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最終弁論要旨

 東京・秋葉原の無差別殺傷事件で、弁護側の最終弁論要旨は次の通り。

 【最終弁論】

 ▽はじめに

 加藤さんは、事件をなぜ起こしたのかを逮捕後に振り返り、自問自答してきた。責任を取らなければならないことはもちろんだが、結論としては、死刑を科すべきでない。

 ▽掲示板サイト

 この事件の背景で特徴的なのは、掲示板サイト。これを正確に理解する必要がある。加藤さんの掲示板への書き込みを文言通りに取ると真実を見誤る。

 ▽目的

 決して人を殺すことが目的ではなかった。加藤さんは掲示板での「成り済まし」「荒らし」をやめてほしいことを伝えたかった。その手段として事件を起こした。ネットにのめり込み、本音で生きられる大切な場所と感じ、そこでの人間関係は親しい友人や家族と一緒だったが、それを「成り済まし」などによって奪われたと考えた。

 ▽検察側指摘の動機

 検察側が指摘する動機は誤っている。加藤さんは犯行を思い立った時の記憶を失っている。検察側は掲示板への理解がない。掲示板への書き込みを加藤さんの本心と思い込み、書き込まれている自らの容姿のコンプレックスなどを事件に結び付けている。

 ▽背景

 事件の背景には、加藤さんの性格や物の考え方、掲示板サイトへの依存があった。これらを理解することが事件の解明には不可欠。人格形成の過程と掲示板に依存する経緯を解明する必要がある。

 ▽母親との関係

 加藤さんの生い立ちで特徴的で大きく影響しているのは、幼少期の母との記憶。トイレに閉じこめられたことなど否定的な記憶しかない。母は、夫との不仲によるストレスのはけ口を加藤さんに向けた。

 母自身が満足するために、加藤さんに恐怖や罰を与えた。しつけや教育ではなく、不適切な養育と言わざるを得ない。これにより、加藤さんはスムーズに他人と人間関係を結べなくなり、冷めた感情を持つようになった。自分を低く評価するなど人格形成に大きな影響を与えたのは否定できない。

 加藤さんの性格傾向として▽抑うつ▽人に迎合し喜ばせようとする▽気持ちを行動で間接的に表現する▽相手を自分と同じとみなすこと−が挙げられる。他人が自分と同じように感じていると考え、思い通りにならないと無視されたように感じる。

 ▽事件の動機

 掲示板サイトでの「成り済まし」「荒らし」をした人たちに、やめてほしいと伝えたかったことが動機。掲示板が、加藤さんにとって、どれほど重要だったのかを理解することが必要だ。

 加藤さんは掲示板での人間関係を家族のように感じていた。悩み・本心を書き込むのではなく、何らかの反応を得るのが目的で、自虐的な書き込みをしていた。

 ▽犯行に至る経緯

 2008年5月ごろから携帯サイトの掲示板に「成り済まし」や「荒らし」が現れ、掲示板の人間関係を奪われたように感じた。犯行直前まで嫌がらせをやめるよう書き込みしたが効果はなかった。

 6月5日には職場でつなぎ(作業着)が見つからず帰宅した。加藤さんはそれ以降の記憶がない。ただその後、記録を読むなどして振り返ると「事件を起こす」と掲示板に書き込み、間接的に嫌がらせをする人にやめてほしいと伝えていた。

 ▽被害者1人に対しては殺意がなかった

 加藤さんは秋葉原の交差点でトラックで人をはねた以降の記憶が途切れ、ナイフで被害者を刺した記憶も3人しかない。その後、現行犯逮捕された警察官に警棒で殴られてわれに返った。

 右腕を切られて20日間のけがをした男性被害者に対しては、殺意がなかった。被害者は相手を見ておらず、また、犯行状況を目撃した人は1人しかおらず、視力も弱いため証言は信用できない。殺意があるなら腕ではなく体全体を標的にするはずだ。加藤さんのナイフに被害者の腕が偶然当たったと考えるのが自然だ。殺人未遂罪は成立しない。

 ▽公務執行妨害罪は成立しない

 加藤さんは現行犯逮捕された警察官に左の額を殴られて初めて警察と気付き、それ以降は警察官に攻撃を加えていない。ナイフで突き刺そうとするなど殺意があったことは否定できないが、公務執行妨害罪の成立のためには被害者の公務員が職務に当たっていると、加藤さんが認識している必要がある。加藤さんは無我夢中でそこまで考える余裕がなかった。公務執行妨害罪は成立しない。

 ▽責任能力

 本件犯行は、加藤さんの従来の性格からは異質で予想できないものだった。精神疾患により善悪判断能力、行動制御能力が喪失するか著しく損なわれている状態で犯行は行われた。心神喪失か心神耗弱と判断すべきだ。

 「掲示板の成り済ましや荒らしに嫌がらせをやめてと伝えたい」という主張は理解可能だが、全く関係ない不特定多数の人を殺害することは、正常心理では理解することが困難。

 08年6月5日に実際は存在したつなぎを「ない」と主張した点では妄想も認められる。犯行前から犯行時にかけて記憶の欠落もみられ、掲示板の嫌がらせによるストレス反応により解離性健忘に至ったと認められる。

 再度の精神鑑定を却下した裁判長の判断は裁量を超えており違法だ。

 ▽供述調書について

 捜査段階の供述調書で事件の動機について「悩みや不満を掲示板に書き込んだが無視され怒りが爆発した」「掲示板で嫌がらせをする人にアピールしようと思った」とあるのは事実に反する。調書は検事に迎合したもので任意性はない。

 加藤さんは捜査段階から犯行時の記憶の大半が失われているのに、記憶があるかのように調書をまとめられた。捜査官が調書訂正に応じず、加藤さんがあきらめ署名したもので、調書を証拠採用した裁判長の判断は違法だ。

 ▽死刑について

 罪刑均衡の見地から総合的に死刑は判断されるべきだ。無差別殺人で死傷者が多数というだけで、死刑を選択すべきではない。経緯や動機、加藤さんの場合は掲示板でのトラブルなどの事情を考慮しなければならない。

 この事件が無差別通り魔殺人であることは明らか。しかし、無差別殺傷そのものが目的だったわけではない。社会や自己の境遇への不満、または確信犯的にこういった事件を犯す人もいるが、加藤さんの場合、大きな事件を起こすことで、「荒らし」や「成り済まし」に「やめてほしかった」というのを知らせることが目的だった。

 ▽計画性

 加藤さんは、犯行後に逃げるなどの行動は取っていない。成育歴のために「その後のことを考えない」という人格が影響している。

 凶器やレンタカーは用意したが、綿密な計画だったとは言い難い。殺傷系の事件を起こそうと警告したことが次第に具体化された。計画したことを思い出せないことが、それを物語っている。強固な殺意に基づく犯行ではなかったと言える。

 ▽結果

 結果が一番重大。7人の命が失われた犯行は許されるものではない。しかし、それだけで死刑を軽率に判断するべきではない。遺族らの処罰感情や社会的影響も過大に評価するべきではない。

 ▽生い立ち

 母親との関係は、加藤さんの人格に大きな影響を与えた。未来に希望が持てず、自分を愛することができなかった。信頼のおける人間関係や居場所を求めていた。本音でものを言える掲示板は、自己肯定ができるかけがえのない場所だった。

 加藤さんは「荒らし」や「成り済まし」で大切な場所を失ってしまったことに激しい怒りを覚えた。そこにつなぎ事件という不運も重なり、現実の居場所を失った。 動機の形成過程に人格や成育歴がどう影響をしているか検討するべきだ。

 ▽更生可能性

 加藤さんに前科前歴はなく、まじめにこつこつ働いていた。元同僚や中高の友人、掲示板で出会った人たちも「信じられない」と言っており、加藤さんは非人間的で極悪非道ではない。

 悲しむべきことに、加藤さんは自分の周りに身を案じてくれるたくさんの友人がいたことに気付かなかった。少なくとも、友人たちは加藤さんを支えると申し出てくれている。

 今日に至るまで、加藤さんは事件と向き合い、少しでも真実を明らかにできるように努めてきた。法廷でもうそや偽りを述べたことはなく、責任逃れもしていない。

 加藤さんは心から事件を後悔している。掲示板をめぐるトラブルという動機は、語らなければ明らかにならなかった事実。責任を逃れるためのものではなく、真実を明らかにするためのものだ。加藤さんが遺族らにあてた手紙は取り繕うことなくありのままの気持ちを伝えようとしている。少しずつ他者の気持ちを理解できるようになってきている。事件の被害者や遺族と向き合い、償いを考えている。

 記憶にない部分についても申し訳なく思い、できるだけ真実に近いことを述べるようにしてきた。

 反省すれば許されることではないが、謝罪は取り繕うものではない。事件を後悔し続け、遺族の思いを理解しようとしていることから更生は可能だ。当時25歳であり、この2年半で少しずつ成長している。一生かけて更生できないものではない。加藤さんには死刑を科すべきではない。事件はあまりに重大だが、両親に愛情を受けることなく掲示板に依存した生活が背景にあった。

 加藤さんは、後悔している。責任の重大さを終生にわたり考えさせ、苦しみ抜かせることがふさわしい。

⇒第30回公判