判決要旨(2)
しかも、被告人と女は、同犯行に先立ち、相互間における携帯電話の通話記録等を消去したり、駅構内で連れ立って歩くことを避けるなどによって、赤の他人同士を装い、本件犯行が警察に発覚しないよう画策するなどしており、周到かつ狡猾な行動をとっている。被害者は、単に乗客として電車を利用していたに過ぎないのに、多数が乗車した電車内において、痴漢という極めて不名誉な容疑を予期せずかけられ、被告人と女の巧妙な立ち回りから、警察官らに必死に無実を訴えたにもかかわらず、これを聞き入れられずに、そのまま逮捕され、丸1日近く警察署留置施設に収容されており、釈放後も、女が警察に自首したことを聞かされるまでは、無辜の罪で処罰される不安にさらされていたもので、本件が平穏な社会生活を送っていた被害者に大きな打撃と屈辱を与えたのみならず、その家族らにも多大の衝撃と心労をもたらしたことは明らかである。
このような事情から、被害者が本件犯行に激しく憤り、被告人の厳しい処罰を求めているのは当然である。さらに、本件が、特異な痴漢えん罪事件としてマスコミなどにより広く報道されることによって、公共交通機関を日々利用している多くの男性通勤客に対して、いつ本件と同様の無実の嫌疑をかけられ事件に巻き込まれるかもしれないという深刻な不安を与えたことが容易に推察される。また、電車内で実際に痴漢被害に遭遇し、勇気をふるって被害申告をした女性についても、虚偽申告ではないかとの疑いの目で見られるという可能性を生じさせたことも窺われ、弱い立場にある女性被害者をして性犯罪の被害申告を一層ためらわせ、性犯罪の検挙や抑止を困難にさせるという深刻な事態を招来させかねないことが危惧される。
以上にかんがみると、虚偽告訴の犯行が、市民生活に与えた悪影響にも見過ごせないものがある。加えて、同犯行につき女が自首し、被告人にも自首を勧めたのに、被告人は即座にこれに拒絶したのみならず、あまつさえ、女に家族を皆殺しにするなどと申し向けて自白の撤回を迫っているのであって、犯行後の態度も極めて自己中心的で反省心に著しく欠けている。
【2】(3)の窃盗の犯行は、被告人が、女との事前打ち合わせに基づき、女をして、ゲームセンターでゲーム機上に財布を置いたまま、ゲームに熱中している遊客に話しかけさせ、その近くに座ったりバッグを置かせたりするなどして、財布が見えにくい状況を作出させて、その隙を突いて素早くこれを盗み出しているのであって、やはり計画的で悪質な犯行というべきである。
以上【2】の3件の各犯行は、わずか4日間に罪障感なく、次々と敢行されており、この点だけでも、被告人の規範意識は相当に希薄とみざるを得ない。しかも、被告人は、高速道路を高速走行中、仮睡状態に陥って大事故を引き起こして後続車両の運転手を死亡させたという業務上過失致死罪により、平成19年3月、禁固3年、執行猶予4年の判決を受けており、自重自戒しなければならない立場にあったのに、生活態度を何ら改めようとしないまま、同判決からわずか8カ月で【1】(1)ないし(3)の各窃盗詐欺の犯行に及び、それから3カ月以内にさらに悪質な【2】(1)ないし(3)の各犯行にも及んでいるのであって、前刑における執行猶予の機会付与が被告人の改善更生や再犯抑止に何の効果ももたらさなかったことは明らかで、被告人の法軽視の態度はこの点からも強い非難を免れない。
以上に照らすと、犯情はまことに芳しくなく、被告人の刑責は相当に重いというべきである。
他方において、強盗における金品の奪取が失敗に終わっていること、虚偽告訴については、女が犯行の6日後に警察に自首したことを契機に被害者にかけられていた嫌疑が完全に晴らされるに至っていること、【1】(1)及び(2)(3)の被害品の多くが各被害者に還付されていること、被告人が、家族の協力を得て、窃盗及び詐欺各2件の被害者ないし実質的被害者に対しては、相当額の損害賠償金を支払うことで示談が成立し、これらが既に支払われていること、【1】(1)の被害者からは寛大な処分を求める旨の嘆願書が提出されていること、また、強盗未遂の被害者に対しても、損害賠償金として30万円が支払われていること、被告人が、(2)の各犯行に至る経緯や犯行態様、女との役割分担などの細部についてはさておき、各犯行の事実関係についてはほぼこれを認めており、【1】(2)(3)と【2】(3)の各被害者には謝罪の手紙を書き送っていること、証人となった被告人の実母が、今後、被告人を一層監督しその更生に協力していくと述べていること、本件で実刑判決が確定すると、被告人の前刑に付された執行猶予が取り消されて2つの刑を併せて服役しなければならない立場にあることなどの被告人のために酌むべき事情も認められる。
そこで、これらの事情を総合考慮すると、今回は、被告人に対して、主文の刑をもって臨むのが相当である。以上