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(30)「侮辱だ!」火花散らす弁護士と検事 幕引きは次回に持ち越し

検察官「彩香ちゃんのことを忘れていたというが、豪憲君のことは覚えている。あなた、書店にマンガを注文しているよね?」

鈴香被告「…」

検察官「米山さんに同じ犠牲者としての手紙を送ってるよね?」

鈴香被告「はい」

検察官「どういう心理?」

鈴香被告「申し訳ないという気持ちから」

検察官「その手紙を受け取ったことで、豪憲君の両親がものすごく悔しく思っていること、分かっているよね?」

鈴香被告「分かる」

検察官「申し訳ない気持ちから、あんな手紙が出せるの?」

鈴香被告「…」

検察官「警察を動かすつもりで思わず殺したなら、後悔はなかったの?」

鈴香被告「後悔はずっとしている」

検察官「だったら、(豪憲君を殺したと)自首して彩香ちゃんのことを訴えればよかったのに、なぜそうしなかった?」

鈴香被告「あっという間にマスコミが集まって、それどころではなくなった」

検察官「豪憲君事件後は、警察に対する要求が強くなるはずなのに影を潜めている。なぜ?」

鈴香被告「マスコミ対策の方が先、というか、怖かったから」

検察官「彩香ちゃんの殺害は瞬間的かつ完全に忘れていたということだよね? その後、なんでこんなことをしてしまったのかと動けなくもなった。でも、豪憲君の殺害については忘れていない。どう違うの?」

早口で鈴香被告を糾弾する検事に、弁護側が立ち上がった。

弁護人「異議! (彩香ちゃんの件は)殺害ではない!」

検察官「彩香ちゃんより、むしろ故意に他人の子を殺してしまったことの方がショックなのでは?」

鈴香被告「…」

だまってしまった鈴香被告に対し、藤井裁判長がゆっくりと問いかけた。

裁判長「どうですか? うまく答えられないかな?」

鈴香被告「…(小さくうなずく)」

検察官「豪憲君の方は…」

彩香ちゃん事件と豪憲君事件の違いについて、なおも突っ込んで質問しようとする検察官を、弁護人が立ち上がって制した。

弁護人「異議! 侮辱です!」

検察官「侮辱的な質問ではない!」

抗議を受け、感情的に言い返した検察官を、裁判長が制する。

裁判長「侮辱的とは思わないが、聞いても被告人は答えないでしょう」

検察官「豪憲君のことはその後も覚えている。豪憲君殺害は意外なことではない。つまり計画的だったのでは?」

鈴香被告「違う」

検察官「5月11日、美容院に髪を染めに行っている。そのとき、『彩香ちゃんは川に落ちて、誰かが知らんぷりして帰ったのではないか』という話をした覚えはないか?」

鈴香被告「よく覚えていない」

検察官「作戦の転換というか、自分に疑いが向いてきたので、もう一度、彩香ちゃんの件を事故にしたいという気持ちになったのではという質問なんだけど?」

鈴香被告「そんなことはない」

検察官「発見された(彩香ちゃんの)死体はきれいだったね?」

鈴香被告「はい」

検察官「靴が脱げていないのは不自然だという指摘もあったね?」

鈴香被告「はい」

検察官「彩香ちゃんが川から上がった後、もう一度別の人が殺したと思い込もうとしたことは?」

鈴香被告「ない」

検察官「彩香ちゃんの殺害、あえて私は殺害と言うけれど、過失で川に落としてしまっただけというが、その主張を変えるつもりはないか?」

鈴香被告「ありません」

検察官「今日はここで終わります」

続いて裁判長が、豪憲君を殺害した状況について質問を始めた。

裁判長「1点だけ確認します。あなたが豪憲君を殺害するのを決意したのは、軍手を目にしたとき? それとも手にしたとき?」

鈴香被告「目にしたときです」

裁判長「軍手で直接絞めようとしたの?」

鈴香被告「いえ。はめてから、絞めようと思った」

裁判長「直接?」

鈴香被告「はい」

裁判長「軍手はどこではめたの?」

鈴香被告「廊下から子供部屋に行く途中」

裁判長「何のため子供部屋に向かって歩いたの?」

鈴香被告「軍手をはめている途中、軍手だけで絞めるのはとても怖いと思ったので、後ろを向いて座っている豪憲君の後ろを通ったときに見えたピンクのひもを取りに行った」

裁判長「手で直接絞めようと考えたのはどの段階?」

鈴香被告「(軍手を)目にしたときです」

裁判長「その後、なぜ彩香ちゃんの部屋に行こうとしたの?」

鈴香被告「カードを取りに戻るふりをしたつもりだった」

裁判長「それで? 直接手で絞めるのが怖いと思ったのはいつ?」

鈴香被告「廊下を軍手をはめながら歩いているとき」

裁判長「軍手を手にして殺害を決意した。手にして、そのときは直接絞めようとして、カードを取りに行くふりをして歩いた。そうしたらひもが見えたの?」

鈴香被告「はい」

裁判長「ひもが見えたから殺害しようとしたの? それとも何か探しに行こうとしたらひもが目に入ったの?」

鈴香被告「どちらかというと後の方」

裁判長「捜査段階ではそうは言っていないと思うが」

鈴香被告「覚えていない」

裁判長「あなた、豪憲君に『何かもらってくれない?』と声をかけて家に招いている」

鈴香被告「はい」

裁判長「先に豪憲君が入って、続いてあなたが入った。その後、『ちょっと待ってて』と声をかけた」

鈴香被告「はい」

裁判長「切ない思いを抱いたのはいつ?」

鈴香被告「後ろから入ってきたとき」

裁判長「どのくらいの時間?」

鈴香被告「何分ではなく、何秒とかだった」

裁判長「非常に短い時間だね。そんな短い時間でいろんな感情、切ない、苦しい、今しなければ、などが浮かんだのか?」

鈴香被告「はい」

裁判長「本日はここまでにします」

3回の休憩をはさみ、6時間半にも及んだ被告人質問は終わった。鈴香被告は傍聴席で唇をかみしめる母の姿だけを目に映すと、午後6時37分、うつろなまなざしで法廷を去った。目を真っ赤にした豪憲君の両親が、呆然と座り込んでいた。

次回12日の公判では、検察側が引き続き被告人質問をする予定だ。

⇒第8回公判