは、どのような気持ちですかと質問がありました」

弁護人「警察や検察からは、娘が強姦され、殺害されたという説明は受けませんでしたか」

通訳が「一番初めですか?」と質問する。弁護人が「そうだ」と答える。

証人「いいえ、そのときに聞かされたのは『殺害された』ということのみです」

弁護人「最初に来られたときに『殺害された』ということは聞かされていたんですね」

法廷で弁護側は市橋被告に殺意はなく、事件は傷害致死罪に相当するとの主張をしている。捜査側が当初から『殺害』という言葉を使い、『殺人罪』での立件を視野に捜査していたことを強調したいようだ。

証人「はい」

弁護人「市橋という男が逃げたということは聞かされていましたか」

証人「容疑者はいるということは聞かされていました」

弁護人「話は変わりますが、イギリスで刑事裁判を傍聴されたことは?」

証人「一切ありません」

弁護人「イギリスでは陪審という制度があることをご存じですか」

証人「もちろんです。私は英国に住んでいますから」

弁護人「陪審制度ではときに法廷がショーのようになったりするという話は聞いたことがありますか」

8日の証人尋問でウィリアムさんは、市橋被告の法廷での証言を「計算されつくし、リハーサルされたものだ」と批判。「まるでショーのようで、まったく悔いていないことは明らかだ」と発言している。弁護側の質問はその当てつけなのだろうか。

証人「先生。どうぞ、私は自動車教習所の教官にすぎず、法廷弁護士ではありません。裁判の知識はテレビや新聞で見る程度で、それが私の得られる知識のすべてです」

少しイライラしたようなウィリアムさんの声が法廷に響く。市橋被告はじっとしたまま動かない。

⇒(2)慈悲の心…「イチハシはない」断言した父の心中は?