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(5)死亡時刻はいつなのか 女医に質問続ける弁護側

英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第2回公判は、約20分間の休廷後、リンゼイさんの遺体の司法解剖を行った女性医師に対する弁護側の反対尋問が続けられた。市橋被告は入廷の際、再びリンゼイさんの両親に向かって頭を軽く下げたが、両親は市橋被告を見ようとはしなかった。

裁判長「では、引き続き、弁護側の反対尋問をお願いします」

男性弁護人がすっと立ち上がり、名前を名乗った後、ゆっくりとした口調で質問を始めた。質問の内容は、死亡推定時刻の計算方法についてだ。

弁護人「死亡推定時刻の計算方法は死後硬直から判断する方法もありますね」

証人「はい」

弁護人「ほかにも、遺体の直腸内の温度から調べる方法もありますね」

証人「はい」

弁護側の質問に対し、端的に回答する証人。1つの質問と回答が終わると、通訳の女性が弁護人と証人のやりとりを翻訳する。リンゼイさんの父、ウィリアムさんは通訳の女性の方を見ながら、じっくりと耳を傾けている。

弁護人「(証人が所属する)千葉大大学院医学研究院法医学教室ではどのような計算方法を採用しているのでしょうか」

証人「37度から実際の(遺体の直腸内の)温度を引いて、0・85で割って、その後いろいろ…。季節によって若干シフトしています」

弁護人「では、死後、直腸では37度から一時間に0・8度ずつ温度が下がるということですね」

証人「目安ということです」

ここで、検察側から「証人の今の話では、0・8ではなく0・85です」と指摘が入る。堀田真哉裁判長が再度確認し、女性医師は「0・85」と述べた。指摘を受けた男性弁護人は、しばらく沈黙し、手元の資料に一度目を通した後、質問を続けた。

弁護人「司法解剖前に、警察が検視した鑑定書は見ましたか」

証人「はい。拝見しました」

弁護人「鑑定書には19・6度と書いてありましたか」

証人「そう書いてありました」

この数値をもとに、弁護側は死亡推定時間を計算する。

弁護人「記録によると、検視は平成19年3月27日午後1時43分ごろとあります。直腸内の温度から考えて、検視からさかのぼって約20時間前に死亡したという理解でよろしいでしょうか」

証人「計算上はそうなります」

弁護人「では、26日の午後5時から6時前後でもおかしくはないですか」

証人「計算上はその時間も入ります」

弁護側はこれに加え、死後硬直の状況による死亡推定時刻の算出方法も尋ねた。

弁護人「死後硬直は死後12時間後が(硬直が強くなる)ピークで36時間後まで続くのが一般的ということでしょうか」

証人「2日間ぐらい続くことがあります」

弁護人「27日の検視で死後硬直が確認されたのなら、25日午後から26日深夜の間に亡くなられたということですよね」

証人「計算上はそうなります」

検察側は冒頭陳述で、リンゼイさんが殺害された時間を25〜26日夕としている。弁護側は、死亡推定時刻から、強姦致死ではなく、強姦と傷害致死が成立することを示そうとしているのだろうか。

この後、リンゼイさんの遺体の瞳孔の混濁状況も確認し、別の男性弁護人に交代した。この男性弁護人は女性医師が午前中、検察官の質問に証言した遺体の傷の状況について質問を始めた。

弁護人「鼻のへこみについて、なんでそのへこみができたか分かりますか」

証人「はっきりしたものは推定できませんでいた」

弁護人「鼻のへこみには粘着テープの跡はありましたか」

証人「鼻そのものにはありませんでした」

弁護人「鑑定書には…」

ここで、男性弁護人は通訳を待たずに次の質問を続けようとし、堀田裁判長に待つように指示された。男性弁護人は少し苦笑いを浮かべ、通訳が終わるのを待った。

弁護人「鑑定書には顔面には粘着テープがあったとありますが、鼻の記載はありませんね」

証人「圧痕(あっこん)はありましたが、鼻に粘着テープはありませんでした」

午前中、女性医師は検察側に、市橋被告がリンゼイさんの顔に粘着テープを付ける際、強く押さえつけ鼻に圧痕ができた可能性を尋ねられ、「そうかもしれません」と回答。弁護側は粘着テープの跡が鼻になかったことを証明することで、この検察側の提示した可能性を打ち消す狙いがあったとみられる。

弁護側は、遺体の状況について質問を続けた。専門的な表現が続くこの日の証人尋問。裁判員たちは肘をつくなどして、一様に疲れた表情を浮かべて聞いていた。

⇒(6)蘇生行為の痕跡がないワケは… 「救命のプロではないから」と主張