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(2)弁護側の医師「救命可能性はきわめて低い」検察側証人と真逆の見解

保護責任者遺棄致死など4つの罪に問われた元俳優、押尾学被告(32)の女性弁護人が、証人への尋問を続けている。証人として出廷したのは、福岡市にある池友会福岡和白病院の救命救急医という男性だ。押尾被告と一緒に合成麻薬MDMAを使用した後に死亡した飲食店従業員、田中香織さん=当時(30)=の容体について見解を尋ねた。

弁護人「(容体が急変してから)初めの十数分間は、(押尾被告が)話しかければ起きる状態でした。その状態から、急に倒れるということはあるのでしょうか」

証人「あり得ます。この中にも、てんかんの患者さんをごらんになったことのある方がいらっしゃるかもしれませんが、てんかんの方も突然、震え始めます」

弁護人「田中さんが数回に分けてMDMAを服用したことと、何か関係はあるのでしょうか」

証人「薬物は一定量を飲んだ後、まだ(体内の)代謝が終わらないうちに追加で飲む方が、一気に服用した場合に比べて、急激に血中濃度が上がるとされています。田中さんについても、それが起こった可能性はあります」

弁護人「田中さんの解剖所見で、急変を示すものはありますか」

証人「肺水腫などは、急死と矛盾のない所見です」

肺水腫とは、肺胞などに水分がたまった状態のことで、呼吸不全などの症状を引き起こす。

弁護人「セロトニン症候群についてはどうでしょうか」

証人「重症のセロトニン症候群として、典型的な部類です」

セロトニン症候群とは、脳内物質セロトニンの濃度が高すぎるために引き起こされるもので、自律神経や脳認識機能に障害を与え、興奮や錯乱、昏睡(こんすい)などの症状が出る場合もあるという。

弁護人「田中さんのセロトニン症候群は重症だったのでしょうか」

証人「かなり重症の部類に入ります」

弁護人「(死亡時に田中さんが)高体温だったことは、何か治療との関係で問題がありますか」

証人「高体温は、全身の筋肉や臓器の異常を起こし、腎不全や肝不全などを引き起こします。つまり、予後を悪くするということです。脳に関しても、温度が上がることで脳の機能が悪くなります。田中さんの場合、ここまで体温が高いということは重症です」

ここで女性弁護人が、「予後」の意味を尋ねると、証人は「簡単に言うと、この先どうなるかということです。つまり、田中さんの場合は、助かったか助からなかったかということです」と答えた。

弁護人「救命可能性はどのように判断するのでしょうか」

証人「一般的に、重症度や予後を図るために、アパッチスコアという点数をつけます。また、心臓や呼吸が止まってから何分後に措置をすれば何%助かるのか、というカーラー(の救命)曲線というものもあります」

弁護人「田中さんの救命可能性について、そうした方法で判定することはできますか」

弁護人が核心を突く質問を切り出すと、証人は「それは大変難しいです」と答え、“密室の壁”を説明した。

証人「今回の田中さんの容体を分かっているのは、押尾さんしかいません。さらに、押尾さんも薬物の影響下にあり、時間経過もあいまいでした。(救命可能性について)正確に何%ということは言えません。唯一確かなのは、薬物の血中濃度です。血中濃度はうそをつきません。田中さんの8から13という血中濃度で、過去に助かった人はいません。そういう意味では、救命可能性は極めて低いです」

押尾被告は、手元のファイルに視線を落としている。

弁護人「救急隊員が(現場に)到着した時点で、すでに心肺停止したり、心室細動が起きていたりした場合、救命可能性はどのぐらいあったのでしょうか」

証人「これは、田中さんのMDMAの血中濃度が致死量を超えていたという前提ですが…。心肺停止し、心室細動すら起きていない場合は、救命可能性はゼロです。心室細動があれば、数%…。ゼロではありません」

弁護人「救命救急センターに搬送中に、心肺停止したり、心室細動が起きていた場合の救命可能性は?」

証人「いかに早く病院に着いたかというのがキーポイントになるのですが…。さきほどの場合よりは可能性が上がりますから、約20〜30%はあったのではないでしょうか」

弁護人「病院に搬送後、心肺停止したり、心室細動が起きていた場合は?」

証人「救命救急センターで最新の治療が施せることを考えれば、30〜40%はあったのではないでしょうか」

ここで弁護人は、質問を変えた。証人は一般市民を対象とした、救命措置講座の講師などとしても活動しているといい、弁護人は「講座では、どういった場合に119番通報するよう指導しているのですか」と尋ねた。

証人「『人が倒れていたら呼びかけて反応をみなさい。反応がなければ、直ちに119番通報しなさい』ということを教えています。その後、可能であれば気道を確保し、呼吸がなければ胸を押しなさいとも話しています」

弁護人「田中さんの解剖所見には胸骨骨折がありました。解剖医は、押尾さんが力を入れた場所は適切だったが、(心臓マッサージの)効果があったかは分からない、としています。効果があった可能性はあると思いますか」

証人「はい」

弁護人「講習のときは、ほかにどのような心構えを話していますか」

証人「現状、日本で人が倒れたときに、居合わせた人で心臓マッサージなどの手当てをする人は20〜30%程度です。なので、(救護措置の方法で)思いだしたことだけでもやってください、と言っています」

ここで証人は「人を助ける心肺蘇生(そせい)では、いかなる試みでも何もしないよりはいい」という、医学の格言を引用し、続けた。

証人「押尾さんの場合も、心臓マッサージをしたことは評価されていいのではないでしょうか。(救護措置を)何か一つしたならば、私がお釈迦様だったら、カンダタにクモの糸を1本垂らすと思います」

カンダタとは、芥川龍之介の小説「蜘蛛(くも)の糸」に登場する地獄に落ちた泥棒だ。お釈迦様は、カンダタが生前、クモを殺さずに逃したことがあったことから、天からクモの糸を垂らし、地獄から脱出する手段を与えた。

ここで弁護人の主尋問が終わり、代わって男性検察官が質問に立った。

検察官「心臓マッサージが、田中さんの死亡後に行われていた場合はどうでしょうか? 解剖所見によれば、田中さんの胸部周辺には微量の出血がありました。心停止していない状態で心臓マッサージをすれば、多量の出血があったはずです」

証人「心臓マッサージとは、心臓が止まってから行うものだから、おかしくはありません」

検察官「心停止してからどのくらいの時間で心臓マッサージしたかによっても(救命可能性は)違いますよね?」

証人「それはありますね。完全に死後変化が起こってからでは、出血は起こらないので、何らかの生体反応があったかとは思います。ただ、その点についてはよく分かりません」

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