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(4)手記の印税「1ペニーも受け取らない」 痛烈批判に被告の震え止まらず

英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第5回公判は、リンゼイさんの母、ジュリアさんへの検察側の証人尋問が続いている。

男性検察官の質問に、はっきりと答えながらも、時折、涙で声をつまらせるジュリアさん。市橋被告は、証言台に座るジュリアさんの左斜め後ろの被告人席で上半身を折り曲げるようにして座り、小刻みに身体を震わせていた。傍聴席からはその表情は見えないが、泣いているようだ。

検察側は市橋被告からの謝罪の手紙について質問している。

検察官「弁護人を通じて、謝罪の手紙を届けたいという意向は伝えられていますか」

証人「私どもは何度も来日し、自主(出頭)するように要求しました。被告人の親にも自主を促すように手紙を送りました。しかし、彼は逃亡を続けた」

「逮捕されて以降、彼(市橋被告)から連絡は一切ありませんでした。その後、謝罪文を送りたいという意向を弁護人を通じて知らされました。ですが、彼が娘の死に対して本当に申し訳ないと思っているとは思えない。裁判対策だと思う。いかなるコミュニケーションも取りたくない」

ジュリアさんの口から繰り返される厳しい言葉に、市橋被告は肩を大きく振るわせている。

検察側は、市橋被告が出版した手記について話題が変わった。手記には、市橋被告の逃亡生活などが記されている。

検察官「本の出版の内容について知っていますか」

証人「私自身読んでいません。読みたくもない。ただ、ネット上では本についてのいろいろな記事があり、多少は何が書かれているか知っています」

検察官「逃亡中の様子を出版したことについてどう思いますか」

証人「まず、そんな本を書くこと自体、奇妙な話。私どもとしては(市橋被告が)失礼なことをしていると思う。こちらの気持ちを無視したこと。逃亡中の出来事をぬけぬけと書くことは、普通の人ではできないと思います。捜査当局に対する狡猾(こうかつ)なジェスチャーだと思います」

市橋被告は、この手記の印税を被害者弁済にあてるとしている。この点についても検察側から質問が出た。

検察官「印税を出すと言っているがどう思いますか」

証人「あまりにもひどい話。侮辱の極みです。彼が本によって何らかのお金を得るとしても、私の娘を殺して、殺人の成果物として得たものです。1ペニーたりとも受け取れません」

検察官「あなた自身はどのような刑を求めますか」

証人「最高刑を求めます。どの刑を求めるかというのはずっと考えていました。2人の娘とも話し合って理由を考えた。理由は、この男が私の娘に対して一切の慈悲もなく、あのようなことをしていたからです。そして、殺したまま捕まることなく暮らしていた。最高刑を求めます」

質問の最後に、検察側から他に述べたいことがあれば話すように促されると、ジュリアさんは堰(せき)を切ったように自分の思いを話し始めた。

証人「私は良き妻であり、良き母親であることに徹してきた。美しい娘たちに恵まれ、支え合って生きてきた。娘たちは『私の世界』でした。その男が私の娘を奪ったのです。その理由がどうしても分からない」

「娘と22年暮らせて幸せだった。裁判官、裁判員のみなさんが素晴らしい娘に恵まれている親ならば、今の私の気持ちが分かるはずです」

涙で時々言葉を詰まらせながら証言したジュリアさん。市橋被告は依然、身体の震えが止まらない様子だった。

続いて、弁護側からの質問が始まった。男性弁護人がゆっくりとした口調で質問していく。

弁護人「この裁判に遺族として参加した理由はなんでしょうか」

証人「卑劣さを理解していただくためです」

弁護人「リンゼイさんが殺害されたと考える根拠は何なのでしょうか」

証人「私には娘が自分で首を絞めたとか、窒息させたとは考えられないからです。それは他者によって行われたと思うからです」

弁護人「被告人質問は聞きましたか」

証人「はい」

弁護人「裁判前に思っていたことと、被告人が法廷で述べたことと違っていましたか」

証人「分かりません。そのような点を判断するのは裁判官の役目だと思います」

弁護人「最後の質問になります。リンゼイさんがどうして亡くなったのかという被告人の説明を聞きましたか」

証人「いいえ」

ここで、女性通訳から弁護側に先ほどの質問の意味が「事実を聞いたのか」か、「納得した」かどちらの意味かと尋ねた。弁護側は事実を聞いたのかという意味であることを伝え、再度、訳し直して同じ質問が行われた。

だが、ここで、検察側から誤導だと指摘があり、堀田真哉裁判長は質問を聞き直すように弁護側に伝えた。

弁護人「リンゼイさんが亡くなった際の状況は聞きましたか」

証人「はい」

弁護側の質問が終わり、検察側も最終尋問がないと答えた。

裁判長「裁判所から質問があれば休廷後に質問します。それまで約20分間休廷し、午前11時55分からの再開とします」

休廷が告げられ、ジュリアさんは証言台からリンゼイさんの父、ウィリアムさんの隣の席に戻った。ウィリアムさんとジュリアさんは少し言葉を交わして退廷。市橋被告は、自力で立ち上がることができず、4人の刑務官に抱えられるようにして立ち上がった。退廷するまで、市橋被告の手の震えは止まることはなかった。

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