(5)髪をそり落とし、遺体切断は「別人格の出現」
弁護側請求の鑑定人、牛島定信教授は勇貴被告のアスペルガー障害、解離性同一障害を指摘する一方、亜澄さんの攻撃性にも事件の発端があったと指摘。弁護側は、亜澄さん側の問題点もあぶりだそうと尋問した。
弁護人「事件の原因は、被害者の攻撃的な言動にあるということか?」
鑑定医「それと、被告の社会性、適応障害もある」
弁護人「被告は被害者からしばしば悪態をつかれていたのに、このとき(事件当日)だけこうなってしまったのはなぜか?」
鑑定医「社会との接触がどんどん希薄になっていく中で、本人(被告)の中に変化が起きたのだろう」
弁護人「『被告にはまず、専門的な治療を受けさせるべき』と指摘しているが、この治療とはどういうものか?」
鑑定医「本人の人格的成長を促す治療のこと」
弁護人「それは5年、10年先よりも、今受けさせるべきということか?」
鑑定医「なるべく早くそうさせたいと、精神科の医者としては思う」
弁護人「鑑定書では、『(勇貴被告の)解離性障害は現在、治っている』とある。しかし先日、弁護人が接見したところ、(勇貴被告から)『手紙を書こうとしたが書けない。書いても支離滅裂になる』との訴えを受けたのだが…」
検察官「その質問は、関連性があるのか?」
検察官が、弁護側の質問に異議を唱えた。弁護人は『鑑定書の信憑(しんぴょう)性についてなので関連性はある』と反論したが、検察官は『それは弁護人が一方的に聞いただけの話』と主張。秋葉康弘裁判長も『別の質問にしてください』と促した。
弁護人「被告と被害者の両者、もしくはどちらかが治療を受けていれば、事件は防げたのか?」
鑑定医「精神医学はそこまで傲慢(ごうまん)ではないので…。可能性はあるが、必ず予防できたとまでは言えない」
ここで弁護側の質問は終了。代わって男性検察官が立ち上がり、牛島鑑定人が、犯行当時出現したと指摘する『勇貴被告の別人格』について質問を始めた。
検察官「被告に別人格が出たのはいつか?」
鑑定医「被害者に殴りかかったときの心理状態に激しい攻撃性があり、そこに人格が反応したと考えている」
検察官「木刀で殴り、浴槽に沈め、遺体を解体−といった順番だが、どの段階でそれは出たのか?」
鑑定医「(勇貴被告)本人に聞いたが、記憶にない部分なので、判然としない。ただ、殺害と死体損壊は別次元で考えるべき」
検察官「事件当時、衝動的感情が突出した原因は?」
鑑定医「分からないが、被害者に挑発を受けたのだと思う」
牛島鑑定人は勇貴被告を鑑定した結果、『死体損壊については責任能力のない状態にあったが、殺害についてはある程度の判断能力はあった』と指摘している。
検察官「殺害時と遺体解体時の責任能力は別ということか?」
鑑定医「そうした方が理にかなう」
検察官「殺害時はどういう状態だったのか?」
鑑定医「ある程度の責任能力は残っていたんだと思う」
検察官「それは、(通常時に比べて)著しく減退していたという状態か?」
鑑定医「著しく限定していたと考えていい」
検察官「被告は(亜澄さんの遺体から)毛髪をそり落とし、遺体を左右対称に15個に分けた。この点(本来の勇貴被告ならば行わない行動をとったこと)を疑問として鑑定を行ったということだが、これは別人格の出現によるものということか?」
鑑定医「そうだ」
続いて検察官は、牛島鑑定人が勇貴被告をアスペルガー障害と診断した根拠の一つ、友人関係について質問した。
検察官「(鑑定書には)『仲間関係をつくることの失敗』とあるが、被告は中学校、高校で少なくとも2人の友人がいたと言っている。狭い範囲でも、友人関係をつくっていたのではないか?」
鑑定医「そんなことはありません! 一緒に何か喜び合う関係はできていなかった」
牛島鑑定人は、強い言葉で検察官の質問を否定した。
検察官「被告の言っていることは違うと?」
鑑定医「表面は仲良く振る舞っているが、実はそうではない、ということはよくある」
検察官「被告は、情緒的相互性が欠如してるということなのか?」
鑑定医「そうだ」
検察官「しかし、あなたは被告のことを『良心的で思いやりがある』と表現している。これは矛盾するのではないか?」
鑑定医「人間的な交わりとなると、通常の関係とは少し違うと考えている」
検察官「遺体の解体作業は、強迫性障害から来るものなのか?」
鑑定医「そう推測している」
検察官「あえて、解離性同一障害とまで仮定しなくても(勇貴被告の行動について)説明はつくのでは?」
鑑定医「強迫性障害の場合は、本人に記憶が残っている」
検察官「記憶の点(死体損壊時の勇貴被告の記憶があいまいという点)で、解離性同一障害という仮定も必要ということなのか?」
鑑定医「そうだ」
検察官「犯行当日、(亜澄さんに)『勇君は、自分が勉強しないから成績が悪いと言っているけれど、本当は分からないね』と言われている。これは、本人の記憶に基づいているのではないか?」
鑑定医「供述調書をとられる過程で、かなり無理な指導があり、そこに書いてあることにあまり信用性はない」
供述調書を根拠に、勇貴被告に責任能力があったことを立証したい検察側に対し、鑑定人は供述調書の信用性に疑問を投げかけた。目前で多くの病名がやりとりされる中、当の勇貴被告は、両ひざの上に拳を乗せたまま、人形のように微動だにしない。