Free Space

(8)「妹殺害もストレス障害の原因…」 弁護人がやりとりに笑い声

弁護側請求の鑑定人、牛島定信教授は、検察官の質問にとうとうと答えていく。ときには質問にかぶさるようにして丁寧に答える鑑定人だが、質問と答えがかみ合っていないことも多い。難しい精神鑑定の用語が飛び交う法廷にあって、“主役”の勇貴被告は無表情で、まったく動きがみられない。

検察官「勇貴被告の状態をアスペルガー障害を基盤にした解離性障害と説明しているようだが」

鑑定医「勇貴被告は、記憶といっても断片的で、写真にしたようなものだ。物語性を持った記憶とは違う。そういう特異性はアスペルガー障害のものだ」

検察官「殺害時、勇貴被告に別人格が生じたとする根拠は?」

鑑定医「根拠といわれるとちょっと困るが…。(亜澄さんの死体を)手の込んだ…左右対称に損壊するプロセスと、それ以前とは違うと考えるようになった。最初から、一撃を加えたころから(同じ)とは考えていない。ある段階から変わったとみるべきではないか」

検察官「殺害は怒りの爆発だが、解体はそれでは説明できないということか?」

鑑定医「そうだ。冷静できちんとした行動ができすぎているので」

検察官「弁護人から面談するよう申し入れがあった際、勇貴被告は、『幻聴が聞こえるようになった』という手紙を鑑定人に出したのか?」

鑑定医「ない。私は直接、勇貴被告から手紙をもらったことはない。本人に『個人史を書いてくれないか』と頼んでそれを弁護人から送ってもらったことはあるが」

検察官「鑑定書には、『(勇貴被告が)幻聴が聞こえたという手紙を書いてよこした』とあるが、それはないのか?」

鑑定医「ない。弁護人を通じて、そういう連絡は受けたが…。拘置所の面接で、統合失調症といわれ本人(勇貴被告)が不安がっている、と。でも、本人から手紙を受け取った経緯はない。それは訂正する」

鑑定人の答えは時折、意味不明になるが、検察官は、それ以上追及しようとはしない。鑑定人が明確に答えられないことを強調し、鑑定書の信用性を問題視したいのだろうか。続いて、もう1人の検察官が立ち上がり、質問を引き継いだ。

検察官「鑑定書ではストレス障害が(今は)治っているとあるが?」

鑑定医「治っているというのは言い過ぎかもしれない」

検察官「ストレスとは何か?」

鑑定医「殺害を行ってしまったということがストレスではないかと考えた」

検察官「殺害したという心理的ストレスが…」

鑑定医「(質問をさえぎって)説明します。ストレス状態というのは、家庭内で安心できない状態にあり、引きこもりの中にあって、それをストレス状態とした」

検察官「受験のストレスはないのか?」

鑑定医「ないとはいえないが、強くはない」

検察官「引きこもりというのは外にでるのがイヤという意味か?」

鑑定医「社会参加を拒むという心理のことだ」

検察官「しかし、勇貴被告は事件の後、(医学部受験のための)冬期講習に参加している。これは社会参加ではないのか?」

鑑定医「こうしたことは他の引きこもりのケースにもよくみられる。外に出てはいるが、社会参加にはなっていない」

鑑定書の矛盾点を突く検察側。鑑定人は、不機嫌になったり答えを拒否したりすることはないが、鑑定結果を理解してもらおうとして説明が長くなる。

検察官「鑑定で、診断の根拠は犯行時の記憶健忘ということになっているが」

鑑定医「基本的にはそこが主だ」

検察官「勇貴被告は公判でも犯行について詳しく話している部分があるが」

鑑定医「ある段階からだ。ストレス障害は相手に合わせまいと思うとずっと続く。説得を受けても治らない」

検察官「記憶の欠落…断片的な写真の記憶以外は欠落しているというのは本人がそう言ったからそう判断したのか?」

鑑定医「はい」

検察官「鑑定人は先ほど、アスペルガー障害というのは聴取者の考えに合わせがちだと言った。勇貴被告が(精神鑑定時に)鑑定人の言うとおりに記憶がないと合わせたようなことはないか?」

鑑定人が勇貴被告を誘導し、鑑定結果を導き出したのではないかという検察官の質問に、正面に座っていた弁護人の1人が「それはないでしょ」と笑い声をあげた。

鑑定医「取り調べの時は、(取調官が)一生懸命に指導してくれたので、それに合わせたのではないか」

検察官は、それ以上は追及せず、鑑定書についての質問を続けた。勇貴被告は相変わらず、体をまっすぐにして座っている。

⇒(9)勇貴被告の犯行時の記憶「知る術なし」と鑑定人