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「その場しのぎの証言」…豪憲君母の陳述書全文

秋田県藤里町の連続児童殺害事件控訴審第4回公判で、殺害された米山豪憲君=当時(7)=の母、真智子さんが読み上げた意見陳述書は以下の通り。(文章は原文のまま)

私たちは、この裁判で、叶うことならば「もう一度、豪憲に会いたい、声が聴きたい、抱きしめたい、そして温もりを感じたい。私たち家族のもとに豪憲を帰して…。それが出来ないのならせめて、あの日に何があったのか、なぜ豪憲だったのか、何のために豪憲は命を奪われたのか」被告の口から真実が語られることを望み、傍聴し続けてきました。

豪憲が変わり果てた姿で発見され、首に絞められたあとが…。真実を知りたい一心で裁判を傍聴し続けてきましたが、現実には耐え難い日々でしかありませんでした。

初公判では、豪憲が殺害されたときの状況をしり、「苦しまずに去った」と思う事で自分の気持ちを静めていたのに…か細い首で息を吹き返そうとしていたのに、思いとどまるどころか執拗に締め上げた事実を知り愕然としました。出来る事なら代わってあげたかった。

小学校に入学して希望に満ち溢れていたはずなのに…。

今でも自分が選んだ学習机に向かって国語の本を広げ、元気な声で読み上げていた姿が目に焼き付いています。「あかるい あさひだ あいうえお」と。

一審では「私が変わったことを見てもらいたい。私たち家族に気持ちを和らげてもらえたらと思う」と語っていた被告、何がどう変わったというのでしょうか。

控訴審では記憶が曖昧と後進させ「なぜ、事件を起こしてしまったのか、今は答えがでないけど、それを考え伝えていくことをしていきたい。自分がやったという自覚はあった」と発言している被告、自覚しておきながら「なぜ?」と言った部分は「わからない」と。

「考え伝えていくこと」とは何ですか?

何の罪もない未来ある幼い子供の命を意図も簡単に奪っておきながら「考える」とは…。

これまでの裁判は何だったのでしょうか?

豪憲を手にかけたのはいつの日か覚えていますか?

忘れもしない平成18年5月17日、7歳の誕生日を迎えた1週間後。この記憶さえ曖昧となるのでしょうか?

あれから2年半、豪憲も生きていれば9歳、いつまで待てばよいのですか?

豪憲の思い出はたくさんあります。思い巡らすと「何で豪憲はいないの?」とどうしても被告が手にかけた殺害時の状況が呼び起こされ、苦しいのです。

豪憲のこれまでの楽しい思い出までもが辛くなるのです。

私たち家族には被告の言葉は響いてこないのです。

そのとき、その場しのぎの証言と思われる被告の発言では…何も感じないのです。

一審同様、今回の裁判でも被告の生い立ちが述べられていましたが、豪憲を殺害したこととどう結びつくのでしょうか。

豪憲を殺害した事実は取り返しのつかないことであり、許されないことです。被告に更正の機会が与えられる世の中であれば絶望します。

何の罪もない子供の未来ある将来を奪った罪は拭えないのです。

命を奪っただけではなく、私たち家族も一生苦しまなければなりません。

気持ちは変わりません。

「あなたには、豪憲と同じ思いをしてもらいたいと願います。

自分の意志ではなくして、この世をさらなければいけなかった豪憲と…。

そして、残された家族は、一生どんな思いで過ごしていくのか…あなたの家族にも身をもって知ってもらいたいと思います」。

あなた一人が犯した罪のために私たち家族だけではなく、何人もの人が辛く悲しい思いをし、その思いは一生消えることのないことを知って欲しいと願います。

「豪憲を返してください」。私たち家族は被告に「死刑」を望みます。

きょうは豪憲の月命日です。

最後に「豪憲がどんな思いでこの世を去って行ったのか、友達のお母さんなのになぜ自分を…苦しい・怖い・助けて!」といった悲痛の思いだったであろうということを感じてください。

被告が真実を語らない限り何も分かりません。

「豪憲も、自分はなぜ死ななければならなかったのか」と思っていることと思います。

「たった7歳の人生、誰がこのような運命にしたのか。忘れないでください」豪憲を返してください。

⇒控訴審 第5回公判