(3)「ターゲット決めたのは私」「示談金は1万や2万円ではないと…」
検察官の質問が終わり、女性弁護人が再び質問に立った。
弁護人「検察官からいろいろ聞かれましたが、あなたにとって、蒔田被告がそこまで絶対的な存在になった理由は」
阪田被告「あの時は…」
事件直前のシーンに話が及ぶと阪田被告の声は何度も消え入りそうになる。
阪田被告「誰にも認めてもらえない、必要とされてない、生きていてもしようがないと思っていたので…。私のことを必要として、私のことが好きだと言ってくれるのが彼だった」
弁護人「あなた、前回と今回と2回の裁判がありましたけど、今日も薬は飲んでるのかな」
阪田被告「はい」
前回の初公判で、阪田被告が鬱病(うつびょう)になり、精神的に不安定な状態が続いていることが明らかにされていた。
弁護人「前回うまく言えなかったことはありませんか」
阪田被告「私が痴漢でっち上げ事件を起こしたことで、実際に痴漢の被害にあっている女性が『私が痴漢にあいました』と声を上げたとき、でっち上げじゃないかと疑われるのではないかと。申し訳なく思っています」
続いて、裁判官の質問に移った。
裁判官「蒔田被告は盗んだりしたお金をあなたと折半したと供述していますが、あなたもお金を受け取ってるんですか」
阪田被告「いえ。盗んだ財布にいくら入っていたかもわからないですし」
裁判官「あなたは受け取っていないということ」
阪田被告「はい」
裁判官「虚偽告訴(痴漢でっち上げ)について聞きますが、電車内で被害者をターゲットに決めたのは誰ですか」
阪田被告「…。私です」
裁判官「示談金は、いくらぐらいになると思ってましたか」
ゆっくりと小さな声で話す阪田被告に、裁判官は淡々と矢継ぎ早に質問していく。
阪田被告「具体的には金額の話は出なかったですし、蒔田被告の口からも相場を聞かされたことはなかった。金額も想像つかなった」
裁判官「1万とか2万ではなく、もっと大きなお金だとは思っていたわけですか」
阪田被告「相場はわかりませんが…。1万円や2万円というような金額ではないだろうなという認識はありました」
裁判官「弁護人との打ち合わせの中で、蒔田被告の供述内容については知っているんですか」
阪田被告「はい」
裁判官「あなたの認識とは相当違ってますね」
阪田被告「はい」
裁判官「蒔田被告が嘘をついているということですか」
阪田被告「はい」
裁判官「痴漢被害にあう女性の話をしていましたが、男性に対しても、ぬれぎぬの不安を与えていることも今はわかりますね」
阪田被告「はい」
2回の公判にまたがって行われた被告人質問が終了。阪田被告は目線を下に落とし、小さな白いハンカチを握りしめたまま被告人席へ移った。
検察官が論告の読み上げを始めた。
検察官「虚偽告訴事件は、会社からの帰宅途中に何の落ち度もない男性を痴漢の犯人にでっち上げたもので、痴漢の目撃者の勇気ある証言で被害者の被害申告が裏付けられることを逆手に取った極めて巧妙で悪質な犯行です」
阪田被告は表現が厳しい論告の内容に顔色を紅潮させた。うつむき、前髪で目元は見えないが、泣いているようにも見える。
検察官「被害者は周囲に人がいる中で痴漢呼ばわりされ、手錠を掛けられ、22時間身体を拘束され、釈放後も疑いは晴れるだろうかと不安な日々を過ごした。(中略)身体、名誉に重大な被害が生じたことは明らかです」
検察官は阪田被告に厳しい刑罰が必要である理由をよどみなく続けた。
検察官「本件犯行は、被害者に対する処罰の危険性があっただけでなく、痴漢の被害者一般の正当な被害申告を妨げ、目撃者の申告を萎縮(いしゅく)させるものであり、深刻な悪影響を及ぼす犯行です。何より、通勤等で毎日電車を利用せざるを得ない多くの男性に、自分も痴漢の犯人に仕立て上げられるのではないかとの不安を感じさせ、国民の社会生活に与えた影響は大きい」
検察官は厳しい処罰が必要として懲役4年を求刑した。続いて、弁護側が最終弁論を行った。
弁護人「3件はいずれも悪質なものです。(中略)美人局事件の被害者は事件があまりにも巧妙なので、暴力団関係者の犯罪ではないかと怖くなり、事件の後も被害届を出せなかった」
事件の悪質さを弁論の冒頭で語った弁護人は、その後、阪田被告の反省がいかに深まっているか、執行猶予判決を得るための情状主張を続けた。
弁護人「すべての被害者に示談をすませ、金銭的な賠償をすませました。美人局事件は被告人が自首したことで警察が被害者を見つけ、事件が立件されました。虚偽告訴の男性も被告人の自首によって潔癖が証明されました。被告人が事件をでっち上げたものですが、自首によって証明されたことは重要です。3件の被害者はすべて許す意思を持ち、直接謝罪した2人は嘆願書にも記載しています」
弁護人は、美人局事件の被害者が「起訴猶予でもかまわない」、痴漢でっち上げ事件の被害者も「刑務所に行ってほしいとは思っていない」と話していたことを強調した。
弁護人「被害者が被告人を気遣ってくださった理由は2つあると思います。1つは被告人の精神状態、もう1つは反省。自首すれば何もかも許されるものではありませんが、反省を示すものです。精神状態についてですが、犯罪傾向のなかった被告人がこれほど短期間に犯罪を敢行した理由は、蒔田被告の力になりたいという思いからです。去年12月ごろから厭世(えんせい)感が強く、被告人は自殺のことばかり考えていました。(中略)通常は善悪感情と恋愛感情は両立するものですが、それがなかったことが精神的におかしくなっていたことの理由です。被告人の短期間での急変は、いかに異常だったかを示すものだったでしょう。恋人の心を自分に引きつけるためにこうした行為に走ったのです」
弁護人は、家族が監督を約束していることなどを訴え、執行猶予付きの判決を求めて弁論を終了。阪田被告が最終意見陳述のため証言席の前に立った。
裁判官「最後に言っておきたいことはありますか」
阪田被告「重大な事件を起こしましたことを深く反省しております。判決をしっかり受け止めて心から反省し、更生していきたいと思っています」
正午過ぎに閉廷。判決は8月8日午後3時30分から言い渡されることが決まった。